番外編 騒乱の予感 プロローグ
待たせたな!!(大塚○夫)しかしお茶は濁す
茨城県 鹿嶋市 鹿島前線基地
進撃の為に日向は戦車の最終メンテナンスと予備弾薬の製造に取り掛かっていた。手持無沙汰になり車体後部に寝転び、スヤスヤと寝息を立てる南以外はせっせとトレーラーの中身を確認していた。
「弾薬箱と爆薬類…迫撃砲もあるのね…。山岳歩兵科の時にも使ったから使えはするけど、使わないのよねぇ…」
内部はごちゃごちゃいろいろな兵器類が置かれていて、それらに交じってお菓子や電源が繋がれた冷蔵庫が入っている。間宮は隅まで一通り見回すと、ふと一枚の紙に目を引かれた。書かれていたのは8桁程の収入と数百万円程の「日の出孤児院」への謎の支出が発生したという事。トレーラーからのっそりと出た間宮は日向に問いかける。
「日向ちゃ~ん。これ何かしら?」
「うん?あーそれは私のお小遣いと消費先の詳細だよ?帰ったら訪ねたいなぁ~♪…この前入金したから多分今頃にぎやかになってるんだろうけど」
「へくしょん!!…風邪ひいちゃったのかしら?」
ヒッカム航空基地から少し離れた場所、兵学校から徒歩10分ほどの場所に彼女は大きな建物を持って暮らしていた。築2年になるだろう新築の白い壁や緩く勾配のついたピンク色の屋根は彼女の友人が用意してくれた建築会社の作品だ。でもあの時はやけに変な顔していたわねと思い出す。ふと彼女が座りながら仏壇に目を向ける。供え物のリンゴがなくなっていた。きっとあの子たちが食べたのだろうと思い、戸棚から煎餅を取り出して供える。
「随分と娘と息子が多くなってしまったわ貴方。あの子ももう成人して看護師になったわ。冬華も元気にやっているわよ。最近は明るい雰囲気になってね、…もうあれから3年ほどになるのね…」
あの日、中国大陸にいた日本軍はアイク達により壊滅。彼女の夫は引き上げ船からは降りてこなかった。
「…会いたいわ、則道さん」
旧姓黒井亜希、今は日の出孤児院院長日の出亜希こと彼女がそれらを一通り終わらせるとまた机に戻って家計簿を見てうなる。そんな時に今残っている3姉妹の一番年上の娘が戻ってきた。
「ただいまー。…どうしたのお母さん?家計厳しいの?」
「逆よ、逆。多すぎるの。元々葉月から支援はあったんだけど、ここ数か月の間にどこからともなく700万の支援が月に一度来るのよ…お父さん名義で『日向』って人から」
亜希は娘の遥に紙を見せると、遥はボソッと呟く。
「うちの職場の芽衣ちゃんの妹さんの名前が日向なんだけど…。まさかね」
そんな中、玄関ドアをドタバタとやかましく開閉する音と上機嫌な声が聞こえてきた。
「たっだいまです~!お母さん!小鈴ちゃんのお帰りですよ~」
「…ただいま」
リビングに入ってきたのはレジスタンス隊員になったのに憲兵なので通勤でもいいと居座っている小鈴と抱えられた冬華だった。如何やらとうとうと話されることを要約すると兵学校前であったらしい。
「…そうだ、おかーさん。これ優秀賞…とった」
そう言って冬華は一枚の絵を取り出した。そこには写実的に冬華とサイドテールの女の子とセミロングの女の子が描かれていた。遥と亜希は冬華をほめながら空いていた額縁に飾ろうと中に挟み込み、壁に掛けると小鈴がふむふむとしぐさをしてまた話し始めた。
「とてーも真ん中の子が日向ちゃんにそっくりですね!」
「スズねー…知ってるの?友達のヒナちゃんと花ちゃん」
「えぇ!黒井司令長官と東城副司令の娘さんですもの!」
黒井司令長官のあたりで遥と亜希は小鈴に詰め寄る。
「ねぇ…小鈴?」
「何でしょう?ハルハル」
「下の名前は知ってる?」
「黒井則道司令長官ですけど?前に言いませんでしたっけ?」
