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サイドストーリー 東峰千鶴の夕餉

「ふぅ…何とかあの2人を下層に潜伏している組織を一斉検挙する為に呼び出せます。本来ならあの織音さんという方も連れていきたかったのですが…」


私が本日最大の任務を終えて、あの芽衣ちゃんと日向ちゃんのぷにぷにハンドを思い出しつつカバンを開いて鍵を取り出していると、玄関が開いて中からおかえりなさいと声をかけられる。


「おや、お疲れみたいですね。ちょうど本日は早く帰れたので料理を用意しておきました。シャワーを浴びてから夕食にしましょうか、千鶴ちゃん」


「ただいま帰りましたー…、なんだかビーフシチューのいい匂いがします!」


挨拶を返してすぐに私がそういうと、仕事帰りだったのか燕尾服を着ている彼は笑いつつ「冷めると良くないから軽く浴びてきたらどうです?お嬢様」と軽口をたたく。相変わらずな年上の貫禄を感じる態度に安心しつつ、すぐに出ると伝えてシャワーを浴びに向かう。



シャワーを浴び、服を着替えてダイニングに入ると、テーブルに所狭しと料理が並んでいて何かのお祝いの様な様相を呈していた。本日は何かの記念日だったかなと思案していると、彼が夕食準備は整ってるから後はゲストだね?と微笑みつつ着席を促してくる。彼の顔は喜色満面なので別れ話では無いだろうけど…仕事で何かいい事あったのかな?とりあえず着席すると、彼が瓶の中に入った黄金色の液体を目の前のワイングラスに注ぐ。


「これは…お酒ですか?」


「えぇ、蜂蜜酒ですね。あまり甘くは無いですが、飲みやすいとは思います」


ワイングラスを持ち上げて彼に向けて突き出すと、彼もワイングラスを手に取る。グラスを軽くぶつけて涼やかな音を響かせると、互いに1口飲んでから食事を始める。彼がこちらを微笑ましそうに見つめてくるので少し食べづらいけれど、気にせずにやたらと手のかかっている料理を口に運んでいると彼がようやく話し始める。


「本日の業務は大変でしたか?」


「うーん…そういう訳では無いのですけど、少し大事なプレゼンがありまして」


ふふっと彼が笑いながら「ええ、ええ、大変でしたでしょうね。六花ちゃんと日向ちゃんの勧誘は」と返してくる。…流石は情報局の人間、多分私の一日の動きも知っているのではないだろうか。そう思っていると、彼は


「あの子達には監視を置いているのでね。貴方が素晴らしい演説をして三田司令にはたかれた事は部下から聞きました。随分と貴女らしくない芝居がかった演説だったそうで」


と愉快そうにこちらを見つめてくる。


「あの為に台本まで用意したのですけどね。芽衣ちゃん以外には不評でした」


その発言に彼は面白そうに口角を上げると、そうでしょうねと呟いた。


「あそこにいるであろう椿…着物の少女は思考を読みますし、日向ちゃんは思考を察してきますし、六花ちゃんに至っては直感が鋭いので偽るのは僕でも苦労します」


そう彼は呟くとため息をつく。


「でも、芽衣ちゃんは私が握手したら握り返してくれたんです。すごくキメ細かい肌でいい匂いがしました…」


「ほう…?そうでしたか」


彼は一瞬だけ驚いた顔をするが、すぐに嬉しそうにそうですかそうですかと頷く。不思議そうに彼を見ていると、彼は微笑みつつ質問してくる。


「芽衣ちゃんは握手の後どういう対応をとりましたか?例えば…日向ちゃんにお仕置きされた直後とかですが」


「うっ…それも知っているのですか」


彼はえぇ、もちろんと頷くと、傷を治してくれたのでしょう?と問いかけてくる。


「えぇ…そうですけど…。マッサージと称してとんでもない拷問を受けましたよ…。凄い痛かったです、身体は軽くなりましたけど」


そう観念して伝えると、彼がいきなりむせて咳き込み始める。駆け寄って背中をさすると、それを制止した彼は詳しくもう一度聞かせて欲しいと伝えてくる。


「えぇ…?マッサージと称して日向ちゃんと同年代扱いの怒りをぶつけられまして。身体のあらゆる所を激痛込みで中からマッサージされたのですけど、その時に『自分の子供を可愛がれ』なんて言われまして…」


