(検索外)その婚約破棄、巻き込まないでください
私、ミントはたしかに公爵令嬢アナベル様から嫌がらせを受けております。
たとえば、お知り合いになった侯爵令嬢からお茶会のお誘いを受けたとき。
断るのも角が立つのではと、顔だけ出すつもりで向かったところ、お屋敷の前で鉢合わせしたアナベル様に居丈高に言われたのです。
――あなたのような下級貴族が来るような場では無いわ。惨めな思いをする前に立ち去りなさい。
それは、公爵家と男爵家という家格の違いからくる「下級貴族の分際で、立場をわきまえなさい」という「わからせ」案件であり、このこと以外にも私はたびたびアナベル様に「身の程を知りなさい」と追い払われることがありました。
このアナベル様からの度重なる「わからせ」に私が少々悩んでいたのは事実ですが、それはアナベル様の婚約者であるフィリップ第二王子とは一切関係のない出来事です。
私からフィリップ殿下に助けを求めたという事実も誓ってありません。
そんな身の程をわきまえない解決方法に訴えたところで、事態が悪化するのは目に見えているからです。
しかし、そんな私の洞察を無にしてくれる相手がいます。
当のフィリップ殿下です。
「ミント嬢。アナベルに何をされたか、私に詳細を語ってもらえないだろうか。悪いようにはしない。ただ私の婚約者であるアナベルが弱いものいじめをしているというのなら、私はそれを止める責務がある。そのためには君の証言がいる。言って、何をされたの? ひどい目に遭ってるという噂は本当なのか?」
ひとたび顔を合わせようものなら、熱烈にかき口説くが如く、距離を詰めてくるのです。
(冗談ではありません……ッ!!)
誘いにのれば何が起きるか、さすがにそれをわからない者はいないでしょう。
あっという間にアナベル様に「分不相応の野心で王子に近づいた悪女+女の色香に負けたクズ王子」とセットで責められ、殿下はともかく私の側はお家取り潰し国外追放もしくは処刑級の断罪にまで追い込まれるに決まっています。
だから今日も私はお二人から逃げるのです。
* * *
「それ、今のままだと逃げ切るのは難しいかも」
私は普段、屋敷の近所に工房を構えた薬師様のもとで、修行を兼ねて働かせてもらっています。
薬師で魔導士でもあるお師匠様は、涼やかな青みを帯びた長い銀髪に青い瞳、幻想的な美貌に黒縁の眼鏡をのせた年齢不詳の男性です。
とはいえ、中身は至って普通の俗人。
初めて出会ったときに「珍しい髪の色ですね」と申し上げたところ「自分で毒草の人体実験をしたら変な色になっただけ」と幻想をぶち壊してくれました。
今日も今日とて、仕事中に最近の悩みを打ち明けたら、大変良い笑顔で不穏な回答をくれました。
「このままだとミント、確実に断罪劇に巻き込まれる。殿下にあのセリフを言われたらおしまいだよ? 『アナベル、今日をもってお前との婚約を破棄する! 俺の愛しいミントに数々の嫌がらせをしてくれたらしいな。そんな人品卑しい女に、王子妃がつとまると思っているのか!』って」
びしっと、私を決め顔で指差す動作まで。
よく見ると、お師匠様は片手で空をかき抱いています。まるでそこに「贅沢に憧れ野心に満ち溢れて王子に近づいたものの、頭はすかすか胸だけゆさっ」という役どころの「男爵令嬢」でも抱き寄せているかのようです。王子の腕に胸を押し付け、甘えた声で「アナベル様が、ひどいんですぅ」って言うだけの役回りの。
