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日向の自警団体験 3日目 血なまぐさい過去

数日後、いつもこの世の全てが憎いという様なオーラを放つ弥生が大変にこやかに仕事をしていた。環境のせいで冷酷だの嫁ぎ遅れそうだのと陰口を叩かれる彼女は、本来面倒くさがりやの楽天家である。幼き日から可愛い女の子にデレデレしている生まれる性別を間違えた娘を見ていた父親から、言葉巧みに言いくるめられて武術も勉学もなんでも【頑張って上級将校になれば美少女侍らせ放題】と丸め込まれてその全てに欲望で乗り越えてきた彼女は、父亡き後、一向にその気配が無いことに気が付き精神崩壊した。


「さて!六花ちゃん?今日も護衛の為に常に同伴お願いしますね?」


その為、その傷心から黒井より送り込まれた美人局にコロッと堕とされ、昨日手紙を受け取った黒井はあまりの熱意と黒井達を裏切るくらいなら自害すると念書までつけてきたのを見て早くも人選ミスなのではと六花の前で苦悶していた。そして同日に懐柔工作していた空軍部の将校は二つ返事で参加を表明し、『アイクは絶滅です。殺します。塵すら残さず消し去ります』と怒りに満ちた顔で呟き続けていたので、交渉担当として父親にお願いされた芽衣は生きた心地がしなかったという。


「…そうですか」


弥生の昨日の人を射殺す様な視線とこの世への殺意に満ち溢れていた顔は、今はだらしない口元と六花を見る湿っぽい視線に変わり、昨日とは異なるプレッシャーを六花に与えていた。弥生は満足した様にドゥへへ…と笑うと、机に向かい合って昨日と変わらない量の書類を慣れた手捌きで処理する。そしてある程度まとめてから新たな副官という任務を芽衣のプロマイド数枚という条件で買収…快諾した士官候補生に渡す。


「…この仕事休む暇もねぇぞ水無月ぃ!」


「三田大佐見習って頑張って栗原。ほら、行った行った!」


妹の爪の垢を煎じて飲めと言い放ち、新しい副官は青筋を立てて書類を持って出ていく。その士官候補生である友人の発言に六花は少しの哀れみの目を向けるも、すぐに手を振って見送る。

それから2分程たった頃、執務室にノックの音が響く。ドアの向こうからは連絡事項の伝達の為、入室許可を貰いたいと男性の声で聞こえて来る。それに六花は弥生に向けて手で静止する様に示すと、代わりに入室許可を出してドアを開ける。ドアが開いた途端に書類を投げ捨てて部屋に走って飛び込んできた男性は拳銃を抜いて弥生に向けようと右手を伸ばすが、それは手首より先が無くなっていて、いつの間にか床に叩きつけられていた。


「やけに計画が杜撰ですね…」


素早く刺客の止血処理をしていた六花は更なる刺客の攻撃を警戒するが、何も起こらず、少しの静寂の後に弥生の鼻をすする音とえずく声が響く。


「…スプラッターするなら事前に教えてよぉ…」


「あぁ!すみません!」


六花は軍刀の血を拭き取りながら刺客を足で蹴飛ばして端に寄せると、血溜まりの残るクッションフロアの表面を掃除する。その間、刺客の男はカチカチと歯をぶつけ続けていた。しかし変わらない状況に顔を徐々に青くして狼狽え始める。そんな彼に六花は口にハンカチを詰め込み、抜き取った彼の奥歯を見せると残念だったねと伝える。すると彼は萎れる様に抵抗を辞める。それを見て六花はどこかに連絡すると、また来た2人組に彼を渡す。そのままダンボールに詰め込まれた彼はどこかへ送られて行った。


「流石はこの歳まで内地で生き延びただけありますね。対応の手が早い」


「クソー!!誰がお前らジジイの仕事代わりにやってると思ってんのよー!!」


呆れた様に呟く六花とにこやかな顔を怒りにゆがませて怒鳴る弥生。弥生はしばらく叫んだ後に書類なんか知るかーと怒鳴ると、兵士達に被害が出るもの以外を選びせっせと部屋の隅に積み上げ始めた。常夏のオアフ島に暖炉がなかった為、後で大鳳の飛行甲板から海に廃棄する気らしく全部集めてから丁寧に紐で縛って系統ごとに箱に詰め直していた。そんな作業をしている彼女の背中が震えているのを見た六花は後ろから抱きしめると、優しく語りかける。


