日向の自警団体験 外伝 振り回す側の振り回され
「三田司令、現在謎の士気高揚にて海軍部所属艦艇合同演習が行われておりますが、許可を出されたのですか?」
「なし崩し的にね…急いで2艦隊分の演習弾を輸送したよ」
八幡が戻ってきて、早速見たのは机に伏せて頭を抱えて芽衣に背中を撫でられている司令長官の姿であった。しかし、オアフ島沖で行われている実弾でないだけで鬼気迫る勢いで攻撃しあっている様子の所属艦艇の動きは異常であった。
「何がありましたか…」
伏せた弥生は、ゆっくりと顔を上げると八幡に話しかける。
「やわちゃんに問題、隊員食堂に芽衣ちゃんが来て停泊中の第1艦隊と第4艦隊のほぼ全乗組員達に奢って貰った。お礼と称して芽衣ちゃんはツーショットと一言二言お礼を言って写真はその隊員の手に渡りました。そして先程それぞれ哨戒とシーレーン確保の任務から帰った第2艦隊と第3艦隊の乗組員はその話を陸にいた彼らから無線で煽りながら言われました。さぁどうなったでしょう?」
「それで無線から物騒な事が聞こえるのですか…」
「…見る?」
ラップトップに写っているのは、上空からの映像だった。互いに演習弾を撃ち合い、航空機がドッグファイトを繰り広げ、飛んできたミサイルを迎撃しあっていた。その中でも、一際おかしいのがいた。
「摩耶が…被弾なしですか…」
入り乱れる戦闘艦の中でも1隻、摩耶のみ演習弾の染料が付いていなかった。
「被弾なしで沈没大破合わせて戦艦1隻、巡洋艦計5隻、駆逐艦7隻、オマケに空母隼鷹を沈没判定出してるんだよね…」
「彼女らに何があれば…こうなるのですかね…」
理解できないと肩を竦める八幡に、伏せたまま弥生は呟く。
「ヒント、海軍部女子会、芽衣ちゃん、おまじない」
「…何となく理解しました。さながら十字軍ですか」
呆れる八幡に、弥生は「飛んでくるミサイルも砲弾も魚雷も迎撃してるか回避するし、艦が生きてるひとつの生き物みたいに機能してるし…頭痛いよー!」と呻く。そしてその要因は優しく背中を撫でていた。
「…やはり停泊中だった2艦隊が押してますか」
「うーんと…上から組織的に戦闘が行なわれてる所をABCとエリア分けすると、北のAでは、第2艦隊のいくつかの駆逐隊で第1艦隊の機動部隊の正規空母飛龍に撃沈判定を出したけど、全体的には制空権を取られて押されてて、Bは第2と第3の主力の戦艦群が突破を測ろうとしてるみたい。CはBへの迎撃戦力の為にいくらか抜けてるから第4の巡洋艦隊で何とか抑えてる感じかな?」
「…互角と」
諦めたといった様に2人揃ってため息をつくのであった。そして、芽衣は訓練するなんて偉いのです!と嬉しそうに言った。
「…解決かな?」
「芽衣ちゃん様々です…」
結局、芽衣がラップトップを見たのを見逃さなかった八幡が芽衣にヘッドセットをつけて全艦隊の無線に彼女の実況を流した事で、海の男共は互いに良いところを見せようと躍起になり、互いにボコボコになって揃って撃沈判定を出し合い、摩耶はしれっと戦線を抜けていた。
「皆さん!かっこよかったのです!」
この一言だけで丸く収まり、数人海に投げ込まれたものの問題は起こらなかった。そして、大分頭と腹を痛めた2人に芽衣は会議の時間ではないかと伝える。2人は何かを飲み込んだ顔で芽衣を褒める。
「魔性では?」
「今更何言ってるのですか…」
「ふふーん!褒められちゃったのですー!」
何とか司令部施設の第1会議室の前に着くと、弥生は副官と多分問題ない筈のメイドを連れて入室する。中にいた日本レジスタンスの総司令長官は怪訝そうな顔をするも、メイドからパパさん!と声をかけられるとデレデレしだす。問題なしだった。
続いて空軍部の神無月が入室すると、弥生の方に一礼して席に座る。後ろには涙を流して「司令長官が引きこもりを卒業してくれるなんて…」と副官が着いてきていた。これには総司令長官も驚きと困惑を見せていた。
「おぉ!すまん。待たせたか?」
最後に来たのは陸軍部司令長官園上秀重であった。本来は総司令長官となる予定が、本人希望にてこのポストに収まっている。その溢れ出る圧力に少し弥生がたじろぐと、後ろのメイドが近寄り、祖父に甘える様に抱きつく。
「おぉ、芽衣。これは可愛らしい服を着てるな!…何?仕事してる?偉いじゃないか!ご褒美におじいちゃんから飴をあげよう。会議中舐めてなさい」
「ありがとう!おじいちゃん!」
園上のあまりにも珍しい孫を甘やかす祖父の様な顔にその他は固まるも、全員ひとつの言葉を心で唱えた。
【芽衣ちゃんだからな…】