(演出とはいえ、ちょっとムカつきます。もちろんその「男爵令嬢」は断じて私ではありませんが。なんですかお師匠様、その手付き)
すり鉢いっぱいの薬草を、すりこぎ棒でごりごり擦りながら、私はぼそぼそと呟きました。
「そもそも私は、最近まで殿下とはほぼ接点がありませんでした。殿下が『あのアナベル嬢がわざわざかまっている下級貴族がいる』という噂を聞きつけて私に興味を持ってきたんです。この時系列は大切にしていただきたいものです」
お師匠様は変な手付きの演技をやめて、にこーっと笑いかけてきました。
「時系列なんて関係ないよ。事実がどうであれ、筋書きはひとつ。『男爵令嬢が王子に取り入って、王子は真実の愛に目覚める。二人で婚約者を陥れようと画策するも、あまりにも浅はかないじめの告発に終始し、婚約者側からやり返される。陰謀の過程で頭の悪さを露呈した王子は周囲の信頼を失い、王家からも追放される。男爵令嬢もついでに破滅するが、自業自得と誰にも相手にされない』今現在、アナベル嬢と殿下がミントを巻き込んで作ろうとしているのって、まず間違いなくこの状況だよね」
私はぐりり、とすりこぎ棒をすり鉢の底に押し付けながら、お師匠様を睨みつけました。
「お二人の行動の意図がわかりません。婚約破棄したいのでしょうか? 巻き込まれたくないのですが」
「だったらもう、殿下とアナベルお嬢様を強制的に番にでもしてしまうのが手っ取り早いのではないだろうか」
「『番』」
お師匠様はポケットに手を入れて、ガラスの小瓶を差し出してきました。
「これは?」
「上品な言い方をすると惚れ薬。直接的な言い方をすると媚薬。これで二人に性的な意味で既成事実を作らせて、どうあっても婚約破棄なんてできない状況に追い込むんだ」
(「作らせて」「追い込む」……、お師匠様、それは悪党のセリフです)
「私のような新興貴族には実態がよくわかりませんが、伝統を重んじる貴族社会では、婚約者同士であっても、結婚前にそういったことは許されないはずです。たとえその計画が功を奏したとしても、婚約関係自体は解消されてしまうのでは……」
「それならそれで。どちらの有責になるかはわからないけど、殿下に非があるとなれば多大な慰謝料が支払われるだろう。アナベル嬢に非があると判断されれば、ふしだらな女として日の目を見られなくなる。両家がその事実を明るみに出すのを良しとしない場合は、可及的速やかに結婚まで話を進めるはず。これで他人のミントが二人の痴話喧嘩に巻き込まれる心配はなくなるよ」
黒縁眼鏡の奥で、青い瞳が優しげに微笑んでいます。言っていることはとてもえげつないのに。
お師匠様は悪党で、策士です。
私は悩んだ末に、手を差し出して、その小瓶を受け取りました。
それから、ふと思いついた疑問を口にしました。
「問題は、どうやってこの薬をお二人に飲ませるかですね。私がお菓子や飲み物に混ぜ込んだとしても、お二人が口にしてくれるとは思えませんし」
そうだねえ、とお師匠様も考える素振りをします。
しかしすぐに、笑顔になって言いました。
「変装すればいいんじゃない? 手を貸すよ」
* * *
ぴー。
ぴー。
人間の鳴き声ではありません。鳥です。私、現在鳥です。
(お師匠様、これはもはや変装ではなく変身というか、かなり高等な魔術の類では……!!)
