日向の自警団体験 3日目 護衛
ヒッカム空軍基地 海軍部司令長官執務室
「…つまり現地に出したら大暴れしたから閑職に飛ばされたと」
「弥生お姉ちゃんに憲兵科から特別に派遣された自警団員を警護に派遣したんだってー。要はクーリングオフっていう話ー!せっかく遠慮なく悪者退治できたのにー!」
執務室にいた八幡は横で鼻血を出して突っ伏している上司を一瞥した後、頭を抱えて言う。その発言に警護という名目で派遣された幼女…日向は拗ねた顔で出されたオレンジジュースをストローで吸う。それを苦笑しながら「やりすぎちゃったねー」と言いつつ眺めるもう1人の幼女。八幡は日向についてまわるこの幼女に少し警戒しつつ、上司の鼻血の原因である彼女達の服装を眺める。
「しかし…その服装は何ですか?」
2人が来ていたのはそれぞれ日向が白、六花が青のセーラーワンピースであった。日向はそれにいつものサイドテールを錨を模した青い飾り付きのヘアゴムでまとめており、六花は同じ飾りのヘアピンを前髪につけていた。傍から見ると双子が遊びに来ましたと見えるが、中身は昨日スラムにいたナンパ師から凶悪犯までを一通り叩きのめして本部の留置所を満員電車みたいにした武闘派である。
「あー…メイちゃ…芽衣お姉ちゃんが大変迷惑をかけたそうなのでお詫びに…」
「お姉ちゃ…オネちゃんが提案して決めたんだー」
それぞれ誤魔化すように笑うのを見て、八幡はとりあえず上司を起こすこととした。その為に海軍部広報誌を丸めて頭に振り下ろす。それに「天国ぅ!!」と弥生は叫ぶとキョロキョロと辺りを見渡す。
「起きてください。仕事が終わらないですよ?」
「…あれ?私は今芽衣ちゃんのライブを見ていたはずなんだけどなぁ…?」
弥生は先行して芽衣のライブを見ていた様であったが、それを聞いた六花は昨日の夜起こった非道な事を思い出した。とっておきのプリンは食べられ、夕飯にふりかけご飯を出され、仕方ないと出されたオムライスには【キライ】とケチャップで書かれていた。極めつけに弥生さんとデートしてくる事を半ば脅されて認めさせられた。
「…全部お姉ちゃんのせいだけどね」
それを見ていた日向が小声で呟く。六花は横でオレンジジュースをおかわりしながら冷めた目で見てくる妹に弁明する様な視線を送るもふいと躱される。そうこうと姉妹がしていると正気に戻った弥生が質問する。
「ところでヒナちゃんはともかく、そちらの可愛らしいお嬢さんは一体どなた?」
「あっ!はい!六道織音です!ヒナちゃんの友達で今回はヒナちゃんと一緒に自警団の仮加入して働いています!」
弥生は考え込むと、持ち前の可愛いならいいかという楽観的な結論を出す。そんな心境を読んだのか厳しい顔の八幡が尋問調で六花に尋ねる。
「日向ちゃんに負けないくらいに東奔西走の大活躍だったようですが、一体貴女は何者ですか?」
「あー…それは…その…」
挙動不審になる六花に警戒を強めた八幡だったが、その警戒は大きな音を立てて開くドアにより霧散する。
「おう!園上だ!昨日の件だがやっぱり俺が仲人になろうと思ってな!神無月は連れてきたから結婚届書いちまえよ!どうせ双方別れる気はないんだろ?」
「…ありがたいですしその通りですが、拐うのはやめて頂けますか?」
レジスタンス上層部の2人…1人は俵抱きにされている為正しくは園上がドアを蹴飛ばし開けて開口一番に結婚届と新郎を持ってきたと入ってくる。それに対し無表情で苦言を呈する神無月は園上に床に下ろされて、体を解していた。
「園上大将…」
「健介さん?!」