そんなの不可能なのですけどねと私は下腹部を撫でる。先天的子宮奇形によって子供を諦めざるを得ない私には残酷な話ですけどと考えていると、彼は我慢出来ないと言わんばかりに何時もの余裕がある笑みでは無い本当の大笑いをする。少し彼の人間性を疑った時、彼は千鶴ちゃんは芽衣ちゃんに好印象どころか、随分と気に入られたみたいですねと話す。


「芽衣ちゃんはパッと見は皆に優しくとも、あの裏にはかなり打算が含まれています。更には悪意にはとてもとても敏感で少しでも芽衣ちゃんを利用する気なら触れすらさせられません。そんな彼女が初対面の人にいきなり握手をされて握り返した挙句にイタズラをするなんて…千鶴ちゃんの中身が綺麗だったんですかね?」


「ど、どういう事ですか?弥生にもあそこにいたモデルさんみたいな方にも良かったわねと言われたのですけど…」


彼は戸惑う私に憲兵たるもの報告の省略はいけませんよ?と言ってくる。


「芽衣ちゃんはなんと言っていたかもう一度教えてください?」


「えーっと…『治したから可愛がるならいい人見つけて自分の子供に…』だったと思います」


思い出しながら答えると、彼は流石はお人好しの芽衣ちゃんですと呟いた後にこちらに聞いてくる。


「芽衣ちゃんの能力は把握してますか?」


「えぇ…傷病回復でしたっけ?」


よろしいですと彼は言うと、では何処まで出来るかご存知ですか?と聞いてくる。分からず彼に困った顔を向けると、彼は口を開く。


「完全に死亡してない限り、下半身が吹き飛んでも治す事が出来るのですよ。彼女は。もちろん内臓も四肢もしれっと生やすので如月はよく卒倒してますが…」


そんな芽衣ちゃんに随分とマッサージをして貰った千鶴ちゃんは何をされたんでしょうね?と微笑む彼にもしかしてと下腹部を見ると、彼から正解ですと言われる。


「正しく芽衣ちゃんの素直でない一言を翻訳するのなら『どうして子供好きかは察したので、子宮は治してあげたから旦那さん見つけて気兼ねなく出産してください』辺りでしょう」


貴女といい三田司令といい…と嬉しそうに頭を抱える彼は、すぐに顔を上げると私に微笑みつつ言う。


「ですので、これは全て千鶴ちゃんの完治祝いとしようと思います。おめでとう、これで心残りはないですか?」


「心残り?」


彼はポケットから小箱を取り出し、私の前に置く。中にはシトリンのあしらわれた指輪が入っていて、彼は調達は大変でしたが…と声を漏らしている。


「千鶴ちゃんにはずっとこの事を理由に結婚を誤魔化されてましたので、渡りに船でした。さて、大人しくこれを受け取っていただけますか?」


「…不束者ですが」


良かったですと彼は微笑むと、フイになったら調達先から怒られるので…と呟いた。調達先とは?と思い、彼に何故購入した場所から怒られるのかと聞くと、彼は珍しく困った顔をして答えてくれる。


「千鶴ちゃんが依頼をした日向ちゃんなんですがね、小学一年生らしくゴシップに貪欲でして積極的に干渉してくるのです。それこそ指輪の調達をお願いしたら、誕生月を聞き出してその月の誕生石をあしらった結婚指輪をセールスしてくる位に」


上手くこちらの懐事情を読み取って払えるギリギリを攻めてくる割に、その分サービスが行き届いているのがにくい所ですと言い、それはそれとして何故日向ちゃんは私をコスプレ愛好家かつナンパ師の不誠実な人間と認識しているみたいなのですよねと呟く。


