とんでもカルテットの自警団任務 11
よく分からないけどやりすぎちゃったのかなと心配そうに年上達を見上げている花ちゃんの頭に大人の手が乗る。花が後ろを向くと、メガネをかけた背の高い女性がにこやかに花を撫でつつ見ていた。女性は東城以外から警戒されている様子を確認すると、花から手を離して鷹揚に頭を下げる。
「失礼致しました。私は東峰千鶴、憲兵科統括兼自警団団長をさせていただいています。本日は私の理念でもある重大犯罪者の撲滅に一役買って頂き、感謝致します」
「知らないこの場の人間に、こいつがどんな奴か分かりやすく言おう、これの著者だ」
花に帰宅を促し、花が帰路に着いたのを確認した東城は嫌そうに赤い手帳を胸元から取り出す。それは自警団手帳第1版。『重大犯罪者は殺せ、怪しかったら半殺しにしろ』とシンプルな内容のものである。
「おや…?それは私が産み落とした理念の結晶たる自警団手帳第1版ではないですか。やはり素晴らしい…!しかし、この素晴らしさを知らぬものによって、自警団手帳はとても穏やかなものになってしまった…。これでは…重大犯罪を行う汚物により、無辜なる市民に被害が出てしまう…!なんて嘆かわしい!」
「…言葉で表すのなら、ご覧の通りの重大犯罪者を蛇蝎のごとく嫌う正義の狂人だ」
狂人とは失礼ですねと東峰は言うと、芽衣へは本日の治療のお礼を、間宮達2人へは何時もの団員救助のお礼、そして、日向と六花に1つの封筒を差し出す。日向が封筒を開けると、そこには2層市街での犯罪組織の撲滅作戦が書かれていた。
「日向ちゃんには予め伝えていた、ざっくりと言えば日向ちゃんの指揮下でない街のゴミを綺麗にするボランティアに参加していただきたいのです。言うなればゴミ拾いですね。本日の件も他の組織には流れていないみたいですし」
「誰も逃がしてないですしね。というか…メッセンジャーが欲張って爆散したというか…」
「まぁ、子供に全滅させられましたなんて言えないしねー」
一行には見えていなかったが、間宮と南は影で見ていた何かしらの構成員が上から落ちてきた看板や植木鉢が頭部に当たって、通りがかりの白衣の集団により応急処置の後に芽衣の所に運び込まれたのを確認している。
「それならあたし達も参加した方がいいんじゃないですか?」
その間宮からの申し出に対して、東峰は首を横に振る。そして、わかってないですねと前置きしてから語り出す。
「醜悪かつ下劣な犯罪者が己の犯罪により、幼い子供に完膚なきまでに蹂躙されて許しを乞うも、残虐に…無慈悲に…嬲られる…あぁ、なんと素晴らしい!」
「…何処でその残虐性を拾ったんだ?東峰。憲兵科時代はそんなんじゃなかったと思うが…」
その言葉に東峰は顔を歪ませて憎々しげに呟く。
「憲兵として自警団の子達の支援をしていた際、団員の子達が随分と痩せ細っていたのです。給与額からして不自由無いと考えて、痩せ細っている理由を聞くと『僕の孤児院だとノルマを下回っている子から居なくなるんです。だから、ご飯を少なくしてチビ達の分も用意しているんです』と言われました。…日向ちゃん、日向ちゃん達以外の組織は何を収入源にしていると思いますか?」
「麻薬と児童売買かなー?…見つけ次第潰して子供達はウチの孤児院に入れてはいるのだけどね」
困った様に日向が呟くと、東峰はその通りですと言い、そこで彼等は思いついたみたいなのですよと怒気を孕ませた声で語る。
「下層の夫婦から安く子供を買い取って、その子達に働かせて…子供達を売るのが儲かると」
「酷い…」
芽衣が眉をひそめてつぶやくと、東峰は右手を左胸に叩く様に添えて顔を上げる。
「ですので、私は……誓っているのです。私が息をする限り、子供を食い物とする…不幸な子供を作り出す犯罪者共を捕縛し、この世から消し去ると!」
すごいのです!と賞賛する芽衣に、その覚悟に押される東城と年長3人組。日向だけ胡乱な目を向けるが、東峰は芽衣と日向に握手をすると、「その為にお二人の力も必要なのです!」と目を輝かせて言う。
「なーに語ってんですかねー、このペドフィリアは…」
その声と共に振り下ろされた警棒は東峰の後頭部に直撃し、鈍い音を立てる。殴った人物は手を繋いだままで後ろを振り向く。