八幡は呆れかえり、弥生は昨日布団の中で何度も呟いた呼び方と気が付かないほど慌てて化粧の確認や髪が乱れてないかチェックする。神無月は無表情ながら少し目を細めて弥生を見ていたが、ふとその横の幼女2人を見てギョッとする。
「ゲ…日向ちゃん…元気そうでなにより…」
「人の顔みてそんな顔するの?失礼しちゃうなー!」
あからさまに引きつった笑顔の神無月にプリプリと怒る日向。それから逃れようと横の幼女を見てピタリと固まる。
「あれ?六花くんじゃないか。久しぶり。君は高校生位だと思ったけど成長遅かったんだね?」
「おぉ?六花じゃねぇか!どうした出会った頃位の大きさになってよぉ。懐かしいな!」
「あはは…バレましたか…」
幼少期を知る2人が懐かしそうに撫で回したり、会話をしたりするのを見た八幡は怪訝そうに六花に尋ねる。
「織音ちゃん…ですよね?」
「はい!司令部麾下第44分隊分隊員の黒井六花改め現在の姿では呼称は六道織音です!」
六花は今の姿は六道織音だと伝えると、八幡は膝から崩れ落ちる。
「警戒した私が馬鹿でした…それはそうですよね…日向ちゃんに監視は必要ですし、何より6歳児がアサルトカービンを持って凶悪犯を叩きのめしませんよね」
「えー!!六花ちゃん?!可愛いー!!」
弥生はカメラ片手に写真を撮りまくるが、神無月はそれを、目を細めて眺めるとため息をつく。それに気が付き弥生が神無月を見るとさらにため息をついた。弥生は顔を青くして弁明に入る。
「いや!その!えーっと…ごめんなさいこういう趣味でして…」
それにため息をさらにつく神無月に弥生がしょんぼりとすると、神無月はこぼす様に弥生に語りかける。
「貴女はどれだけ可愛ければ気が済むのですかね…」
「ふぇえ!?」
思っていなかった方向に責められた弥生は謎の声を上げるが、しれっと弥生の両手を包む様に握った神無月は止まらなかった。
「可愛いものに目を輝かせて可愛い可愛いと言っている…そしてそれを呆れられたのではと言い訳をしに近くに来るも、何もいえなくて謝ってからしょんぼりする。可愛いとしか言えません。強いて言うのならこの言葉でしょうか?『お前がいちばん可愛いよ!!』というやつですね。やはり結婚しましょう。幸せに絶対致します。あっ、ここに署名とサインを…。確信しました。弥生さんは誰にも渡しません。金銭面は任せてください。これでも広い家があるんです」
「は、はいぃ…」
「失った数年分の幸せはなるべく早く味わってもらいます。その前にデートに行きましょう。美味しいものを食べてカイマナビーチに落ちる夕日を一緒に眺めるのです。指輪は用意しておきます。昨日芽衣ちゃんから聞いた所にお願いしておきました。ほぉ…。…失礼しました、弥生さんにかけた訳では無いのですが、その桜色の頬に目を奪われてしまいましていけないとは思うのですが…その…なんでもないです」
長々と話した神無月はあいも変わらず軽く口角が上がった位の顔で弥生に結婚届の署名とサインをこっそり書かせて、ひたすら口説いていた。しかしそれを冷めた目で見ている幼女がいた。
「うーわ…何その顔…。大興奮じゃん気持ち悪…どれだけ好きなの…?」
「え?そんな顔してる?」
六花の問いかけに少し不思議そうに姉の方を向いた日向はハッとして答える。
「うん、お姉ちゃん。分かりにくいかもしれないけどあの人表情筋が絶望的に退化しただけで中身は今でも若かりし弥生さんの写真を見て仕事中しきりにニヤニヤする位の人だし…。今の弥生さんの活発で表情豊かで少し変わってる所とか最早神無月お兄ちゃんのタイプドンピシャというか…」
