番外編 園上の龍 始動
クリスマスに投稿するとは…。
鹿島前線基地の司令部施設玄関。そこには軍刀を一振り携えて悠然と歩く老人がいた。名前は園上秀重。階級は大将だが既に現役は引退し、ただ一つの思いを持って生きているだけの人間だと彼は考えている。そろそろ自分も歳かと考えるも、この前七瀬葉月研究所長に打ってもらった長寿になるらしい注射によって激しい痛みに襲われた以降は実に快調であり、若かりし頃のようだと一人喜びをかみしめている。常駐している医務官は細胞から若くなっていて不思議だとのたまっていたが、目的のため出来るだけ寿命延長をしている身からすれば僥倖だ。筋力低下どころか増加を見せ、身体機能はまるで20代のようだと褒められた。六花の師匠としてまだまだ負けるわけにはいかないと思う反面、何だかあの子に生かされているような自分に笑みがこぼれる。横では失礼な護衛官がわしを止めに入るが、彼らも行ってほしいのか力が弱い。あぁ…わしの人生はあの子が救ってくれたようなものじゃな。本当に人生の転機とは実に数奇なものじゃな。
「大将…力が強すぎませんか…」
「あぁ…おおよそ70超えた爺さんには見えん」
小さいころからわしは軍人となるべく厳しく育てられた。読み書きそろばん、更には敵を知るための国際政治や文化、武術等幅広く叩き込まれた。あの頃は嫌じゃったが今になればありがたいことだと分かる。そんなわしは15には士官学校の士官候補生として学んでおった。
60年程前
「そういえば園上候補生は何になりたいのかね」
そう軍刀術の教官が言う。別に考えていなかったわしは確か「参謀本部に入りたいです」といったと思う。すると教官は
「ならばもっとあらゆることを思考しなさい。何故敵はここにいるか、どの方法が最も被害が少なく済むかなどということをだ。そして、どんなものからでも意見や知識を学びなさい」
この言葉はよく覚えている。だからこそここまで上り詰めることができたのではと思っている。ここで多くを学び、自分が23になるころには中国大陸にて陣頭指揮を執っていた。階級は少尉。指揮をしたのは小隊一つだったが、戦死及び重傷者は昇進して大隊指揮になるまで10人にも満たない数だった。わしは兵を遊撃隊として輸送路に潜伏させて敵の補給を滞らせ、都市にはうわさを流し便衣兵をあぶりだした。それが認められてわしは40代のころには中佐の称号を得て大隊を率いるまでになっていた。しかし…同僚にはよくは思われておらず、泥臭いだの獣中佐だのと呼ばれていた。ここまで順風満帆に来たわしの人生にもここで転機が訪れた。中国大陸山間部まで差し掛かったところで、後方にて大休止中の大隊に味方が撤退した隙を抜けてきた2個師団が攻撃をしてきた。増援はしばらく回せないと連絡され、向こうからとめどなく砲火の雨が降ってきているためか、新兵は怖じ気づき、小隊からの付き合いの兵も士気が下がっいていた。そこで若気の至りかこう言ってしまったのだった。
「今から俺は敵に対して遊撃戦を行う。ついてこれるものは続け!」と
そこからは死が目の前まで迫っていた。夜は敵陣に向かって夜闇に紛れて迫撃砲を撃ち込み、昼には死に物狂いで先陣を切って敵の糧食や弾薬、装備を奪った。そのときだろうかわしが軍刀術にのめり込んだのは。日々の襲撃で殺気や気配に気が付くようになり、兵からは【首取り中佐】【もののふ閣下】などと呼ばれていた。ここまで死者は数人で抑えられており、当時は知らなかったが敵陣では餓死や気が狂って死ぬものも多かったらしく、2個師団は増援が来る頃には壊滅に等しい状態だったと聞かされた。因みに戦死判定が下されたため本国に戻ると母の驚きの顔と二階級特進した少将の階級章を見る羽目となった。その後参謀本部に所属となったわしは早速対米戦に鉢合わせとなったが中国方面軍の指揮を命じられる事となり、太平洋側は古参の将官が担当となった。しかし、10年せっせと戦果を挙げ、中将になったわしは既に3人の新人を手に入れて育てることとした。士官学校で頭の切れるが、戦いや統率力はからきしな頭でっかちと戦略や戦術を考えるのが得意な賭け事好きと統率力のあるバカの3人の間抜けがいると聞いてからだった。その為、青田買いをさせてもらいこちらの手駒にすることにした。一人はわしの担当の泥沼化した中国方面軍の兵站担当に、一人は軍師として、そしてもう一人は癖の強い専門技能兵の指揮にあたらせた。
「中将閣下、補給状況としましてはおおむね良好です。今回は水無月中佐の戦略がうまくいったのか被害は軽微です」
「ふっふー!どうですか!園上のおじき。中々うまくいきました」