ということで、「手を貸す」というお師匠様に疑いなく身を委ねた結果、鳥にされてしまいました。青みを帯びた銀の羽を持つ、珍しい色合い。お師匠様カラー(毒草で魔变化)という微妙さをのぞけば、妖精のような、見たこともないほどの美しさです。
その姿で、私は公爵邸へと、空から近づきました。
――まずは行動パターンを探り、機会を見つけるんだ。夜会や舞踏会の予定を調べておいで。
(たしかに、上級貴族の集まりに普段私は呼ばれることがないので、日程や開催場所は探りでもいれない限りわかりませんが……)
権勢を誇る公爵家らしいお屋敷の周りを旋回し、大きなバルコニーを擁した二階の一室がアナベル様の部屋であると、あたりをつけました。
ちょうど、アナベル様がバルコニーに出ていらしたのです。
ぴー。
鳴きながら近づくと、あら、というように軽く小首を傾げて見上げてきました。
艷やかな絹糸のような金髪に、翠の瞳。千年に一人の美少女級の美貌。これまでの経緯を思えば苦手意識のある相手ですが、これからこの方に自分が惚れ薬を盛るかと思うと、もうすでに申し訳ない気分になってきています。
「綺麗な鳥ね。どこから来たの? 捕まえて羽をむしったりしないから、もう少し近くにおいでなさい」
甘く澄み切った声で呼びかけられて、私はふらふらと大理石の手すりに降り立ちました。
アナベル様は薄紅色の唇に笑みを浮かべて「本当に綺麗」と呟いています。
そのとき、部屋の中から「お嬢様。レナ様がお見えです」と声が響きました。
「今行くわ」
返事をしたアナベル様の肩に飛び移ると、怒られるどころか「いい子にしていてね」と笑いかけられました。そんなアナベル様がいい子ですと思いながら、私はうなじの後ろに姿を隠しました。
メイドさんたちが手際よく準備をすすめ、アナベル様を訪ねてきていた侯爵令嬢のレナ様とアナベル様のお茶会が始まりました。話題は多岐に及び、若い貴族の噂話に移り変わっていきました。
「それにしても、あのミントって貧乏娘、本当に目障りなのよねえ。もともとお父上が仕立て屋として評判を呼んで、陛下のご衣装を仕立てる機会を得て気に入られて叙爵されたというけれど。最近では王室御用達の看板を掲げていて、もう一階級上がるという噂もあるわ。平民上がりのくせに娘も大きな顔をして」
上品な香りのするお茶を飲みながら、どぎつい悪役もどきのセリフを吐いているのはレナ様です。アナベル様はといえば、かすかに眉をひそめて、固い声で言いました。
「そうは言っても、この国の貴族法を厳密に見ていけば、爵位のある者以外は皆、平民なのよ。わたくしの父は公爵位以外にも侯爵や伯爵といった爵位をいくつか持っていて、家督を継ぐお兄様以外の兄弟に譲る手続きをしているけれど、受けるまではたとえ生まれが公爵家であっても兄たちも私も実際は平民だわ。レナはどうなの? お父上から爵位を譲り受けていたかしら。その手続きをしていないのであれば、あなたも平民なのよ」
ぎゃふん。
レナ様の顔がそれはそれは恐ろしげな形相に歪みました。
アナベル様は、自分が相手をやり込めたことなどすぐに忘れたように、涼しいお顔でお茶を一口飲んで唇を潤してから、さりげなく続けました。
「あまりあの方をいじめるのは感心しないわ。あなた、以前笑いものにするためだけにお茶会の招待状を出していたでしょう。もし出席していたらドレスや作法でいじめ抜く気だったわよね」
「そんなつもりは……、実際に来ませんでしたし。しかも、欠席の知らせをアナベル様にお願いして……。身の程をわきまえないとは、ああいう方のことを言うのです」
扇を開いて口元を隠したレナ様は、明らかに動揺しているようでした。
「貴族社会の作法は入り組んでいて、ときどき私でもめまいがするの。お父様が爵位を得て間もないミントさんでしたら、なおさら複雑怪奇でやりにくいことも多いでしょう。ゆっくり学んでいけばいいのよ。そういうときに、同年代の集まりで笑いものにされたりしたら、気持ちが荒んで嫌になってしまうかと思って。あなた、下手な手出しはおよしなさい」
凛としたアナベル様の横顔はそれはそれは美しく、私は見惚れてしまいました。
(アナベル様、超良いひと!!)
ぴーーーーーーーー!!
