姉妹の徹底的治安維持作戦1
居住区2階層、その中でもあまり光のささない薄暗い路地に少女が仲良く歩いている。2階層に暮らす中産階級の子供らしい安価なブランドのTシャツにショートパンツで身を包む少女の存在は、この地区では少し浮いていた。路地に置かれた椅子に座っている男性はそれを見て眉をひそめる。あんな幼く無警戒な冒険家は『誘拐されたいです』とでも言っているのと同じである。その為、彼は親切心から彼女達に声をかける。
「オメェらここがどんな場所かわかってんのか?少なくともチビ2人でうろつく場所じゃねえの、わかっか?」
「おじさんありがとー!でも大丈夫!この先のおじさん達に用事があるから!」
片方の靴が水色の子供が元気に返事しつつ彼の横を通り抜ける。それを見送った彼は肩をすくめてまた椅子に座って新聞を読み始めた。
遡ること数十分前…
「ここまで説明して申し訳ないのですけど…、日向ちゃんと…織音ちゃん?でしたか。申し訳ないのですけど六花さんはどちらに?」
「え?ここにいるけど…」
東峰に問われた日向は横にいる背中に黒い木刀らしきものを担ぎ、リュックサックからガチャガチャとアサルトカービンやオートマチック拳銃を取り出して点検している同い年位の子供を指さす。
「どうも、黒井六花改めこの姿は六道織音です。あの姿だと警戒されかねないので、どうせならこの姿でやろうと思いまして」
ダメですか?と首を傾げた六花を見た東峰がツーっと鼻血を垂らしつつ問題ないとサムズアップして答える。そんなことよりさ!と日向は東峰に抱きつきつつ問いかける。
「殺さなきゃ何してもいいのって本当?!」
「えぇ、もう二度と悪さが出来ない程に痛めつけてあげてください。捕縛と各所への対応はこちらで請け負います」
ですので出来る限りお仕置きしてきてくださいと鼻血で汚れた微笑みで伝える東峰。日向が年相応に大喜びすると、六花もそう言われたら頑張らなきゃねーと日向に優しく言う。
東峰は良かった良かったと2人を見るが、ここに誤算があった。『日向ちゃんの能力を使って精々この前位に捕縛出来たら御の字』と呑気に思っている東峰と、『死人が出ない程度に本気を出して大暴れしてもいい。芽衣の説得は東峰がやる』と考え込んでいる2人の意識の違いは、今や取り返しのつかない所まできていた。なんせ前回の半分は手加減されていた為、搬送された段階で会話が可能だった。なので、今回も一時的な無力化となるので急いで捕縛する為、後ろに変装した治安維持クラスの団員達がついてまわる予定だった。…2人の想定は『素早く近寄って素早くボロ雑巾にして1箇所にまとめる』なので、そんなに急いで捕縛しなくともピクリとしか動かない犯罪者しか発生しない予定である。
「それじゃあ!お姉ちゃん、平和の為に頑張ろうね!」
「目指せ収容所にすし詰めの反社会組織員!」
「「エイエイオー!」」
「それにしても薄暗いしちょっと臭い?」
「うーん…ゴミと下水と炙った薬物の匂いかな?」
そうこうと話していると、2人の歩く道から伸びる細い路地から数人分の手が伸びてくる。それを避けると、2人は見つめあってから手が伸びてきた方向に飛び込んでいく。カモがわざわざこちらに来たと考え、薄ら笑いを浮かべていた女性だが隣の男が壁に叩きつけられて動かなくなり、後ろでは痙攣した仲間達が転がる光景に恐怖を伺える顔になる。生死もはっきりしない仲間達をゴミ袋の様に通りの付近に放り投げる2人から離れようと座り込んだ状態で後ずさるが、片方の少女はそれを見てから駆け寄って回し蹴りをした。
「これで5人かな?」
「大した事ないねー。次行こー」
2人が通りに出て歩き始めると、その後ろから荷車での荷物運びに扮した治安維持クラスの団員が近寄ってくる。
「…一応全員生きてます先輩」
「あのお二人さん酷いことするな…。こいつなんかヤク使ってるってのに痛みでのたうち回ってるぜ」
とりあえず運ぶかと関節を感じない彼らの腕に手錠をつけて荷車に載せると、臨時救護所に向かう。そして、歩を進める団員2人は取り敢えずこの先犠牲になる反社会組織員達に黙祷を捧げた。