冷静な南が淡々と報告する中、実に誇らしげに水無月が言う。なんだかんだ言っても南は水無月が好きに動けるように手配をして、それに答える。なんとも連携の取れた動きだった。
「もっと安定した戦略がいいのだけども。水無月君」
「時には大胆に賭け金を出すもんだぜ?南。いいじゃねぇか帰れたんだし。まぁ…黒井には恨み節を聞かされたがな。結婚したやつを激戦地の中国方面に飛ばす馬鹿がいるかってね」
「…君はいつもオールインでやってるじゃぁないか。全く…」
南が不機嫌そうに書類を読んで今回の作戦の詳細をこちらに伝える。如何やらソ連軍の後ろを取り、順調に進んでいる様だった。
「ふむ…予想以上だ。やはりお前らはいい連携と補佐力を持っているな。ありがたいことだ」
わしの言葉に南も水無月も照れくさそうにしながら、書類をまとめていた。そんな中、わしはふと結婚という話題について聞きたくなった。
「浩三、幸一郎、お前らはどうなんだ?黒井が娘を生んだ時は大騒ぎしてたが…」
南は目を伏せるように答える。
「どうもうまくいきませんね。つい口を出してしまって」
「うちはいつもパパ~って来ますね。可愛いもんですよ」
まぁ…予想通りか。南は感情が乏しいから子どもには怒られているように感じそうなものだ。水無月は何だかんだ子どもの心をつかみそうだからうまくはいくだろうが…。心配はどちらもか。
「いいんじゃないか?まぁ…父親は格好いい背中を見せなきゃな。しかし…子どもに男はいないのか…。わしは男兄弟だから娘の相談は答えられないぞ」
そう言うと2人が
「「大将に聞いたら武芸者になりそうなので嫌ですね」」
と答えてきた。実に心外だ。こいつら上官侮辱罪で営倉にぶち込んでやろうか。
それから1年ぐらいしてからか。中国方面も安定を見せ、水無月は上海に出張していた。将官にもなれば晩餐会に参加しなければいけない。わしはこれが嫌いだ。目線で嫌な感情は伝わってくるし、性根が分からない奴と話せとは…不快だ。しかし、この日だけは面白い出会いがあった。これが運命の出会いか。そう今は思う。
その日はいつものようによくわからん狸共と話したのち、酒を飲む事にした。そんな中子どもに東城の部下である森永が引っ張られていた。ふむ、森永の子にしては可愛らしく似ていない。きれいに整えられた短髪に水色のワンピース。すぐに耳に声が聞こえてきた。
「森永さん、ここにいる人と仲がいいの?」
「そ、そうだねー。良く話すなぁ?」
そんな訳ないだろうな。まず招待されないだろうし、多分ここの人物とは馬が合わない。
「なら、あのおじさんと話したい!」
「えっ待って待って!」
7歳の少女に引きずられる20代後半男性は相当目立つ。何だあの子、こっちに来るぞ。先ずは全員に挨拶ってか。
「あぁん?何だ嬢ちゃん?おい!お前の娘か?森永」
「いえ…知り合いの子どもがついて行くといったものですから…」
やはりそうか。森永は付き添いでどこかのお偉いさんの娘さんだろう。面倒だ。
「園上さん!お願いがあります!この木刀で技を見せてください!」
「じょ、嬢ちゃん?まぁ…いいが…楽しいものじゃないぞ…」
「お父さんが、どんなものでも強い人に会ったら動きを見せてもらえって言ってたので!」
技ぁ!?よりによってこのわしかぁ。息子たちに泥臭いといわれたわしに剣術の技を見るのか?まぁいいが。頭を掻きながら離れるように言う。受け取った木刀で上から下までの攻撃と防御の動きを見せた。反応は…キラキラした目をしてるのか…。初めて見たなぁ。
「ふぅ…どうだこんなのが楽しいのか…って大喜びか」
「ありがとうございます!何時も上段からの攻撃にこう流しているんですが、こっちの方が反撃につながるんですね!」
「あぁ、そうだが…本当に好きなんだな…」
この子が見せた動きは振り降ろした相手の手を斜めに滑らす様に受け流して肘裏を切るというものだったが、わしは横に流してから腹を斬る。しかし…泥臭い。これは軍刀術のしかも実践型か。
「太刀筋は人を表すとお父さんが言っていたので!園上さんの豪快な動き、好きですよ!」
ふむふむ。中々面白い子だ。磨けばよく輝き、手間をかけて大事にすれば良く働く。名刀だなぁ。フフッ、思わず笑みがこぼれてしまうな。これはいい弟子になりそうだ。頭をポンポンたたいて、木刀を返しながら撫でる。
「今度暇なとき遊びに来い。少しだけだが技を教えてやろう」
「その時は構えから教えてください!」
ニコニコとしている彼女はスキップしながら洋菓子の並ぶ方に行き、軽く挨拶をしている様だった。しばらく見ていると棚橋議員のもとに行き何かを話しかけているようだった。ちょっとして棚橋はにやけていた。…初めて見たが気味が悪い。その後に何かの小瓶をもらっていた。香水か何かか?
