異世界から来たおっさんに恋をした王女は、タイムスリップしてもふもふでいっぱいのダンジョンにたどり着く。
その人は優しい。
その人は、まっすぐに目を見て笑う。笑うと、目尻に可愛らしい皺が寄る。人懐っこい黒い瞳。
その人と話すと、どんな悩みも迷いも晴れていく。
いつしか、その人を思うと、ミーナの心臓はドキドキしてしまうようになっていた―――
この世界の王女・ミーナは、最強賢者と呼ばれるおっさんに恋していた。
おっさん、アラフィフ、妻子持ち。
秘めることしかできない恋である。
「君が好きだ」
最も言われたかったその台詞は、ある日、おっさんからではなく、その息子クシェルから贈られた。
おっさんに似た柔らかな眼差しが熱を秘め、ミーナの瞳をじっと見詰める。
どきり、と胸が高鳴った。
どのみち叶わぬおっさんへの恋より、彼の想いを受け取るべきかもしれない。ちら、とそう思う。
しかし、そうするには、幼馴染みのクシェルはミーナにとってあまりにも大切な存在だ。
自分の気持ちにも彼にも嘘をつくのは、誠実ではない……ミーナは悩み、やっとの思いで答えた。
「ごめんなさい、今はまだ、お返事できないの」
それが精一杯だった。
でも、彼の気持ちを傷付けたのではないか?不毛な恋、叶っても周囲を傷付けるしかない恋など、早々に捨てるべきなのに―――
悩むうち、いつしかミーナは世界の中心に来ていた。
この地で、かつて魔竜が浄化され、生まれた双子の片割れがミーナなのだ。
この地は、育ての親の妖狐・玉藻前より「悪しき心に再び囚われぬよう」近寄るのを禁止されていた場所でもある。
しかし、彼女は来てしまった。
そして、思い出す。
「愛されたい」願望と、それが叶わぬ怒りと悲しみと憎悪を。
グアアァァァァァッ!
彼女は咆哮を上げた。
渦巻く感情に囚われた少女は魔竜リーベミッヒになってしまったのである……!
魔竜より放たれる負のエネルギー。
決戦の地に残った、爆発的なエネルギー。
2つの力は奔流となって、彼女を過去へと送り出した……!
その『もふもふダンジョン』で出会った彼は、彼女の記憶よりもかなり若かった。
でも、ウンウンと絶妙な相鎚を打って話を聞いてくれるのは同じだ。たとえ、魔竜の話でも。
全身に渦巻く想いを吐き出すうち、ミーナは本来の心と姿を思い出した。
彼が笑うと、嬉しい。
彼が幸せなら、満たされる―――
現代に戻ったミーナは、クシェルに正直な気持ちを打ち明けた。
ありがとう、とクシェルはミーナを優しく抱きしめる。
待ってるよ、と言ってくれた彼は、以前よりも少し、かっこよく見えた―――
マンフレート王子(双子の兄):おばさん!ボクは実は、おばさんのことが好きなんだ!
もと悪役令嬢(おっさんの妻):ごめんなさいね、わたくしはもふもふ生物の方が好きなの
マンフレート王子:えっ、おっさんは……?
もと悪役令嬢:あの人は……(ほんのり頬を染める)なくてはならない人よ
悪役令嬢の放つカユクナル光線にあっさり撃退される王子でありました。