日向の自警団体験 3日目 外れた枷
副官である八幡がそろそろ上司の話が終わっているだろうと執務室のドアをノックして開ける。そこに居たのは、仕方ないと諦めて抱きしめられている六花と頬を擦り付けて抱きつく日向を抱えた不審者の姿だった。それを軽蔑する様に眺めると、憲兵隊に連絡する振りをする。
「すみません、権力を振るって少女に接待させている司令長官がいるのですが…」
「ストップぅ!!誤解だよ!やわちゃん!!」
不審者は慌てて通報を止めると、日向がママ?と呟く。八幡は再度通報を試みるが、六花より制止が入る。
「大丈夫です。日向の方が呼ばせて欲しいと頼んでの話ですので。それよりこの書類を第4艦隊にお願いいたします。あと…」
「なら良いのですが…わかりました。失礼します」
不服そうに端末を仕舞う八幡は、六花より渡された書類を受け取ると退出する。そして、弥生に向き直った六花は日向のママとなるのがなぜ凄い事なのか伝えた方がいいでしょうと端末画面に文書ファイルを表示させる。
「なにこれ?」
「強いて言えば日向の生い立ちですかね?」
それを受け取って読み始めるうちに、にやけ顔はだんだん青くなっていく。そして、慎重に端末を六花に返すと日向を抱きしめる。そして、六花を見ると口を開く。
「…理解したけど、人の心とかこの場にはなかったの?」
「目的は暗殺と諜報を完璧に行える暗部要員の製造ですからね。文脈的にメイちゃんがプロトタイプで日向が正式版でしょう」
「反吐が出るね…実の子を使うとは」
静かに憤る弥生に日向は、まぁ実の子以外成功してないのが原因ではあるけどねと口を挟む。
「むしろ、適合者への学習能力の向上という効果がある薬品を使って用意したハイスペックな子供を教育する計画の中で出来た偶然の産物かなって」
まぁ、どの道あの計画は失敗しただろうねと日向があっけらかんと言うと、主人への依存を誘発する薬品の方が確実だしねと笑う。それに対して弥生は日向を抱きしめて頭を撫でる。
「…身体は正直みたいだけど?」
「なんか変態みたいだよ?ママ」
困った様に笑みを浮かべて日向が弥生を揶揄うと、弥生は日向の震えている身体を両手で支える。
「はぁ…気乗りしないけどさ…『日向、lapillus abjectus」
その言葉を弥生は再度受けとった端末の一部を拡大して見つつ、正確に言う。
それを聞いた日向はそのまま気を失い、弥生の胸元に倒れ込む。
「あぁっー…!本っ当に胸糞悪い!これを用意した奴は相当趣味が悪い!」
「あの文言は何なんです?発音的にはラテン語?」
端末を割りそうな勢いで荒れている弥生は、怒鳴るように六花の質問に答える。
「オペレーションペブル…日本側では路傍の石作戦だからこそ、それに因んだ命令キャンセルのコード…だと思う。内容は『小石は捨てられた』で合ってると思う。何を最後に命令されていたかは分からないけど、これの為に母親になりたがったのだろうね」
弥生は幼い子供に課せられた命令について、不明ながらも負の感情の抑制とかのろくでもないものだろうと言う。六花がよく頑張ったねと日向に触れると、日向はゆっくり目を開く。そして不思議そうにキョロキョロとすると嬉しそうに叫ぶ。
「すごーい!頭スッキリするー!」
「「へぇ?」」
「身体もかるーい!えー?なんでー?」
嬉しそうに飛び跳ねたり、コインを空中で回転させたり自在に動かしたりする日向は弥生達の方を向くとありがとー!と抱きつく。
「お姉ちゃん達が解除してくれたの?よく出来たねー?!」
「日向ちゃん、私は何を解除したの?」
弥生を解放してから、日向は不思議そうに首を傾げると、思い出したように語り出す。
「忘れてた!…実験で本気出したら狭い所に連れてかれて何かの音を聞かされたんだっけ?それから頭がぼんやりしてたんだよねー。多分脳の処理能力を制限されたのかなー?」
「…いざという時、自分達で制圧出来るように一時的に押さえ込んだのね」
日向が楽しそうに自身の身体を動かすと同時に、弥生の手にある端末上に日向をデフォルメしたような二頭身のイラストが現れて投げキッスをする様に動く。