暫くしていると彼女がこちらに戻ってきたが人に囲まれていた。少し困っているようで放っておくことはできず、しぶしぶ救出に向かったが、同じ考えか棚橋議員が寄ってきていた。
「棚橋議員、あんたもこの子を気に入ったようですなぁ」
「勿論です。いい目をしている子ですよ。娘にしたいくらいには」
暫く話していると意外と気が合った。面白い男だし、中々軍のことも分かっている。連絡先を渡すとあの子にいろいろ仕込みたいと言っていたため、我が家にあの子を呼んで英才教育を施すことにした。中々老後は楽しそうだ。
「園上大将閣下。ご挨拶に参りました…って閣下?お孫さんでしょうか?」
「何だ浩三?これは孫じゃないが、そうだなぁ…愛弟子がいいか」
そこは鳩が豆鉄砲を食った様に呆然としている南がいた。多分コネクションをつなぎに来たんだろう。律儀な奴だ。
「はぁ…そうですか。お元気そうで何よりです。…お嬢さん、お名前を聞いても?」
「あっ!忘れてました!水無月六花です!南さん?ってお父さんが『今回も南が補給を用意してくれたから暴れるだけだ!』とか言っている人ですか?」
この子が幸一郎の愛娘か。これなら甘やかしてしまいそうだ。まぁ…奴はここ数年まともに触れ合ってないんだろうが。
「おぉ…嬢ちゃん。幸一郎の自慢してた娘か…。良し!今日からおじいちゃんと呼べ!」
やつに仕事を渡した罪滅ぼしだ。しばらくは面倒を見ても面白いだろう。
「あの人は…何時も作戦が奇抜すぎるんですよ…。今回もしかり」
「そうだ浩三。お前もこのくらいの娘がいただろう?どうだ?」
「9歳の娘はいますが…武術は教え込む気はないですよ。あの子には平和にピアニストとか画家とかを目指してもらいます」
ふむ、こいつはこいつで考えているようだな。しかし、子育てとは難しいものだからな…。
「呼ばなかったのか?」
「普通こんな年の子をこんな魔窟には連れてきませんよ」
そうだよなぁ…。森永は何を考えてやがるんだ?
「そうだよなぁ…。おい、森永。静かにしていてもいるのはわかっているぞ」
逃げようとした森永の首根っこをつかみ引っ張ってくる。顔面蒼白な森永が震えながらごめんなさいとつぶやき続けている。
「詳しくお話しようぜ」
「ワカリマシタ…」
1週間後 黒井家にて
インターホンを押して暫くすると、六花が木刀とリュックサックを持って玄関を開けた。中々楽しみにしてくれているみたいだ。
「お待たせしました!」
「いやいや、早く来すぎてしまったな」
その日は先ずは構えをしっかりしてもらおうと、素振りをさせたがまっすぐな太刀筋だったので、合格として動きを見切る特訓とカウンター技を教え込んでみることにした。これが中々筋がよく。見切りも正確に最小限の動きで避けていた。意地悪で下斜めから攻撃を混ぜると衝撃を逃がしながら反撃してきた。我流が目立つが動きは軍制式格闘術を基本として空手や多数の体術の動きを混ぜたものだった。そのためか小手先の技より動きで翻弄するものが基本だった。中々面白い。こちらも新しい技の開発の参考にさせてもらった。
その後は棚橋による座学の時間だった。詳しくはわからないが実に面白い意見があったらしく、飲み込みもいいらしい。実に素晴らしい。この日はこのくらいにすることにした。
「ただいまー!」
「黒井~暫く六花を借りてって悪いな」
夕方になったため、黒井宅に送り届けることにした。実に有意義な時間を過ごさせてもらった。
「おう!娘借りてたぞ」
「ただいまー!」
「…うちの六花と仲がよろしいようで」
「園上さんね!凄いの!こう…上に打ったと思ったらいつの間にか横に来てたり!」
「筋がいいから久しぶりに熱が入ってしまってなぁ。これからも休日は借りていくぞ。じゃあな」
この日からだろうか、わしの世界が愉快なものになったのは。
園上さんの話は次も続く。