感動のあまり、私はアナベル様の絹糸のような髪の中に頭から飛び込みます。
「え。鳥? なんで?」
このときはじめて私に気づいたレナ様が、変な声を上げていました。
* * *
令嬢たちのお茶会で、近々公爵家主催の夜会が開催されることは調べがつきました。
私が鳥の姿で次に向かったのは王宮。フィリップ殿下を探ることにしたのです。
今度は、庭を散策しているところを運良く見つけることができました。
フィリップ殿下の後ろにはお仕着せを身につけた侍従が付き従っていて、王子の悩み事に耳を傾けていました。
「アナベルに目をかけてもらっているという、男爵令嬢が羨ましくて仕方ないんだ」
(そんな馬鹿な)
近くの木の枝にとまって盗み聞きをしていた私は、自分の耳を疑いましたとも。羨ましいとは。
「アナベルと私の婚約は子どもの頃に交わされたもので……。あの頃、婚約が何かわかっていなかった私は子どもらしい残酷さでアナベルのことをずいぶんとからかってしまった」
「わかります、殿下。『男の子は好きな相手をからかっちゃう』って言われる現象そのままでしたね」
従僕さんが合いの手を入れますが、殿下はそのへんの丈の高い草をぶちぶちっと握りしめながら、顔を歪めて言いました。
「それ、今でもときどき聞くけど、よく考えなくても絶許案件だよな……。好きな相手をからかったって、嫌われるだけだって。いじめてきた相手に好感を持つ人間なんかいないだろ。子どもの頃とはいえ、本当に馬鹿なことをした。周りの大人も『殿下、お嬢様のこと本当にお好きなんですね』とか微笑んでないで止めろよぉぉぉぉ。私が親になった暁に、息子がそんな風に好きな相手をいじり始めたら、親の責務として、恐怖で夜眠れなくなるほど叱り飛ばすね」
「殿下、加減」
呆れたようにつっこまれていましたが、殿下の激しい後悔は私にもよく伝わってきました。
「以来、ずーっとアナベルとはぎくしゃくしっ放しだ。この上は婚約を解消した方が良いのかと思うものの、さりげなく聞いても『それには及びません』なんて言われるし。あれはきっと無理をしている……。もう、私に非がある形で構わないから問題でも起こそうかと思うんだが……。アナベルに何らかの形で迷惑をかけたらと思うと、ままならない」
「それであの男爵令嬢にかまっているんですか」
(そこは私も聞きたい)
前のめりになったら、足で小枝をぱきりと踏みしめてしまいました。
ハッと顔を上げた殿下は武人の顔をしていましたが、私を見ると「珍しい鳥がいるな」と笑いかけてきました。
それから、侍従さんに向き直って言いました。
「ミント嬢にかまっている理由は、アナベルが気にかけているというのもあるが。その、アナベルはアナベルで不器用なところがあるから、うまく誠意が伝わっていないのではないかと。もし万が一アナベルを恨んでいるようなことがあれば、その誤解をときたくて」
(殿下も殿下で、超良いひとです!!)
惜しむらくは、婚約者のいる殿下が他の女を追いかけ回している時点で大変外聞が悪く、結果的にアナベル様に迷惑をかけているかもしれないということですね。私も若干困惑していましたし。
「ここのところ、アナベルとはどうもすれ違い続けていた。今度の夜会で、アナベルと落ち着いて話し合いたいと思う」
「よろしいのではないでしょうか」
侍従さんの同意を耳にしてから、私は空に飛び立ちました。
(婚約破棄とか解消とか物騒な方向ではなく、何かお二人の力になれることって無いかな……)
* * *
夜会前日。
分不相応と叱られるのを覚悟の上、公爵家にアナベル様への面会を申し入れたところ、すんなりとお許しを頂くことができました。
お部屋に招いてくださり、レナ様のときと変わらぬもてなしをしてくれながら「ごめんなさいね。今日は時間があまりとれないのだけれど」とアナベル様から謝られてしまいました。
「いえいえ、お忙しいのは存じ上げているので謝ったりなさらないでください。今日は、アナベル様にどうしても申し上げたいことがありまして。あの、ええと、まずフィリップ殿下のことです。個人的に何度かお話をする機会があったのは事実ですが、その内容は皆様が邪推なさっているような『殿下が婚約者以外の女に興味を示している』とはまったく違います。むしろ、殿下はアナベル様のことを気にかけてらしているご様子でした」
「そうなの?」
不思議そうに聞き返されました。
