箱
朝日が昇る時間、朝日を知らない僕は起きる。
重い瞼を持ち上げるが、目の前は闇だ。
朝の光を知らない。
人の声を知らない。
味を知らない。
僕は生まれた時から、視覚、味覚、聴覚がない。
ママは僕のことを可哀想だといって、
生まれて8年間この『箱』の中から出たことが無い。
視覚、味覚、聴覚が無いからって寂しかったり、苦しかったりしたことはない。
だって僕だけの世界があるんだから。
ママが来る前に僕は昨日の続きをする。
部屋の隅に立ち、壁に人差し指を歩きながらつたわせる。
それからゆっくり前に進む、途中で隅にぶつかる。
ぶつかったら左に曲がる。またぶつかる、また曲がる。
僕はこうして『箱』1周を大体1分半で終わる。
だから毎日何週も歩く。
僕はこれを冒険と呼んでいる。
昨日は黒いうさぎを追いかけようとして終わった。
今日はそのうさぎを探さなければいけない。
みんなは、僕には黒しかない。
と思っているかもしれないけど
ちゃんとある。
形だってあるのだ。
僕の中のうさぎは
丸い小さな耳、白い牙、大きな目がある。
彼は良く血をすって生きている。
僕も襲われたことあるけれど、
うさぎはかわいいからすきだ。
今は森のなか。
今日の森はきれいな緑だ。
そんな日にはあんまりうさぎはでてこない。
かなしいな。
いきなり肩をつかまれた。
無理やりベッドに戻された。
いつもの人だ。
良く分からないものを、口に入れて顎を無理やり上下にやる人。
味覚がないから良くわからない。
その人がいなくなってからまた僕は冒険を続けた。
大きな川を見つけた。
魚も居た。大きな鼻をした魚だった。
花も見つけた。変な色だった。でもあの目は可愛い。
それから、僕は2回の食事を挟んだ。
最後のはママだったらしい。
また、ぼくの手のひらに水を落としたからだ。
結局僕は今日うさぎに出会うことは無かった。
また僕は目を覚ました。
冒険の途中をしようと思ったら。
ある人が、僕を着替えさせ抱き上げた。
けれど僕は逃げなかった。
パパの臭いだったから。
椅子に座らせられて、椅子が動く。
小さな振動が僕を揺らす。
新しい感覚に僕はびっくりしていた。
振動が終わると、パパは僕を連れ出した。
冷たい風が吹いている中、
僕は変なにおいのする場所に連れて行かれた。
小さな椅子に腰掛けさせられると、
僕の膝の上には暖かい物体が乗せられた。
パパは僕の手をその上に乗せた。
物体は暖かかった、小さく震えていた。
色々触って分かること。
大きな長い耳、小さな目や口や鼻、そして柔らかい毛。
良く分からないけど、
これがうさぎなのかも…
とか思っていた。
小さな振動に揺られ、
僕はまた『箱』に戻された。
あれ以来、
ママは毎日初めから終わりまで僕を見るようになった。
パパは来なくなった。
けど、僕はまだ冒険を続けている。
毎日、毎日。人差し指をつたわせて、
あのうさぎとパパを探す冒険だ。
end 20080412