弥生は戻ってきたメイドを一瞥し、資料を取り出す。そして、他の高官達もそそくさと会議の準備を進めた。そんな中、八幡は弥生に耳打ちする。
「芽衣ちゃんには外にいてもらいますか?」
弥生は首を振り、一言言う。
「この作戦の一番の関係者なんだから聞いてもらっていた方が、あの子達の視点もあっていいからねー?」
「かしこまりました」
「現在計画中にある千葉県全域…東京湾側の制圧作戦にて、陸軍部の2個師団が館山から北上、同時に鹿島や百里飛行場へ輸送された4個師団が南下し挟み込む様に行う。この際に江戸川沿いに1個師団を防衛に置き、工兵部隊に要塞線を作らせる。といった形でいいか?」
「海軍部は陸軍部の支援として艦砲射撃や近接航空支援等を行う為、東京湾を制圧する予定です。その為に事前にお配りした資料の様に第1艦隊の空母打撃群を館山沖で航空攻撃につかせ、対潜艦を中心とした水上打撃部隊にて湾内の掃討を行います。その後、どちらの部隊も陸軍部の支援へ取り掛かります」
予め用意した資料をなぞり、3人に確認を取るとそれぞれから了承したと返事が来る。そして、神無月が空軍部の作戦概要を話し出すを
「先んじて行われた航空偵察の結果を踏まえ、空軍部としましては、大まかに分けまして2方面より陸海各部隊の支援を行います。主力は戦闘爆撃機2個飛行隊を含めた5個飛行隊が近接航空支援及び制空戦闘を行う為に現地にて待機していますので、そこからは主に陸軍部の支援任務に就いて貰います。もう一方は新型の多目的機【彗星3型】にて構成された2個飛行隊を伊豆大島の飛行場より発進。その際、地中貫通爆弾を転用した重装甲貫徹爆弾を搭載して中ノ瀬航路上にてアイク達の中継地点となっている新型アイクの排除を行う予定です。この新型アイクは艦船が近寄ると潜り身を隠す性質があると思われ、先の木更津基地への攻撃の際、爆撃や爆雷攻撃、対潜ミサイル等でも反撃するも、効果が見られていません。その為高高度からの急降下爆撃にて排除を行います」
その言葉に副官が「新型アイクへの攻撃ですが、その様な攻撃と、その部隊指揮を出来るパイロットはそうそういないですからね?!」と叫ぶと、神無月は、
「榊原隊長の第46戦闘航空団が喜んで左遷された新人のバトルジャンキーで丁度10名になった筈です。…飛行教官を完膚なきまでに叩きのめせるのですから、今回の攻撃などお手の物でしょう」
「しかし!あと一つの小隊はどうするのですか!?その攻撃のタイミング等の判断はあのパイロット達には厳しいですよ!」
神無月はやかましそうに耳を塞ぐと、何を言ってるのですかと言った後、答える。
「一月前に行われた演習にて選抜した精鋭小隊は今作戦の為に選んだものです」
「しかし、どの飛行小隊の小隊長を飛行隊長にするのですか?!」
神無月はやれやれと肩をすくめると、副官の鈍感さに呆れたという顔をして答える。
「二宮くん、もう片方の飛行隊長は私です」
「はぁ?」
「ですから私です」
驚愕して声が大きくなる副官に、諭す様に冷静に飛行隊長は私だと伝える神無月。弥生達海軍サイドは何を言ってるのかと困惑し、園上は「わしも行くべき…いや!行かせてくれ!」と副官を困らせていた。
「冗談はおやめ下さい!いくら元エースでも、もう空から離れて久しいのですよ!」
「…本当に知らないのですか?スクランブル発進が毎日あるのに最近飛行型のアイクとの戦闘記録が提出されていないですよね?」
副官は確かに最近は航空戦力が減っているのにオアフ島に近寄る飛行型のアイクがいないと思っていた。
「襲来しているアイクの内、八割は私が出撃して討伐しています。残りは日向ちゃんの手慰みか園上司令長官達の鍛錬の的になっている筈です。」
残りの2割は園上邸の庭から超音速で発射される金属製の槍か、保有企業が試作品のミサイルを作る事にラジコンの様にして遊んでいる小学生が文字通り消し飛ばしているが、それ以外は神無月が対処していると告げられた副官。何とか気を失わない様に気合いを入れると、最後の希望にすがった。
「しかし、滑走路と格納庫から執務室は遠い筈です!どうやって移動するのですか!」
「実は執務室から見えるヘリポートはカモフラージュで、あの下に電磁カタパルトで離陸する設備がありまして。…おかげで日向ちゃんには逆らえないのですが」
副官はそのまま床に倒れるが、神無月は特に反応することも無く作戦概要について語る。同志を見つけたと破天荒な流れに目を輝かせる園上以外は呆然としていたが、神無月は何事も無かった様に振る舞う。その後、本題は纏まった事から、全員集合が珍しい上層部同士の交流を図ろうと会議室から黒井の執務室横にある日向謹製の娯楽室に移動した。