「…怖かったですよね。大丈夫です。何があっても弥生さんは僕が守ります」


慈愛に満ちた声で慰めつつ、六花が弥生の頭を撫でる。いくら軍人とはいえ所属は海軍であり、しかも基本的に訓練だけ行っている大鳳の艦長である弥生に流血を見るのははかなり負担になってしまっただろうと六花が考えて優しくずっと震えている弥生を落ち着かせているのだが、当の本人は美少女からのママオーラと耳に入る脳が溶けそうなアルトボイスと漂ってくる良い香りによって白目を向いて痙攣しており、新たな扉を開こうとする自分を理性で止めていた。


「…落ち着きましたか?まぁ無駄とは思いますが10分後に会議の予定です。僕がそばに居ますので安心してください」


「いやぁ…なんでか過去1番やる気が出てるのですけどね…」


そんな回答に少し六花は呆れるものの、弥生の未だに震える手と少し無理をした笑顔に改めて決意を固めた。

会議室に入ると、ゴテゴテとした礼服と張り出した腹部を大きく揺らして席に着く老人とそれらに従う副官達が入室した弥生を舐め回す様に凝視しており、それぞれが侮蔑や下卑た思惑を伺わせる表情をしていた。弥生が着席すると上座の老人が会議の開始を宣言する。それぞれ士官達が日本奪還の為にと作戦案を出すも、全て数年後を目処にしておりそれすらも飽くまでもお題目と言わんばかりに本気で話さずに時候の挨拶と化していた。その後、如何に税収をあげるかや反乱勢力の抑制等の彼等に利のある内容が会議内容として上がる。そして、彼等は嘲る様な顔で弥生に意見を求める。


「私としましては、税率を上げるには先ず経済活動を「あー…いいよいいよ。…全く君はわかっていないな」」


弥生の発言に1人の士官が適当に遮ると、ドアから武装した兵士達がなだれ込んで来る。六花は弥生を後ろに庇うと軍刀を構える。士官達は儀礼刀と思っていた物が真剣である事に少し慄くも兵士達に合図を送る。兵士達は2人に銃口を向けるとそのまま静止する。


「君には悪いがね、裏切り者には死んでもらうことにしたよ」


「…賄賂と談合、国家予算からの横領等々…それにそれを咎めた人物を不当逮捕。どっちが国家の裏切り者でしょうかね?」


揃って余裕そうに薄笑いで私刑を告げる士官達に弥生が冷ややかに返すと、すぐに薄笑いは消え去り、顔を赤くして喚き出す士官達と数人を除く兵士。そんな中に六花は後ろの弥生に目を瞑っていてくださいと告げる。弥生が目を閉じて頷き、士官達が手を振り下ろした瞬間、部屋はツンと鼻につく鉄臭さと呻き声に支配された。


「ひっ…!化け物…」


「弥生さん、もう暫く目を閉じていた方がいいと思います」


リノリウム貼りの濡れた床を歩く粘着質な足音が弥生の前から鳴ると、六花の声で何かを呟く声が聞こえる。弥生が薄目を開けると、そこは壁に血しぶきが飛び、床は血と倒れている兵士と怯える士官達で覆われている。その士官達に軍刀を向ける六花は弥生の方を向き直ると心配そうに微笑む。


「予定外でしたが…仕方ないですよね?」


「うそ…この一瞬で?」


弥生が驚愕したのを六花が苦笑した時、銃声と共に六花の前頭部から鮮血が飛ぶ。悲痛に満ちた顔で駆け寄る弥生を見て拳銃を片手に狂った様に笑う士官は、六花がそのまま膝から崩れ落ちるだろう事を喜んだが、六花はゆっくり振り向くと右手ごと拳銃を斬り捨てる。


「痛いことは痛いので勘弁して欲しいのですけどね…」


ブツブツと愚痴りながら士官の右手を止血し、躊躇なく士官達の服を全て剥いた六花は後頭部を擦りながら弥生に近寄る。


「ダメ!動いたら…」


「もう塞がってますから大丈夫です。全くあのクソ親父は無茶させるよ…」


何ともないと六花が言うが、弥生は下心なくペタペタと頭を確認する。そして傷がないことを確認すると膝から崩れ落ちる。


「良かった…頭を撃ち抜かれたのは気のせいだったのね…」


「いやぁ…?多分海馬とか撃ち抜かれたと思いますよ?」


こんなのだから危険な任務に行かされるのですけどねと、のうのうと続ける六花に弥生は混乱した目を向ける。それに六花は


「僕…死なないのでー…」


と面倒そうにのたまった。


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