「若かりしって…今でも30代前半だからね?弥生さん。確かに神無月の大叔父さんが言ってたけど出会いのない息子の健介お兄さんに、無理やり政略結婚させようと見せた弥生さんの写真を見せたら大叔父さん引っ張って弥生さんのお父さんに見合いを組んで貰えるように説得に行ったらしいから…」
複雑そうに良かった良かったと言う姉に日向はため息をついて呆れたように言う。
「…ふーん、氷の女と言われた三田弥生大佐をあんな変態に仕上げたのは誰だっけなー?」
「僕が初めて会った時からあんなだけど?」
自分は無関係だととぼける姉に、日向は何かのボタンを押す。するとドアの向こうから何か紙束が投げ込まれる。日向はそれを取ると1枚づつ読み上げる。
「男社会な海軍にて女性将校、それも叩き上げでのし上がった傑物で、徒手格闘も模擬指揮訓練も学力も最優秀評価。性格は警戒心が強くて冷淡。しかも本人も優秀なのに親は東郷平八郎の生まれ変わりと言われる位の天才三田准将…これがどうなったらあーなると?」
その聴聞に六花は肩を竦めると、あさっての方向を向いて元々の性格じゃないかなと返す。日向はぷかぷかと浮かんで目線を合わせようとするが、六花は頑なに逸らした。そして2人とも口説かれて目を回してる弥生を確認した。今は転居届にサインをしていた。日向は毎度ありーと呟くと、仕方ないと通信端末を取り出す。
「あーなったのは六花お姉ちゃんのせいだって芽衣お姉ちゃんに言うしかないね」
「申し訳ごさいませんでした!!それだけは切にご容赦を!」
姉のプライドと逃避を愛する者に怒られるのを避けるために投げ捨てた六花は妹に五体投地で謝ると、当の妹は苦笑する。
「じゃあ、当事者から教えて貰ってもいーい?私も多少しか知らないから」
それを聞きつけたのか神無月が弥生をお姫様抱っこしてソファまで連れてくると、園上は「うーん…よく分からないがあとは若いもの同士で」と婚姻届片手にドアを勢い強く閉めて立ち去る。弥生は目を回していた為仕方ないと六花は話し出した。
「初めて弥生さんと出会ったのは…」
「ええ、あの時は…」
1年半前 ヒッカム空軍基地 海軍部幹部宿舎
宿舎の少し手狭な部屋。これでも幹部用なので広い室内は静寂と緊張で満たされていた。弥生の手元には他の士官に押し付けられた書類やファイル類が雑然と広げられており、それに目を通しては横に控える男性の副官に指示をする。弥生としては彼に指示をした所で、真っ先に日本から尻尾を巻いて逃げた内地の年長士官達の息のかかった彼が動くとは全く思っていないが。やはり難癖をつけてきた副官に嘆息すると、ノックの音がなり入室許可を求めてきた。聞こえてくる声と階級からして最近入った幹部候補生上がりの若者に入室許可をすると、そこに居たのは目元を髪で隠した背の高い同い年位の憲兵と思われる妙齢の女性兵士であった。
「本日づけで三田大佐閣下の身辺警護を行う水無月と申します。以後よろしくお願いいたします」
簡単に挨拶と教本通りの敬礼を済ませた彼女に、弥生は答礼してすぐに書類に目を移す。当の六花はそれでは仕事にかからせて頂きますと言うと机の側から離れる。
「よろしくお願いいたしまっ…!!動かないでください!!」
失礼の無いように一声かけようと少し目を新人に向けた時、目の前に見えたのは副官が絞め落とされて床に転がる光景であった。急いで弥生が机下に隠されている拳銃を取り出して立ち上がってから六花に向けると、彼女はあっさりと手を上にあげる。そして平然と述べる。
「落ち着いてください。これからの話をこの方に聞かれると厄介ですし、何より上からの命令ですので。三田大佐には危害を加えない事を約束します」
「…私誘拐しても特に利点は考えつかないけれど?」