「正しくは『子供達の顔を曇らせる奴は生かしておけん!』ってだけでしょ?最近はそんな事件起きてないじゃないのよ。そして、あんたはそんな真面目な人間でもない。…真相がバレて六花ちゃんに真っ二つにされない内に、早く2人から手を離しなさい、チャイルド・マレスター」
「酷いですよ、弥生!いきなり殴ることないじゃないですか!しかもチャイルド・マレスターじゃないですー!ただ2人のモチモチお肌を堪能しただけですー!」
渋々と言った様子で東峰のへそを見て目を合わせない芽衣から手を離すが、日向の方は離さないでいる東峰に弥生は呆れつつ警棒を振り上げる。それに対して違うのです!と懇願する東峰。
「何故か力が入らなくて…でしてね…」
「うん、千鶴お姉ちゃんの思惑はまるっとお見通しだからね。神経の電気信号をジャミングして、手を繋いだままにしているんだ」
信じてくれるのですね!と目を輝かせる東峰に日向はニコッと笑うと、
「このド変態♪」
そう吐き捨ててから電撃を繋いだ手越しに流し込む。喉から絞り出す様な東峰の絶叫と呻きを聞きつつ、いつの間にか後ろにいた椿が呟く。
「不穏な思考を感じたと思えば…幼子を好む下衆がおったか。今も邪念は払えてない様じゃからな…いい部分もあるが、総じて度し難い」
「うーん…悪い人じゃないと思う。変態だし割と欲に塗れてるけど正義感は本物だし、子供には手は出さない主義らしいから」
ため息混じりで椿が薄目でもがく東峰を見据えると、日向は手を握ったまま東峰のフォローをする。もちろん電撃は流されているままなので、今の東峰はセルフ海老反りで激痛を味わっている。
「…千鶴、そろそろ懲りた?」
「ええ…これでもかと反省いたしました」
もういいわよと弥生が言うと、日向は最後に強めに電撃を与えてから手を離す。ぐったりする東峰に芽衣は駆け寄ると、手を当てて無事か確認をする。
「流石はヒナちゃんなのです。なんの問題もないね。それはそれとして、お疲れの様なので身体を解して差し上げますね?」
「なんと…お優しい!神様仏様芽衣様!」
「そうなのです、私はとても優しいので特別にこれをしてあげるのです。少し痛みますが、舌を噛まないように耐えてくださいね」
間宮は目に見えて不機嫌そうな顔をした芽衣が背中に手を置いてから何かを注入する様な様子に、自身の記憶にある事を思い出す。
「え?そればどういう…グギッ!ガハッ!」
およそマッサージとは思えない全身の筋肉で起こっている蠕動と、拷問を受けた様な東峰の声に何をされているのかを察した全員は芽衣が内心怒っている事を感じ取る。それは自身に向けられた子供扱いと愛する六花を危険な目に合わせようとしている事への抗議を多分に含んだマッサージだった。満足したように手を離した芽衣とのたうつ東峰。のたうつ東峰に近寄り、弥生が声をかける。
「どうだった?芽衣ちゃんの特別マッサージは」
「麻酔無しで身体の中に入れた手で筋肉とか骨とか内臓をパズルの如くいじられるのってこんなにも痛いのだと感じました」
芽衣は複雑そうな表情で東峰を眺めた後、それはそれとして、治安維持のお礼はしておいたと呟いて家に入っていってしまう。その途中で振り向くと、
「治してあげたので早くいい人探して、自分の子供でも可愛がるといいのです」
とイタズラっぽい笑みを浮かべて言った後、足早に奥に行ってしまった。
「…?んー…なるほどね。流石は芽衣ちゃん…さらっと治したわね」
不思議そうにそれを見ていた間宮が、目を凝らして東峰を見た後に、少し嬉しそうにそう口に出す。
「な、なんの事ですか?」
戸惑う東峰に、弥生は秘密だと答えて微笑む。間宮もおめでとうとだけ言っておくわねと肩を叩く。2人の視線から察した六花と南は振り返り、しれっとこっそり1人救った芽衣が奥で何かを頬張っているのを眺める。
「さて、東峰さん。僕と日向はその話を受けようと思います。犯罪者撲滅ではなく、子供達の未来の為に…ですけど」
「全くー…お姉ちゃん達はお人好しなんだから」
楽しそうに六花と日向は東峰の手を取ると、しっかりと握手をする何も分からずクエスチョンマークを頭に浮かべている東峰を弥生は呆れたように半眼で見るのであった。