「本当にありがとー!ママ!日向もっと頭良くなっちゃった!なんかやって欲しいことある?」
「…日向ちゃんの心の赴くまま元気に過ごしてくれればそれでいいかなー…」
日向に手を握られた弥生はもとより頭良いのにそれ以上って…と考えると、日向はえへへーと照れて弥生に言う。
「そうだよー?日向元から天才だからね!今なら何となく何を考えてるかわかるよ!」
「うっそー!」
「手のひらから遡って、そっちの脳の電気信号をこっち側にトレースしてやってるよ!だから椿ちゃんみたいには出来ないね」
そんな様子の日向を見た六花はほっとしたように座り込む。日向はお姉ちゃんもありがとー!と手を掴みながら跳ねる。しかし日向は動きを止めると、六花に言いずらそうに口を開く。
「あのねお姉ちゃん」
「日向?どうしたの」
「出来れば画像じゃなくて文章の形で考えて欲しいなって」
日向が元気なようで何よりと言った弥生は、何かに気がつくと顔を青くする。
「書類…終わってない…」
「ふふーん!任せてママ!」
腕まくりをして執務机に向かう日向だったが、置かれていた分厚い書類の束はなくなっており、六花が2人をじとーっと見る。
「どうせそうだろうなって思ったので、昔話中に仕上げておきました」
「えー?ありがとねー!」
手持ち無沙汰でしたのでと六花が弥生の身なりを整えながら言うと、制帽を弥生に被らせる。弥生が呆然としていると、六花は呆れたように弥生を一瞥する。
「…どうせ明後日には建ちますし、一応お隣さんに挨拶するべきでは?」
「うん!なるべく早めに建てるよ!」
弥生が理解するより早く、2人は弥生を引っ張っていく。その道中、ニヤニヤとして幼女2人と手を繋いで歩く海軍部最高権力者が度々目撃されたが、たった2回しか通報されなかった。
六花達は44分隊屯所こと自宅に弥生を連れていくと、玄関先で和服姿の少女が掃除をしていた。少女はこちらに気がつくと、姉妹2人におかえりなのじゃー!と手を振る。姉妹と弥生が近づくと、その少女は早かったのぉと箒を塀に立てかける。
「ちょうど良かった。椿達にこの人が新しいお隣さんになるから紹介しようと思って」
「賑やかになるのは良い事じゃの!さてお主は…」
椿が弥生を見ると、今日の着物と同じく顔を赤くして慌て出す。六花達が不思議そうにしていると椿が口を開く。
「そ、そんなはしたない格好はせん!わぁー!やめるのじゃ!私に狐の耳を生やすでない!だからといってはだけさせろと言う意味ではないわ!わざわざ鮮明に描写しなくともわかるのじゃ!」
「…わぁーお。ばれてーら」
何となく理解した姉妹が弥生に軽蔑するように薄目を向けると、今度は椿が待て!お主!と慌て出す。
「くっ!いやらしい妄想を六花達でしおって…」
「ママ…さいてー」
「神無月さんに言いますからね」
六花の言葉に目にも止まらぬ速さで土下座をした弥生は、椿から悪いものでは無い様なのだがのー…と呆れ混じりに呟かれる。そしてもう良いと椿に手を貸されて起き上がる。
「私は五月家3女の椿なのじゃ。お主は…弥生と…ほぉ!好いた男と婚儀をあげた後に住む家が隣なのか!…何?安心するが良い、私は口が堅いからの。いくらいやらしい妄想を見せられたとしても人の恋路の邪魔をしては馬に蹴られてしまうからな。…神様扱いはもう飽き飽きなのじゃ」
椿のみが話しているのに成立している会話を聞き、六花は1番弥生さんの天敵なんだろうなと考察する。
「六花、かような事を思われてものぉ…。弥生はある意味逸材じゃから仕方なかろう。これまでで1番善良で可愛らしい性格の持ち主じゃないかのー?…日向、お主…!本当に良かったのじゃ…母君をようやく手にしたのか…」
「うん!」
頷く日向を満足そうに見た椿は、弥生の肩を叩こうとする。しかし届かないので。諦めて鳩尾の下くらいを軽く叩く。
『うむ、本当に乱世なら生きていけない位の善人じゃのー』
弥生は突如頭の中に響く椿の声に驚く。しかし椿は引き続きニコニコとして話続ける。
「お隣のよしみで困った時は手助けするのじゃ!」