鼻歌交じりに歩く妹の頬をハンカチで拭きながら六花が進んでいくと、六花は背後から何かを突きつけられる。後ろを見ると、ニヤけた2人組がおり、男性の方がグリップの木製パーツがボロボロのリボルバーを突きつけていた。手を上げろと怒鳴る男性とニヤニヤとしているそのパートナーに六花が能力込みの速度で薄暗がりに蹴り入れると、彼らの望み通り2人して手をあげた。ハンズアップではなく乱暴の方だが。女性へは可哀想なので身体の支配権を奪ってから、擬似的な金縛りで無力化したが、男性の方は容赦なく暴行を加えた後に通りの隅に投げておき、2人は素知らぬ顔で通りに戻る。
「面白いように釣れると楽しいね!」
「エサに食いついたらとんでもない毒入りだと気がつくけどね」
日向は上機嫌に通りを歩きつつ、横にある建物の隙間にある細道を覗く。そこには酒瓶やフィルターだけになったタバコ、割れた注射器にビニール袋の切れ端が散らばっている。
「うーん?体感だと結構銃が普及してる気がするのに薬莢がないねー」
「多分だけどああいう子達が拾ってどこかに売っているんじゃないかな?」
2人の視線の先には痩せた中学生位の子供が、袋に落ちている瓶や缶等のリサイクル可能と思われる物品を拾い入れていて、金属製の薬莢等は絶好の資金源なのだろう。あの子達に仕留めた彼ら彼女らの武器はそのまま回収されると、またそれを使う人物が現れるので今回は六花の力で金属スクラップにして置かれている。それを六花が走って集めてくると、彼等の目に触れる形で先程の2人の身ぐるみごと積み上げておく。
『お兄ちゃん!あっちにいっぱい落ちてるよ!』
『あぁ…?本当だな、これだけあれば今日の晩御飯は足りるだろ。よく見つけたな、偉いぞ。…これ、金じゃないか?凄いぞ、里乃大手柄だ!』
2人は仲が良さそうに少し離れた所にある路地に入った兄妹を微笑ましそうに見ると、先を進む。もちろん兄妹の笑顔の裏では先程の2人組は下着姿で路地の隅に打ち捨てられている。日向は思いついたといった様に手を打つと六花にヒソヒソと囁く。それに六花は面白いと乗っかり、その計画を進めることとした。
その後も路地に入っては叩き伏せて通りの入口に放り出すことを繰り返していると、隣の地区にたどり着いた。一般団員の担当地区をパトロールしても仕方が無いので、2人で行っていた計画…犯罪者から剥がした身ぐるみを入れた袋を持って薄暗い路地に入る。
「この辺だよねー?あの子達が入っていった所」
日向がキョロキョロと見回していると、突き当たりに袋を持った子供達が続々と入っている店を見つける。2人はそれに歩いていき、子供達が減ってきたのを確認してから入店する。
「いらっしゃい…って、ここはあんた達みたいないい子ちゃんの来る場所じゃないよ!帰りな!」
「おばちゃん!これお金に出来る?」
「今日はいっぱい拾えたからお兄ちゃん達がお洋服と一緒に分けてくれたんだ!あとー…、ここで売って、お小遣いにしていいって教えてもらったの!」
2人が幼い語彙をわざと使って店員の老婆に声をかけると、老婆はなるほどねぇといい、2人に袋を見せるように手招きをした。六花は背負っていた袋をカウンター横に置くと、袋の口を開いた。この袋自体は2人を入れて運ぶ為のものだったが、中に結局入ったのは犯人の身ぐるみとなった。持ち主は今、パンツ一丁で路地に捨てられている。
「それはあの子達かねぇ…?今日は何故か金細工のピアスなんか持ってきたものでびっくりしたよ」
「多分その子?」
「おっきいお兄ちゃんと私達位の女の子!」
老婆はそうかそうかと頷くと、中身を吟味しだす。服や趣味の悪いネックレス等を一通りみた後に、2人に数枚の汚れた紙幣を手渡す。
「品質も悪くないし、あの子達の為に少し多めに出してやろう。大変なんだろう?」
「うん…、それでウチまでどうやって帰ればいいの?初めてのお仕事だから迷っちゃった…」
計画の一環として六花が困惑の表情を浮かべて問いかける。老婆は杖をついて入口に歩くと、路地を指さして孤児院への行き方を教える。2人はありがとー!と大きく言ってから店を後にし、言われた通りに道を進む。
「助成金詐欺確定かな?」
「正義の為に懲らしめなきゃね!」