「ふふっ、駿介さんが誠実なのは知ってますから」


それに渋い顔をしている駿介さん。彼と交際したのはアイク騒動の1年前位からで、きっかけは軍の食堂で働いていた友人が組んでくれた立食パーティーだったと思う。第一印象は遊び慣れているなと感じた事を覚えている。話してみると博識で落ち着きがあって経験豊富そうな様子に少しドキドキしたし、友人達からもあまり彼のいい噂をされなかったけど、警部の勘で悪い人ではないと思った。試しに連絡をすると彼は嬉しそうに了承した旨を伝えてきて、デート中に綺麗な人が歩いてきても見向きもしていなかった。食事中にポツリと話してくれた噂の真相は『何も気にしないで友人の女性達に話しかけていたらいつの間にか恋人認定をされていて、全員に浮気を疑われて振られた』との事だった。それら全てが同僚の前で行われたのでついたあだ名は【駿スケ】。介ではなくスケコマシのスケとの事。


「多分それを吹き込んだのは六花ちゃんでしょうけど…。はぁ、あの子の方がよっぽどスケコマシだと思うのですが…」


「六花ちゃんが?」


駿介さんはきっと接するであろう千鶴ちゃんには教えておきましょうかと私に芽衣ちゃんと六花ちゃんの関係を知ってますかと聞いてくる。それはもちろん姉妹であるはず。なので私は


「姉妹ですよね?」


と言うと、駿介さんはそれでは30点ですと答えてくる。そして、正しくはと前置きをしてから話し始める。


「姉妹でもあり親友でもあり恋人です。しかも、互いに互いの考えが手に取るようにわかると豪語する位に互いを理解し合ってます」


この前とうとう芽衣ちゃんから婚姻届を提出してきましたしねと駿介さんが言う。


「女の子同士という点の前に姉妹ですよね?」


「あの2人は正しくは従姉妹同士ですし、愛の芽生えとは色々とあるものです」


私達も他から比べたら変わっている関係だと思いますけれどと駿介さんが呟く。確かに事実上婚姻関係であるものの対外的には同棲している男女という私達の関係も2人の関係とは別の変な関係だった。


「当時小学生の芽衣ちゃんをイジメから救い、彼女が楽しく暮らせる環境を作り上げた挙句にあの顔とあの性格ですからね。しかも、現陸軍部トップのゴリ…園上大将は六花ちゃんの武術の師匠ですから、黒井司令が話を通しに行くと既にその事を知っていたりもありますね。」


まぁあの武闘派ゴリラと引き合わせたのは僕ですけども…とため息をつく駿介さん。そして、


「黒井司令の家に預けられていたあの子を無断でパーティに連れていったら、あの子が園上大将と棚橋議員を懐柔して来ましたから…大層驚きました」


「駿介さん…何やってるんですか」


六花ちゃんの本当の父親には煮え湯を飲まされる事も多かったのでその意趣返しですよと、少し寂しそうに笑う駿介さん。私が六花さんの本当の父親とは?と言うと、彼は誇らしげに答える。


「僕達が暮らすこのオアフ島確保の立役者、水無月少将ですよ。彼女を1人親戚の五月家に預けて、娘が暮らす平和な場所を守る為に散った英雄です」


「そう…なんですか」


駿介さんは水無月さんも南さんも、うちの隊長に全部任せて無責任に酒盛りでもしているんでしょうかと駿介さんはグラスを大きく傾ける。そして、こんな席で言う話ではないのでやめましょうとグラスを置いた。そして、忘れていましたと呟いた駿介さんは顎の下で手を組んでこちらを見つめてくる。そして、胸元から1枚のカードを取り出すと、私に手渡してくる。


「こちら、ご友人の三田司令と芽衣ちゃんがよく屯している場所です。ここに明日明後日にでも行って2人に結婚報告を伝えておいてください。僕だときっと胡散臭いと一蹴されますし、何より…その事を1番心配しているでしょうから」


そこのオムライスは美味しいですよ?と駿介さんは言うと、ニコニコとグラスを傾けている。しかし、ふと疑問が浮かんだ。結婚するならあれはどうしようかと。考え込む私を不思議そうに伺う駿介さんは少し心配そうな顔だった。


「明日から森永千鶴と名乗れば良いのでしょうか?」


「…はぁ、千鶴ちゃんは可愛らしいですね」


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