日向の自警団体験 外伝 光属性のアイドル
正午近くの海軍部の隊員食堂では、隊員たちが食事を流し込んで「味がよく分からん」と文句を垂れて出ていくという何時もの光景では無く、皆上品にチビチビと食事をしていて、主計員が涙を流しているという異常な空間が広がっていた。しかも今日に限り、出ていく隊員達が爽やかな顔で丁寧なお礼を言って行くのである。それを気持ち悪そうに主計大佐の米村は見ていた。勿論、原因は海軍部司令長官でありながら実に気さくで人望のある弥生が来たから…では無い。
「わぁ〜!本当に間宮パフェを食べてもいいのです?!」
「…気合い入れすぎじゃない?」
海軍部に滅多に来ないアイドルがメイド服を着て、可愛らしく盛りに盛られたパフェに目を輝かせていたからであった。ただでさえ海軍部の勤務形態から他の2つの部門より少ない女性隊員の中でも一部のみに好かれる、給糧艦間宮に因み名付けられたパフェは、芽衣特別仕様にフルーツや飴細工などが大幅に追加されており、おじ様隊員等は見ているだけで胃もたれしそうな物体と化していた。しかし、その前にいるのは基本的に男むさい海軍部には馴染まない可愛い少女であるので、おじ様幹部隊員は1人で、若い隊員達は芽衣に食べてもらうスイーツの食券を少しづつ貢ぎに貢ぎいくつかの分厚い回数券を作り上げていた。
「むふー…幸せなのですー♪」
「うわぁ…芽衣ちゃんの能力って治癒回復じゃなくて魅力なのでは?」
入ってきた男性隊員が芽衣を見て五体投地し、それを笑顔で先に入ってきていた隊員が何かを囁きながら立ち上がらせて、新たな食券が追加される。そんな狂気の空間にたまたま入ってきた女性隊員が「あれ?食堂の場所間違えたかな?」と引き返してまた入ってくる。
「んー?おかしいなー。…芽衣ちゃん!!…何故ここへ…ご降臨なされましたか…?」
「弥生さんにお昼ご飯ついでにパフェを頂いているのです。…そうなのです!ちょうどいいので私達の女子会に参加するといいのです」
固まる彼女を見て、食べていた物を嚥下した芽衣は友達に会った時のように説明を行った後、着席を促す。
「い、いえ!それは…!」
「…ダメなのです?」
「是非とも参加させていただきます!」
遠慮をした彼女に芽衣は座高の都合で上目遣いになりながら殺し文句を言うと、一転彼女は完璧な敬礼を見せた後着席する。それを見た弥生が携帯端末をいじると彼女に告げる。
「海軍部女子の会全員に連絡して集合してもらえるようにお願いしておいたよ」
「…有り難き幸せ!」
副音声で『殺し合いになると思うから』が付く弥生のセリフと、戦場で援軍が来るとわかった様な彼女の表情が言外に何が起こるかを示していた。
「ふふーん!スイーツならいくらでも食べるといいのです!こんなに食券があるのです!」
芽衣は初代回数券を見せつけて言い放つ。その行動に男性陣が固まるが、伊達に則道や東城、その他の身の回りの耐性がある程度ついたおじ様達をほぼ無自覚に陥落せしめるアイドルは桁が違う対応を見せた。
おずおずと食券の1枚を取った女性隊員が受付に渡しに行くと、芽衣は立ち上がり、周りを見渡してからとあるテーブルに向かう。そして、男性隊員の前で止まるとその右手を包み込む様に握って満面の笑みを浮かべてから、
「お兄さん、ありがとうなのです!」
と一言言うと、嬉しそうにブンブン縦に振ってから、
「ご馳走様なのです♪」
と耳元で囁いて席に戻る。
彼は暫く微動だにせず、隣の隊員が揺すっても反応を示さなかった。そして1分位経った頃に天井に向けて感謝をしだした。
「…姉妹揃って海軍部の心を奪っていくのやめてぇ…」
元を正せば、『人に物貰ったらきちんとお礼をしなさい』という教えが、六花の学んだハニートラップじみた交渉術フィルターにかかった後に芽衣にお礼の例文として伝わり、芽衣の記憶力と性格で火力が上がった代物である。決して一般のカワイイに飢えた若い隊員に撃つものでは無い。そしてこれの恐ろしい事は【範囲攻撃】な事である。
「天使か…?」 「俺が相手じゃないのに天国が見えた」
「つまり…女子会の人数が多い程当選確率が上がる?!」
「嘘だろ…目覚めたらベッドとかねえよな…」
ちまちまと回数券を作っていた若手達は信じ難いという様に目を見合わせ、おじ様達は士気高揚にいいかもねぇとコーヒーを飲んでいた。
「司令長官!至急食堂に集合とは…!芽衣ちゃ…ん?」
1人の女性佐官が敬礼を乱して固まるのを見た、後ろの女性陣が不思議そうにその横から覗き込み固まる。何せ目の前にいるのは1週間おきに出されるが基本は真面目な事しか書いてない機関誌に時折、健康診断受診促進の為に特集が組まれ、そして発行するとその刊のみ即時完売のスーパーアイドルである。そして本人がニコニコと脇を閉めた敬礼をした後、こちらに手を振っているのである。
「こっちなのですー!」
