日向の自警団体験 3日目 不可逆的なもの
あの後、掃除部隊が部屋の汚れを綺麗にして、不用品をどこかに運び込むと取り残された弥生は半ば六花を引きずる様に執務室に戻る。そして仮眠室のベットに腰掛けさせると、唾を飲み込んだ後に決意した目でこう問いかける。
「あなたは一体何者なの?」
六花はため息をつくと、目を伏せたまま、それを聞く覚悟はありますかと返す。弥生は少し逡巡してから頷く。六花はそれを見るとどう受け止めるかは任せますと前置きをしてから語り出す。
「日本軍所属の研究機関が秘密裏に行った異常能力開花シーケンスで選抜された能力者ので構成された分隊4人の内の1人、水無月六花です。現在は軍政の打倒を目的とする日本レジスタンスの黒井大佐の元で能力者の妹達とお世話になってます。…どうせですし弥生さんに僕らの事をまとめて話しておきましょう」
ちなみに僕は身体能力強化なのでああやってあっという間に兵士を倒したという訳ですと六花は言うと、4枚の写真を見せる。そしてひとつひとつ指をさして語る。
「これが小隊長の間宮先輩です。能力はスキャニングで感知範囲内の敵情から付近にいる人物の身体の隅々までお見通しと言うわけです。今は選抜射手のもう1人と任務中です」
「顔は美人でも身体はザ・女性軍人といったとこですね…偵察任務にもってこいな力を持っているので大鳳の見張り員に欲しいです」
写真を手に持ち、小声で和服とかいいかもしれないと呟く弥生を冷めた目で見ながら六花は呟く。
「…因みに間宮さんは生物学上は男性です。口を閉じてても開いても女性にしか思いませんが。そして唯一の男性分隊員です。…残念ながら本人はとある事情でハーレムにはならないのですがね」
とある事情という言葉に弥生が前のめりになると、六花は仕方ないとその内容を語る。
「能力と引き換えに能力者合計5人はそれぞれ何かを奪われているのですよ。間宮先輩は性別…というか性自認が女性になってしまったという訳です」
「なるほど…ですから女性扱いと…」
六花は頷くと次の寝ている女性の写真を見せる。弥生はそのやる気が無さそうなポーズをする服装が所々だらしない女性の写真を見てメイドね…と呟く。
「こちらは選抜射手の南先輩です。能力は投射物を絶対に狙った所に当てられます。銃弾でもボールでも狙ってから何らかの方法で投射すれば必ず当たります。今は間宮先輩と任務中です。代償は欲が発生しなくなっています」
「食べなくとも寝なくともいいのでしょうか?」
六花は首を振ると、遠い目をして残念そうに返す。
「身体の危険信号になってる食欲と睡眠欲が発生しないのでよく寝食忘れて倒れて中央病院の如月さんに世話になるので、今は時間で行動スケジュールが組まれてます」
六花は今日も『お腹減ってないから食べなくてよくなーい?』と開いた南の口にブロック状の栄養食を突っ込んで来たのを思い出す。六花はあれが紆余曲折の末に出来上がった半ば希死念慮らしきものと考察している。間宮も察しているようで度々冗談めかして南を妹のように可愛がっている。
「うーん…難儀ですねぇ…」
それならもう少し肉をつけてから…と物騒に聞こえる呟きを無視して、六花は次の少女がはにかんでちっちゃくピースをしている写真を見せる。それを引き続き手に取った弥生は先程とは違い、素早く顔に寄せると吟味するように眺める。
「これは…魅了系の能力者ですね!アイクまで魅了出来そうです!」
六花は素早く写真に口付けようとする弥生から写真を奪い取ると、大切そうに仕舞う。弥生が名残惜しそうに手を伸ばすのを無視して説明を始める。
「衛生兵の五月芽衣ちゃんです。能力は傷病治療で僕の可愛い妹です。本人は長女だと主張しますが、1つ下なので妹です。代償として身体がこれ以上成長出来ません。会話する機会があったら姉妹の順番と身長の話題はタブーです。ただでさえ成長が遅かったのにこの代償ですので。」
そして六花は最後の幼女の写真を渡す。年相応にニコニコと写真に写る彼女に弥生は少し顔を曇らせるが、すぐに戻して説明を求めた。
「五月日向、僕の末の妹です。能力は電気操作で、現在は七瀬博士の元で…大変のびのびと過ごしてます。というか現状は自由にさせておくしか対策がないというのが正解です。代償は理性です」
「あ〜…その頃の子供って落ち着きないですから…」
六花ほ説明に親戚等の子供を相手にした経験から理解したように言うが、六花は首を振るとため息混じりにぼやく。
「いえ、閉じ込めたら壁を吹き飛ばして外に出て、監視をつけたら振り切られるか…消されるかですし、頭の回転がとても速いので口は上手いですし…まぁ、僕らからしっかり道徳教育を施されてますので罪のない人に迷惑をかける事は無いです。裏を返せば大義名分を得てしまうと何でもするでしょうけど…」
六花は携帯端末を弄ると1枚の報告書を見せる。内容はとある研究所での事故に関する報告であり、弥生はそれを読み込む。そして徐々に顔を青くしていき、目を覆う。
「全ておいて惨いとしか言えません…幼い子供への仕打ちも、それに対する報復も…」
「日向が発見されたのは所長室のソファの上で、その時は4体の武装した動く死体と食糧に囲まれて眠っていました。運良く外に出ていた研究所の職員1名を除く全員が死亡及び行方不明になってます。本人の様子からしてきっと相当ストレスを感じたんでしょうね」
弥生は友人のある一言をこの時思い出した。『日頃の行いって大事ってこの前思っちゃったよー。危うく死ぬところだったんだよねー』と数ヶ月前に言った友人は今、研究所の所長なのだという。理由は沢山人が居なくなった為。
「…まぁ、悪意を向けなければ少し痺れるだけで頭でっかちな可愛い子なので是非ともスキンシップを取ってあげてください」
六花が抱擁が効果的だと伝えるが、弥生は意味が分からないといった顔で報告書を机に置く。それを見て六花は申し訳なさそうに弥生を一瞥すると、目を逸らしながら口を開く。
「そして、この話をしたのは弥生さんがもう戻れない所まで来たからです。…不本意でしょうが、急進派青年将校の仲間入りおめでとうございます」
心底申し訳ないといった様な六花の発言に、ため息混じりに気だるそうに頬杖をつき、ちり紙と化している基地の出納記録を紙飛行機にして飛ばす。
「…だよねー」
そう呟き、先程のきちんとした服装から第1ボタンを外して袖を捲る。その顔はようやく仕事が終わったと言うように晴れやかで、口では困ったと言うがそそくさと荷物を纏めていた。
「で?逃げるんでしょ?出来ればお姉さんに安全な避難場所教えてくれないかしら」
「流石話が早い。ほとぼりが冷めるまで我が家で良ければ匿います」
弥生がひゃっほい美少女天国!と叫ぶと、六花は困った笑みで弥生の荷造りを手伝う事にした。そして六花が弥生の横にしゃがみこむと
「時々漏れていましたけど、その弥生さんの素の性格。僕は好きですよ」
「あ゛あ゛っ!供給過多です!」