ここで亜希は魂が抜けたような顔になっていた。
「癖は?」
「面倒くさくなると手首を掻く癖があると聞きましたね」
「腕時計の文字盤はなんて書いてある?」
「はぇ?…そう言えばその娘の人からあれには【我が家に夏はない】と書いてあるとは聞きましたが?」
ここで亜希が目に涙を溜めて震え始める。それに続くように遥も泣き始めた。オロオロとする小鈴に対して、冬華は「良かったね」と2人に語りかける。
「もーしわけないけどトカちゃん。小鈴に教えて」
冬華は2人から離れて目を輝かせて答える。
「則道おとーさん生きてる!嬉しい!」
「なるほどです~」
小鈴はおもむろに無線機を取り出すと通話を始める。
「すいません!日の出小鈴です~!何用か?ですって?いや~司令、亜希さんと遥ちゃんとか冬華ちゃんとかに聞き覚えありません?って…ちょっと!ハルハル!」
「妖怪筋肉だるまおやじ…!」
『遥!?…生きていたのか!?良かった…マジかよ…』
「冬華もお母さんも生きてるわよ…。親父!今までどこにいたの!」
『こちらこそ帰ったら家がつぶれていて燃えていたんだぞ!』
「基地から避難したに決まってるじゃない…。中国からに引き上げ船にも乗ってなかったし…」
『はぁ…?あれには民間人が乗ってるんだぞ?軍人は本土防衛の為に九州に向かってたぞ』
「はぁ…。馬鹿」
『悪かったって。しかし…これで黒井家全員がそろったな!3人ほどお前の妹分ができたが…いや?そう言えば六花は妹か』
「…待って!?六花?いるの?!」
『あぁ…元気にアイクをバラバラにしていると思うが…』
遥と亜希には衝撃的すぎる発言だった。誰よりも黒井家を愛していて家族のムードメーカーが生きているとは…。
「覚えていてくれているかなぁ…」
『たぶん誰よりも覚えてるぞ…。156.78に合わせるといい』
遥は小鈴の無線機を奪ったままその周波数に対して連絡をする。音はスピーカーにして部屋中に聞こえている。
『はいこちら黒井六花です。ご用件は…』
「背中の肩甲骨の下にほくろ、好きなものはハンバーグ。嫌いなものはセロリ。パジャマは7歳の時はイルカのプリントされたもの。8歳の時は『それ以上はだめぇ~!!』
『…はぁ、幽霊からにしては悪趣味じゃない?遥お姉ちゃん』
「あら?随分生意気になったじゃない?食いしん坊の六花ちゃん」
『あいにくその称号は妹に渡したんだよ』
「元気そうね」
『そっちは生きていたんだね。おとーさんから死んだと言われたんだけど』
「伝達ミスらしいわ」
『おとーさんらしいや』
「いつでも遊びにいらっしゃい」
『日の出孤児院に?』
「知ってたの?!」
『うちの日向がやけに送金してると思ったらそういうことだったのか…』
「いつでも受け入れているわよ?最近は孤児も減ったし広さを持て余しているのよ」
『あいにくうちも6人姉妹で暮らしているから家は広いんだよ?4人くらいなら暮らせるくらいには』
「…変わるわね。「もしもし六花」
『お母さん!!生きてたの!』
「こっちのセリフよ…。元気そうでよかったわ。そろそろここもシチリアインダストリアルの傘下になるらしいから私も院長引退してそっちに行こうかしら?」
『待ってるよ。少し狭くはなってしまうけど部屋なら2部屋くらいあるし…。寧ろ日向が増設してる時もあるし』
そのまま通話が切れたが、ここにいる全員がそれぞれの思惑でそれを喜んでいた。
「あの子と暮らすなんて夢みたいねぇ」
「待ってなさい!今までの分甘やかしてあげるわよ!」
「ヒナちゃん…ずっと一緒…楽しみ」
「…まぁ、賑やかそうだしなー。姉妹の掛け合い。待てよ…司令私ら含めて9児の父じゃん!」
次は頑張ります。