自分の欠片を分け合うみたいに
2022年5月16日は満月で、5月の満月のことをフラワームーンって言いますね。
5月16日の誕生花はシャクヤク、その花言葉は「真っ直ぐな想い」だそうで。
今回はぴったりでしたが、花言葉がなんであれ解釈で何とでもなる気がします。
真夜中、どこかの和風なお屋敷。
月を映す大きな池と、それを囲むように咲き乱れるシャクヤクの群れ。
そんな庭の池のほとりに、車輪がついた椅子に座る少年がひとり。
(今日も月が欠けてるなぁ)
さざめかない水面には、見事に三日月が映っていた。
(てことは、あと2週間くらいで満月か)
オレは月の満ち欠けの周期について書物で勉強したりしたわけではない。毎晩月を見ていたのでなんとなく覚えてしまったのだ。
「いいよなー、お前は。欠けてもそのうちまた満ちるんだし」
首から力を抜いて、カクンと頭をのけぞらせて空の孤月を見る。
たった2週間で月は満ちる。それにひきかえ、自分ときたら。
いつまで経っても動かないこの脚が、絶対に埋まらない空白のように感じられて。
今日もオレはため息をつきながら自室に引き上げるのだった。
少年は武家の生まれだった。
武家の棟梁は優れた武功で成り上がり、今の地位を築いた。その息子たちはその才を受け継いだらしく、各地での活躍の知らせが飛び込んでくる。
そんななか、御家の三男として生まれた少年は、生まれつき脚が動かなかった。
華々しく戦果をあげる兄たちと、剣も握らせてもらえない少年。
少年はなんの役にも立っていなかった。
(やってられん)
やり場のないその羨望はどこまでも意味を成さなくて、結局その一言に尽きてしまう。
庭でひとり、空の月と、水の月と、それぞれ睨めっこ。いつもの夜。満月だった。……そのはずだった。声がオレの脳に響くまでは。
「埋めなければならない空白がある」
「……え? は?」
あたりを見回してみるが、誰も居ない。というか、夜のこの時間は人払いをするよう言ってあるので、居たら困る。じゃあさっきの声は?そんな戸惑いをよそに、声はまた響く。
「右目を洗え」
「いやいやいやいや、何言ってんだ? ていうか、一言目も意味わかんないぞ?」
「“役に立ちたい”のだろう?」
「!!」
(なんでそれを)
誰にもこぼしたことはなかった、自分の内にだけあったモノのはずなのに。
「私にはお前が必要だ」
「……わかった」
オレは椅子から降りた。脚は動かないから、地面に転げ落ちるようにして、だったけど。
腕で上体を起こして、下半身を引きずって匍匐前進。池の縁まで来て、左手でからだを支えながら、右手で池の水を掬って右目に叩きつけた。ぱしゃん、と冷たい音がした。目に水が入ってたまらず瞬きをする。
「さあ、来い」
「いや、どこにだよ……。……あ?」
そうして頭をあげると、ゆらめく水面には欠けた月があった。
おかしいな、今日は満月のはずだが。そう思って空を見上げれば、ちゃんとそこには満ちた月があった。いや、どっちにしろおかしいぞ?
「埋めなければならない空白がある」「私にはお前が必要だ」反響する声。
「わかったよ」
(今ならできる気がする)
オレは立ち上がって、水面を駆け、弧月に飛び込んだ。
小説だから簡単に言ってますけど、試しに下半身に力を入れないようにして匍匐前進してみたらマジでキツかったです。