姉妹の徹底的治安維持作戦 東峰サイド2
結論を言えば…すごく美味しかった。あの子達の言う通りふわふわな卵に包まれた甘めに味付けされたチキンライスはどこかほっこりとする優しい味だった。食べている内に周囲の客はいなくなっており、店の奥では片付けを始めていた。奥にいる筋肉隆々の人がシェフなのかと見ているとこちらに目を向けてきたので、美味しかったですと会釈を返すと嬉しそうに奥に行ってしまった。
10分程して片付けを終えた芽衣ちゃんが紅茶を載せたトレーを持って私の席まで来ると、紅茶を私の前に置いてから対面に座る。
「ここをどうやって見つけたのです?その様子だと食べに来たというより私に会いに来たと思うのですが」
「駿介さんから芽衣ちゃんと弥生に会うならと紹介されまして、昼を過ぎてしまったのでダメ元ではあったのですが…」
芽衣ちゃんはちょうどいい時間でしたと首を振り、そろそろ来るので待っていて欲しいのですと言って紅茶をすする。先程CLOSEと裏返された札が掛かっているはずのドアが開き、見知った顔が入ってくる。
「芽衣ちゃん、来たわよー…って千鶴?なんでここに?」
「…おそらく新たなメンバーなのです」
弥生は私の横に座ると、よくここがわかったねと不思議そうに話しかけてくる。そしてもう一度ドアが開き、芽衣ちゃんとは系統の違う美少女が入ってくる。
「あれ…?人が増えてる…?」
「涼花ちゃんおかえりなさい。新たなメンバー?なのです」
空いている席に彼女は座ると、不思議そうにこちらを眺めてから口を開く。
「二階堂涼花です…。ここは私のお父さんが経営しているお店なんですけど、よく地図無しで見つけましたね…」
「あ、私は東峰千鶴です。自警団の団長と憲兵科総括をしています。ここへは駿介さんから住所を貰っていたのでそれを頼りに来ました。自警団の一員として地理は暗記していますので」
駿介さんから貰った紙を見せると、二階堂さんはなるほどと頷きこちらに紙を返してくる。弥生は駿介さん?と首を傾げていて、芽衣ちゃんはニコニコとこちらを見ている。
「千鶴あなた男いたの?」
「あれ?駿介さんの事言ってませんでしたっけ?」
なーんだ水臭いわねと弥生が私の頬をつつきつつ言ってくる中、芽衣ちゃんが口を開く。
「いい人は見つけていたみたいなのですね?」
「駿介さんに芽衣ちゃんが治してくれた事を教わりました。本当にありがとうごさいます」
私が頭を下げると、芽衣ちゃんは不思議そうにこちらを見た後問いかけてくる。
「その…駿介さんは何故東峰さんより子宮が治った事を早くわかっていたのです?」
弥生はそんな重篤なものだったの…と項垂れているが、無視して芽衣ちゃんの問いかけに答える。
「職業柄なのか芽衣ちゃんの能力をよく知っているみたいで、昨日の1件についての部下からの報告で私が治してもらったと考察してパーティの準備して待っていたみたいです。もっとも詳しく話したら、駿介さんは芽衣ちゃんに好かれたみたいですねと呟いていましたけど…」
それを話すと、芽衣ちゃんは怪訝そうに写真ありますか?と聞いてくる。それならと胸元からいつかに撮ったツーショット写真を取り出して芽衣ちゃんに差し出すと、芽衣ちゃんがピシッと固まる。弥生はどれどれと芽衣ちゃんの後ろから覗き込み固まり、二階堂さんも同じく固まっている。
「…どうしましたか?」
そう私が問いかけると、3人はわなわなと震えてからこちらを見る。
「もしかして…森永大佐…ですか…?」
「嘘だと言って欲しいのです…」
「嘘でしょ…何がどうなってるの?」
駿介さんがそんなに変なのかな?そう思いつつ頷くと、弥生が肩を掴んで揺さぶってくる。
「あの性悪ジゴロイカレナンパ師メガネに騙されているのよあなた!目を覚ましなさい!」
「駿介さんは優しくてスマートでちょっと天然ジゴロなだけで悪い人じゃないですよー!」
一方芽衣ちゃんと二階堂さんは弥生とは別に摩訶不思議といった顔をしている。しばらくして弥生が疲れた頃、芽衣ちゃんがこちらに問いかけてくる。
「もしかして、その左手薬指にあるのは…婚約指輪ですか?」
「はい、駿介さんが用意してくれた指輪です。私の誕生石を嵌めたくてシトリンの指輪を日向ちゃんに注文したみたいなのですが…何故日向ちゃんなのでしょうか?」
うーん…心配なのですと困った顔の芽衣ちゃんと二階堂さん。弥生があの女の敵!と右手を握りしめたところでドアが開く。そこに居たのは駿介さんであり、にこやかに4人を見据えていた。
「おやおや…千鶴ちゃんをあまり虐めないでください。あまりに粗暴だと神奈月空軍部司令長官に愛想をつかされますよ?」
「こんの…性悪メガネ…!」
駿介さんは弥生に笑顔で返した後に隣のテーブルから椅子を持ってきて私の横に座ると、残り2人ににこやかに語りかける。
「お2人共、昔の私を知っている六花ちゃんから色々と吹き込まれているみたいですね。…確かに昔はそのような事をしておりました。しかし、千鶴ちゃんと出会ってからはそのような事は無しにしたのですよ」