芽衣からしたら隊員達に無理を言って色々許して貰っているので愛想を振りまくのは当たり前なのだが、隊員サイドの話はこうである。
重巡洋艦【摩耶】艦内
「伊豆艦長、司令長官より女性隊員は全員食堂へ来るようにと命令が来ました。どうしますか?」
「報告ありがとうごさいます、御蔵船務長。うーん…配慮していただいてこの摩耶を、所属している内勤希望した者2名以外の女性隊員だけで使わせてもらってるっていう恩もありますし、行くしかないですね」
この艦を女性隊員のみ、総員約80名で運用できるように調整をした海軍部最高司令官には皆恩義がある。しかし、三田弥生氏は基本は大事な時以外はだらける人だし、かなり変人な為にプラマイゼロの評価をされているので、艦内放送で聞いた隊員達は何とも言えない目をしつつ、上陸準備を進めていた。
「まーたコスプレ大会とかですよ…きっと」
「三宅砲雷長、それでも行くしかないよ。あの変態に魂を売ったのは私達だから…」
「新島ちゃん…じゃなくて航海長?あまりな言い方じゃなーい?あの人は悪い人ではないよー?」
「補給長としては飛行長の意見にさんせ〜。食べ物くれるから食堂なのでは〜?」
『式根と八丈の言う通り!悪いやつじゃーねーぜ!女は度胸!当たって砕けろだ!』
同年代の隊員達…1人を除き艦橋に居る各科の長達がやいのやいの言っている中、伊豆はどっしりと仁王立ちをしていた。そして、落ち着いた一同は伊豆を見ると残念な顔をする。
「あーあ、また伊豆ちゃんが気を失ってるよー?」
「この人は何故こうも…動揺しやすいのですか…」
「戦闘の時はすごい頼もしいのだけどね…」
「これでも海軍士官学校ではトップだったんだけどな〜…」
『まーた気ぃ失ったか…なんで戦闘の時はあんなに勇ましいんだか…』
「艦長ー!しっかりしてください!」
立ったまま気を失っている伊豆に新たに赴任してきた船務長以外は呆れた様に首を振る。船務長が強めに叩くことで正気に戻った伊豆は、乗組員全員に食堂に向かう様に言いつけると、各科の長兼同期に押し出される様に艦を降りた。
「みんな…準備はいいですか?」
「なーに震えてるんだ艦長…。乗組員一同覚悟は出来てますよ」
「あのー…これ伝えた方がいいのでしょうか?」
ガクガクと震える伊豆に機関長こと神津がツッコミを入れると、後ろからおずおずと御蔵船務長が何か言おうとするが、伊豆はええいままよとドアを開けると、反射的に敬礼をする。
そして、先程の流れである。
「伊豆さん、大丈夫なのです?」
「艦長は貧血体質でして…あはは」
「あはは…ご迷惑をおかけしました」
あの後、倒れた伊豆を各長達が立ち上がらせて椅子に座らせ、その後に男性陣が椅子などを並べ替える等をした即席宴会場のプラスチックイスに女性隊員達が科ごとに座った。
「うーん…予想より多かったけどお礼はしっかりしないとなのですよね…。…っ!!そうなのです!」
芽衣は隅に固まっている男性陣に近寄ると、窓の外にいる人物に手招きをして呼び寄せる。
「あはー…バレてましたかー…」
「秋雲さん、これからここのお兄さん達と私のツーショットを撮って欲しいのです」
「お安い御用です!任せてください!」
そして、芽衣は秋雲に近寄ると、耳元でとある条件を言う。
「…可愛く撮ってくださいね?」
秋雲の熱意は凄く、目にするだけで浄化されそうな写真が大量に作り出され、海軍部の運が良かった隊員達の配属先の艦内神社に祀られた。そして運が悪い隊員は写真の被写体である同僚を護岸から海へと投げ込んだ。
「…羨ましいですね」
「お茶会に誘われたうちらが言うのはどうなんだ?」
床の隅に追いやられた男性陣の気絶した身体を見た伊豆が呟くが、神津は冷静にツッコミを入れる。こっそりと医者の卵達が人体をリアカーに乗せて数人づつ何処かに運んで行っているのを見ないふりし、遠くから聞こえる叫び声に聞かない振りをした。
芽衣は女性隊員達に撫でられたり、抱きしめられたり、膝に乗せられたりして可愛がられており、愛想を振り撒き過ぎたのか、芽衣という妹もしくは娘が脳内で産まれる程であった。しかし、時は過ぎてゆき弥生の会議の時間が迫ってきてしまった。短時間ながらも癒しを貰った摩耶乗組員達はとぼとぼ帰ろうとするが、芽衣が少し待って欲しいと引き止める。
「最後に、付き合わせてしまったお礼をするのです!」
そう言い祈った芽衣。その瞬間、隊員達はアイクとの戦闘で生じた傷等が治り、荒れていた肌が綺麗になった。そして芽衣は1人づつ抱きしめると、彼女らの右手に【UW】と指でなぞる。
「ご安航を祈るのです!」
そうして、しっかりと脇を閉めた敬礼をする。そして、伊豆に近寄るとおでこに軽いキスをする。
「…代表して艦長に。おこがましいのですけど幸運の女神のキス…なのです」
その時、隊員全員が口を揃えて言った。
『ずるいぞー!艦長ー!!』
芽衣は恥ずかしそうに苦笑するのであった。