(私も、盗み聞きするまでわからなかったんですから、この反応も無理ありませんね)
「殿下は、私がアナベル様に反感を抱いていないか、気になさっていたようです。正直に申し上げますが、私はアナベル様に対して悪い感情を持ち合わせておりません。むしろ感謝しています」
「それは……。私のやり方には問題があったのではと思っていたけれど、あなたの寛大さに感謝するわ」
にこりと品よく微笑まれました。アナベル様、素敵過ぎじゃないですか。
「そんなことをしてしまうくらいに、殿下はアナベル様のことを大切に思ってらっしゃるようですが、アナベル様はいかがですか?」
私の問いかけに、ほんの少しためらってから、アナベル様は小さな声で言いました。
「お慕い申し上げています。でも、殿下とはずっとぎくしゃくしていて……嫌われているのだとばかり」
「誤解です。誤解ですよぉぉ、アナベル様。お二人はきっと今からでも素晴らしい世紀のカップルになれること間違いなしです!! 少しのすれ違いなんてなんのその、そんなアナベル様に、私、今日、恋の秘薬をお持ちしました。どうぞどうぞ、おおさめください!」
お慕い申し上げています、という恥じらいながら口にされた告白に焦りまくり、私は早口で用件をまくしたてました。
アナベル様は軽く首を傾げ「恋の秘薬?」と呟いています。
私はガラスの小瓶をテーブルに置いて、ご説明差し上げました。
「もし、殿下に対して今よりもう少しだけ素直に寄り添いたいとお考えでしたら、この薬をお使いください。少々意外な効果はあるかもしれませんが、後遺症などはありません。効力も夜会の終わり頃には切れますのでご心配なく。今晩、殿下はずっとアナベル様から離れることなく寄り添ってくださるでしょう。効果抜群、お約束します」
* * *
招かれていない夜会のため、正規ルートで出席することはもちろん出来ません。
そんな私に、お師匠様はまたもや鳥になる魔法をかけてくださいました。
ぴー! ぴー!
(この姿で夜会になんか行ったら、珍しい鳥だって捕まってしまいます!!)
全力抗議をした私をご自分の髪の中に「保護色」と言って隠しながら、お師匠様は正面から夜会会場に乗り込みました。
上級魔導士のリーファ様、と門衛は顔パス。お師匠様、何者なのです?
着飾った貴族の皆様が笑いさざめくその場で、私は自分の渡した薬の効果を目の当たりにすることができました。
「ベラドンナの汁を調合した目薬か。アナベル様が使ってくれて良かったね」
きらびやかなシャンデリアの下、アナベル様の瞳はいつもより輝いて見えます。その横には、アナベル様の体に腕を回し、しっかりエスコートしているフィリップ殿下の姿がありました。
ぴー。ぴー。
(私が渡したのは、惚れ薬ではなく目薬。ベラドンナの汁は、瞳孔を開かせて瞳を美しく見せる効果がある……けど、その間少し視界が悪くなるので、婚約者であるフィリップ殿下に自然にエスコートをお願いしやすくなるはず。「慣れない目薬を使ったら、効果が強すぎて」とか。アナベル様なら何かスマートな理由をお伝えしていることでしょう!)
二人が仲良く寄り添っているのを確認してから、お師匠様と会場を後にしました。
街中にある公爵邸を出てから、ガス燈の灯された石畳の道をのんびり歩きつつ、お師匠様が言いました。
「せっかく超強力な惚れ薬を作ったのに、使う機会がなかったなぁ」
ぴー……
(なんでそんなもの作ったんですかね?)
髪からずぼっと姿を現し、肩の上でぴーぴーと鳴いていると、お師匠様の長い指にもふもふした胸毛を優しく撫でられました。
「ね、ミントに使っていい?」
ぴぃぃぃぃぃぃ!!
(だめに決まってますよ!!)
精一杯、鳥語で抗議しました。
お師匠様は、私の言いたいことは察していそうですが、あはは、と軽やかな笑い声を上げてから言いました。
「今回俺かなり役に立ったからね。何かご褒美くらいは欲しいな。やっぱり今度ミントにこっそり使っちゃおう。惚れ薬」
がすがすがす、と目の前の指に嘴を突き立ててやりました。
それでもお師匠様は笑ったまま、鳥の姿の私に囁いてきました。
だって俺、ミントに惚れてほしいから、と。
私のお師匠様は、悪党で、策士です。
その惚れ薬は、いつかきっと使われてしまいそうな予感があります。
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