『後で酒でも酌み交わして好いた男の話でも聞かせて貰おうかの〜?』
耳に聞こえる声と頭に響く声が違うことを言っている椿に弥生は混乱するも、何とか取り繕ってよろしくお願いいたしますと返す。
「うむ、任せるのじゃ」
『冗談じゃよ。芽衣を1目見るだけでその手の話はしばらく聞きたく無くなるからな』
ほっとした弥生を2人は不思議に見るも、椿は嬉しそうに玄関の扉を開けて3人を招く。日向が漂う甘い匂いに鼻をヒクつかせると、椿は「いい小豆と砂糖が手に入ったからのー。今日のおやつは善哉が良いと思ってたのじゃ」と言い、台所に向かう。目を輝かせて居間に向かう日向に引っ張られる様に弥生がついて行くと、後ろから声がする。
「ただいまー…。今日のおやつは何…?」
「お邪魔します。椿お姉さんいつもおやつ頂いてしまってすみません…」
そして来客は玄関で止まると、目の前の同年代の子供と同じ姿をしている六花を見る。冬華はその服可愛い…と言って抱きつくが、その後ろには少し警戒した花がおずおずと見ている。
「おかえり、冬華と花ちゃん。今日のおやつは善哉らしいよ?」
「どうして私の名前を…?」
驚く花に対して、不思議な顔で六花が考え込む。その最中、少しイタズラ心が芽生えた六花は少女ロールプレイをする事とした。
「え…?それはりっ…モゴモゴ…」
「ボクは六道織音!1年3組だからはじめましてかも!今日は日向ちゃんと一緒に自警団でお手伝いしてきたんだ!」
正体を言い出しそうな冬華の口を塞ぎ、日向にアイコンタクトを送ると花にウィンクをしながら自己紹介する。花はきっと悪い子ではないだろうと警戒を解いて自己紹介を返す。
「日向ちゃんから2人のことは聞いてたからね!話に聞いてはいたけど可愛いね!」
「わっ!わぁー…いい匂いする…」
前より花から遠慮がちにスキンシップを避けられていた六花は、満足いくまで花を抱きしめて撫で回す。当の花は目の前にいる少女からの落ち着く香りを堪能しながら成されるがままにされる。それを空気を読んだ隠れ面白いこと好きと少女の妹が眺めつつ、各々面白そうな顔をする。
「花ちゃん髪サラサラ!いーなー、ボク髪硬いからさー」
「えへへ…そうかなぁ?お母さんからもらったシャンプーがいいのかも」
花が照れているうちにサイドの髪を編み込む六花はボディタッチを挟みつつそれを完成させた。縮んだ姉に口説かれる友人への多少の哀れみと姉に対する呆れを含めた2人の視線に当の本人達は気がついていないのか、未だに姉は口説いてるし友人は照れていた。
「芽衣お姉さんも…あれ…」
「うーむ…六花お姉ちゃんは無自覚に男女問わず口説くからなぁ」
冬華は日頃六花の様になりたいと憧れている花が、あの様な無自覚タラシになって欲しくは無いし、せめて芽衣お姉さん方面になって欲しいと呟く。それに対して日向は芽衣お姉ちゃんも六花お姉ちゃんの3倍人たらしだけどねと嘆息する。
「花ちゃん可愛いから学校で人気ありそーう!」
「…寧ろ織音ちゃんの方がだと思うけど」
その呟きに六花は皆は分かってないと呆れた顔をする。そしてセーラーワンビースのポケットから小さい鏡を出すと花に向ける。
「ほら、こんなに可愛いのに」
「えっ?!いつの間に…」
鏡にはカチューシャの様に三つ編みがされた少女が驚いた顔で映っていて、花がそれを自分だと認識する前に後ろから六花が花を抱きしめる。
「ボクが男の子なら放って置かないのにな…」
六花的には真面目な花の反応が可愛らしいので可愛い可愛いと褒めているだけなのだが、そんな六花の腕の内では花が顔を赤くして放心していた。
「あーあ…芽衣お姉ちゃんに告げ口しとこー」
「責任…?取るべき…」
「ふぅー満足した。花ちゃん、おやつ食べに行こ!」
「あっ…うっ、うん!」
玄関先でイチャイチャとしていた2人が居間に走って入ってくると、花は初めて見る大人に対して友人達越しに相対する。
「お邪魔してますー。多分冬華ちゃんに花ちゃんかな?私は三田弥生。2人のお父さん…東城さんと黒井さんと一緒に仕事してるんだー。ヒナちゃん達とはその関係で仲良しでね。…まぁ、お隣に引っ越してくるからよろしくね」