未だに警戒して銃口を向けたまま乾いた笑みを浮かべている弥生。六花はそれにため息をついてから面倒そうに左手で頭を掻きそのまま耳元のヘッドセットに手を添える。
「こちら水無月。対象の安全を確保。その際不用品が発生したため倉庫にへの輸送を願う。以上」
そう呟くと、ドアが開いて2名の隊員が入ってくる。弥生は一瞬そちらに拳銃を向けたが慌てて六花に向け直す。六花はその間大人しく待っていた。隊員達は副官を大きなダンボールに半ば無理やり詰め込むと一礼して出ていった。それを見送ってから弥生は椅子に戻って拳銃をしまって嘲笑しながら質問する。
「それならなんの用ですか?あの将官達のどなたかから依頼されて脅迫でも?」
「いえ、むしろその将官にいなくなってもらって貴女をトップに据えるのが上の狙いです」
今頃は参謀部の3人程が退役された事でしょうと六花は言うと左耳元を押さえて少し静止してからポケットの紙に書かれている名前を塗りつぶす。弥生は目を見開き、最近退役した将校が2人いた事を思い出す。そして届出を出した後行方不明となっていることも。
「貴方の上の指示を聞くとでもお思いでしたら残念ですが…」
それに六花は呆れた顔をすると、一通の手紙を弥生に手渡す。弥生が警戒して開くと中には『三田弥生殿、こちらは貴女も耳にした事のあるであろう俗に急進派青年将校と呼ばれる派閥の黒井則道というものです。我々は賄賂や癒着に熱をあげる愚鈍な内地勤めの将校を排し、日本奪還を果たすことを目標に団結している。その為に1人でも多くの勤勉で優秀な人物を探している。内偵の結果、貴女の処理している書類は作戦立案に関わるもの以外すべてであると判明している。』
六花が仮眠室の流しを借りたいと弥生に許可を得て立ち去ると、弥生は日々命を削る様な量の書類を1枚づつめくって内容を一目見ると手紙の続きを読む。
『とはいえ、貴女の周りには臆病な将校連中の息のかかった者が多いので護衛を派遣させていただいた。彼女には有り体に言うと護衛と並行して貴女の懐柔工作を頼んである。貴女の周囲を調べて適材を見繕ったのでお気に召すと思う。参加を願う』
弥生は仮眠室のドアに急いで目を向けると、そこには先程とは違う10代のボーイッシュな美少女がさっぱりした顔で立っていた。聡明そうな目元に小さな鼻、常に上がっている口角とそれらを収める整った顔。軍人にするのが勿体ないほどの爽やかな可愛らしさだった。
「うーん…こういう化粧品は肌に合わないかもしれないかなー」
先程まであったほうれい線は消えており、若くみずみずしい肌が輝く彼女は両頬を軽く手で叩くと弥生の前まで来る。声も先程の声よりクリアなアルトボイスに変わっており、先程より親しみやすい印象を与える。そんな六花はニコニコとして握手を求める。
「どーも、水無月六花です。…メイちゃんの方がこういうの向いてる気がするけどなぁ…」
「…します」
「へ?」
「ありがたく参加させて頂きます!!」
先程の冷たい反応から打って変わって大興奮の弥生が叫ぶと、六花は唖然として立ちすくむ。弥生はノリノリで則道への手紙を書くと、それを固まってる六花に渡す。ついでに握手しながら六花の手を揉むと何事も無かったかのように椅子へ座る。
「…わーい任務完了だぁ…」
六花が呟くと弥生は首を振ってからそれに否定の意を示す。
「いえ、これで終わりなんてもった…いえ、まだ正式に参加するとは言っていないので是非とも満足…じゃなくて納得するまで説得しに来てもらいましょうか。えぇ!」
そんな欲望の丸出し人間に六花はなんとも言えない目を向けると、仕方がないと了承する。態度だけはそれらしいものの口から欲望と本来の性格が漏れ出ている弥生はにこやかに微笑むのであった。