「そうです!駿介さんはちょっと天然ジゴロだけど…少なくとも女の人を騙す様な悪い人ではありません!」
芽衣ちゃんは軽くため息をつくと、全て嘘では無さそうなのですと呟いて疑いの目を続ける。それを見ていた二階堂さんは考え込んだ後にポツリと呟く。
「…情報局の個室で若い女の人と仲良く2人きりで話していたけど…あれはなんだったんですか…?」
「待ってください、千鶴ちゃん誤解です。それは部下の松下さんですし、二階堂少尉がその時いたのは私の執務室です。それを言うと、栗原少佐は毎日若い女の子と話していますけど…いいのですか?」
駿介さんを睨むと困った様に背景を説明し始め、それにしてやったりと微笑む二階堂さんは首を傾げてから何かに納得すると口を開く。
「六花ちゃんなら問題無いです…。無理に迫る子の対策に日向ちゃんがいますから…」
「…そうですね。あの子ならノイズの事は無かったことにするでしょうから。私も日向ちゃんに少し借りができてしまったので、何をさせられるかヒヤヒヤしてますよ」
駿介さんが私の指輪にキスを落とすと、3人は信じられないといった目でこちらを見てくる。駿介さんはそんなことよりもと私に問いかけてくる。
「そういえば、千鶴ちゃんは日向ちゃんと六花ちゃんにどう指示したのですか?」
「えぇっと…?悪い人を殺さない程度に痛めつけて欲しい…だと思います」
すると、4人揃って頭を抱えるとなんて事をしたんだと呟いている。私が何が不味いことをしたと察した時、駿介さんは優しくこの訳を説明し始める。
「千鶴ちゃん、昨日の1件をどう思いますか?」
「…?銃撃戦で60人位倒すなんて強いなーって思いました」
昨日教えておくべきでしたと駿介さんが呟くと、他の3人も困った笑みを浮かべている。
「千鶴ちゃん…あれは2人の最大限の手加減と自制心、そして大義名分が無いのでああなっただけにすぎません。今回千鶴ちゃんが言った発言はきっと『悪さを考えない位に痛めつけて、団員に捕まえさせてね』でしょうけど…」
「えっと…それ以外あるのですか?」
「2人はこう解釈したでしょうね『犯罪者を殺さない程度なら何してもいい』と。現に部下から聞いた話だと既に200人近い芽衣ちゃんの力がないと治しようがない被疑者を発生させている様ですから」
勿論あの姉妹はすぐさま芽衣ちゃんに治してもらわないと命を落とす怪我をさせないという最低限の線引きはしているとは思いますがと駿介さんが言うと、芽衣ちゃんは深くため息をついてテーブルに突っ伏す。
「明日病院に行ったら100本位の手足を生やす覚悟は出来たのです…」
二階堂さんが慰めるように背中をさする中、駿介さんは首を振りその点は問題ないと答える。
「現在のところは電撃傷及び全身打撲と骨折が顕著な被疑者のみだそうですので、お2人共に刃物は無しで暴れているみたいですね。あとは…何故か被疑者は全員下着姿で倒れている様で、お2人を誘拐しようとした人物から拝借した大きな袋に彼等の身ぐるみを入れて背中に背負っているみたいですね」
何故身ぐるみを…と考えている私を含めて3人が悩む中、駿介さんはため息混じりに呟く。
「おそらく…いや、考えたくもないですが…あの暫定自治区にはものを拾って日銭を稼ぐ孤児院の子供達がいるらしいのです。地区全体で情報局でも尻尾を掴めない組織の息が掛かっている所なのですが、その子供に混じって叩き伏せる相手の情報を得ようとしているのではないでしょうか?」
「六花ちゃん達ならやりかねない…」
「どうせ通りは一通り片付けた後なのです…」
そんな中で私の携帯電話に着信があり、その相手は2階層の前線指揮所だった。急いで出ると、部下から2人からの電話を転送してもいいかと報告が入る。了承して送られてきた電話を受けると、2人の声が聞こえてくる。
『もしもしー?日向だよー。ちょっと想定外の事が起きたから連絡したんだけど、この地区に孤児院あるでしょ?』
「えぇ、存在は知ってますが…」
今ちょうど知った事を質問してくる日向ちゃんに知っている旨を伝えると、そこについてなんだけどと続けて話してくる。
『おそらく支援金の不正受給に児童売買に売春斡旋の疑いで院長だと思う人は捕まえたんだけど…地下にさー…』
「地下に?」
地下に何があったのだろうか?溜め込んでいた財産とか。
『女の子4人が監禁されて餓死しかけてたから、ちょっと人呼んで孤児院内をくまなく捜査してくれる?』
「急いで向かいます!」
『一応こちらでも調べておくね?』
私は電話を切ると、今聞かされた話を芽衣ちゃんに伝えていざと言う時の救護をお願いする。芽衣ちゃんは連絡先を私に渡すと、必要なら呼んで欲しいと手を握りつつ言ってくる。4人に別れを告げると、私は2階層の入口に向かって走って向かった。その後ろから、やっぱり心配なので私も各所に連絡をしておくのですと芽衣ちゃんが走ってくる。そして私は現場へ向かうのだった。