「えぇ…?お父さんと仕事してるってことは結構偉い人?」
「かなぁ…?」
少女2人がヒソヒソと会話をしているのをニコニコと眺めている弥生。2人の会議は結局悪い人では無さそうだと結論が出たようで、早速冬華は背中に寄りかかる。花が止めようとするが弥生が首を振って花を抱き抱えて足の間に座らせる。
「…いやー、桃源郷」
「弥生さんすごく…バニラの香りがします!」
花の一言に耳をピクっと動かした冬華は、座ってる弥生の肩に手をかけて肩の上から顔をだして弥生の頬をつつく
「お姉さん…胸ポケットのクッキー…。ちょうだい…」
目ざといねぇと胸ポケットから小さなクッキーが2個入った包みを取り出し、背中に向けて差し出すと冬華がそれを受け取って背中にまた寄りかかって、もらったクッキーを両手で掴んでチビチビと食べ始めた。一方、花が弥生から渡されたもう1つの包みを大丈夫です!と返そうとするが、弥生は包みを開いて中身を花の口元に持っていく。花は喉を鳴らすと振り向いて弥生を下から見つめる。
「せっかくだから食べて感想聞かせてくれるかな?花ちゃん」
「…それなら仕方ないですね。いただきます!」
仕方ないと言いつつ、目を輝かせて顔を動かして嬉しそうにクッキーを迎え入れる花。友人達が弥生に甘えているのを見た日向は2人だけズルーい!と弥生の左手を引っ張る。弥生はそれに困ったように笑みを浮かべてモテモテで困っちゃうなーと言う。その隙に六花は弥生に懐いた3人の妹分達をよしよしと撫で回す。ぬぼーっとしているせいかいつも居住者全員に事ある毎に頭を撫でられている冬華は、いつも通り軽く息を漏らして気持ちよさそうに目を細める。日向はえへへと微笑み、少し弥生を引っ張る力を緩める。そんな撫でられ慣れている2人と対照的に花は弥生と六花に撫で回されて目を回している。
「六花ちゃんっていつもこんな天国を味わってるのー?」
「いやぁー?中々花ちゃんは甘えてくれないんですよねー」
その言葉に花が固まってぷるぷると震え出す。弥生があっ…やばっと言うのと同時に花が顔を赤くして叫ぶ。
「六花お姉さんの意地悪ぅ!!騙してたんですね!」
「あはは…ごめんね」
花が『それはそうです。名前を知ってるはずですよね…匂いもよく考えたらそのままですし…ブツブツ』と弥生の足の間で体育座りして呟いているのを後目に、冬華がそういうイタズラは…めぇ…!と六花を叱る。日向は六花に着替えてくるように伝えると、六花は部屋に戻っていつもの姿に戻る。
「ごめんね…所用あってあの姿だったんだよね」
申し訳ないと苦笑いする六花に対して、花は少し拗ねたように口を尖らせて上目遣いをする。
「…許します。でも条件があります!」
そういえば日向が自警団で働いていると思い出し、何となく立ち直った花は出来るだけ腕を伸ばして六花を指さすと、目を瞑っているまま言う。
「私も自警団のお手伝いをヒナちゃんと織音ちゃん姿のお姉さんとしたいです!」
「ついでに私もしたい…」
六花は脳裏に自警団上層部が胃痛で悶える様子が浮かんだが、まぁ…いっかとその要求を飲んだ。
『ひぃん!…なんか寒気がしたよ…』
『紗奈姉も?私もなんかやな予感がしてるのよね…』
『なんだお前ら…縁起でもない。へっ、へくし!!寒いんじゃないか?この部屋」
その後、椿が持ってきた善哉をローテーブルに置いて、椿も座布団を持ってきて座ると、善哉を6人で食べる。花が椿に『謙虚は美徳じゃが、上手く甘えるも淑女の嗜みというものじゃ。丁度いい実験台と良い手本がいるこの場で覚えるといい』と実験台の所で六花を指さし、良い手本の所でうんざりしたような顔で言う。それに対して六花と花、弥生以外が同じうんざりとした顔をする。3人は不思議そうに首を傾げ、それに日向がため息をつく。
「ただいまー!あれ?りっちゃん帰ってきてるのです?」
「…ほれ、良い甘え方の手本じゃ。あぁなれとは絶対に言いたくもないがの…あれの愛嬌を、まぁ…米粒大程度学ぶといいのじゃ」