日向の自警団体験 外伝 思わぬ流れ弾
「というのが一番のきっかけなのです!その他にもいっぱいありますけれど、多分これが一番なのです!」
「はぁ?当時からイケメンか…?」
弥生はあくまでも芽衣視点での話だけを聞き、最大限美化された六花の行動に思わず呟く。六花は芽衣の痕跡を辿ったら居た。ノートから最近の行動に対する理由を察し、可愛らしい妹分をなだめただけだったが、それも恋する乙女フィルターにかかればイケメンエピソードになった。
「…まぁ歳を重ねてますますかっこよくなったりっちゃんの少し諦めと淡い期待で呑気に構えて不安に苛まれた結果、涼花ちゃんに発破かけられて今に至るのですけど…」
話している間に取ってきた少し冷めた紅茶をすすりながら、芽衣は遠い目をして呟く。
「少し寄り道はしたけれど、りっちゃんには約束を守って貰うことにしたのです!何があっても私以外を選ばせないのです!」
芽衣はそう言うと左手薬指の指輪を擦り、幸せそうにニマニマと顔を緩める。弥生は先程から渋くなった紅茶を勢いよく流し込んではニコニコしていた。
「…神に誓っても杞憂な事ってあるんだなぁ」
弥生は芽衣Loveで知られている、それなりの格好をすれば傾国の美少女であるはずの脳筋女子が芽衣以外を選ぶ気がしないと内心思ってしまい言葉が零れるも、誤魔化して芽衣の頭を撫でる。
「…弥生さんはそう思える人はいないのです?」
「うーん…一応書類上は結婚してるんだよ〜?軍部のお偉いさんの息子と」
渋い顔で既婚者と伝える弥生に芽衣は驚いて振り向こうとして弥生の膝から落ちる。芽衣は臀部をさすると弥生の肩に手を伸ばし揺らす。
「嘘だと言って欲しいのです!本当なら放っておかれてる旦那さんが可哀想なのです!」
「揺れな過ぎて肩もみみたい…というか1度あって写真で顔と名前だけ覚えただけでアイク騒ぎで機会が無くて会ったことも無いんだよねー。当時青年将校だから多分日本撤退戦で前線に行ってやられちゃったのかなーって」
芽衣にせっつかれ、のそのそと机の引き出しから下の空欄に名前の書かれた写真を出すと、そこには気弱そうではあるが聡明な顔立ちをした青年将校が写っていた。芽衣はそれをしげしげと眺め、不思議そうに首を傾げて硬直した後に目を見開いた。
「…1人心当たりがあるのです」
そして、芽衣は携帯端末を取り出すと何処かに連絡をする。弥生は呆気に取られたまま、ソファで座っていた。
「私なのです。とある方を生きたまま海軍部司令長官室に連れてきて欲しいのです。多分抵抗するので縛り上げておいて欲しいのです。対象は…なのです」
「芽衣ちゃん…お待たせ…」
「芽衣ちゃんも黒井姉妹なんだと改めて思ったぜ…」
第4偵察班こと、芽衣のお願いを聞いてくれるだろう4人は1人の簀巻きにされた男性を担いで運んで来ていた。そしてそれを丁寧に下ろすと芽衣からオレンジのカードを渡されて退散する。
「多分この人なのです」
「これが例の私の夫なんだぁ…」
芽衣は簀巻きの男性に触れると、意識を取り戻した彼に語りかける。
「手荒な方法で連れてきて申し訳ないのです。お久しぶりなのです健介お兄ちゃん。…失礼しました。勤務中お時間頂けて恐縮です。神無月健介空軍部司令長官閣下」
「…とりあえず、何故僕は執務中にドアを破られて簀巻きにされてここに連れてこられたのかなぁ?」
「ヒナちゃんから執務を理由に引きこもってると聞いたのでこうしたのです」
簀巻きをほどかれながら神無月は冷静に質問するが、芽衣は至極当然といった様に短く説明した。ロープをほどかれ、身体を動かす神無月は目の前の女性を目にして服装を整え、髪を手櫛で整えてから右上を見て固まる。
「失礼ですが、僕が何か貴方に迷惑をかけてしまいましたでしょうか?」
「神無月司令長官、こちらは弥生さん、アイク襲来前に家同士で決められた貴方の結婚相手です」
神無月は頭を抱えて弥生の反対側のソファに座り込むと、芽衣に目を向けた。
「すまないけど、順番に理解させてくれないですか?まず、こちらの方も大変お綺麗ですが、僕の聞かされていた結婚相手は三田家のご令嬢だったと把握しているのですが?」
弥生は申し訳ないといった表情で
「私三田准将の長女の弥生ですけど…?」
「…そうですか。何故ここに?」
更に縮こまって弥生は答える。
「…一応海軍部司令長官やらせて頂いてます…」
「つまり…あの時の女性は貴女ということですか」
「当時、気合い入れて別人みたいになりましたが…恐らく」
神無月はため息をついて、懺悔する様に静かに語り出す。
「…失礼ながら、あの時に亡くなられたとばかり思っていました」
「…こちらも同じく、信州の山奥で亡くなられたかと」
2人して苦笑した後、よろしくお願いいたしますと何故か握手をして、見つめ合う。しかし内心は双方共に忙しかった。
『当時一目惚れしたイケメンが戦地に行ったと聞いて大泣きしたあれはなんだったのよ…!しかもなんで空軍将校と考えなかったのよー!…そっか、お父さん含めた海軍将校と空軍は仲が悪かったっけ…。お父さんも青年将校としか言わなかったし…陸軍と仲がいいお父さんだから陸軍かなって思っていたんだっけ…?というかやつれてるだけで顔は変わってない…と思う…この顔と私でつり合うかな…』
『女っ気の皆無な僕がものすごく可愛い子と結婚となってようやく春が来たかと喜んでいたら、アイク戦の最前線で近接航空支援任務を与えられて、でもこの写真の子と幸せな家庭生活送るために死ねるかと奮起して何とか生き延びてオアフ島に来れたけど、三田准将は家族を守って亡くなられたと聞かされて首をくくろうとしたのはなんだったのか…。というか可愛くないか?執務室から出て自分で司令部施設に通ってれば会えたのか…?1年前の自分を殴れないかな?かなり強めに』
そして声になったのは、
「…不束者ですみません」
「いえ、とんでもないです」
であり、弥生は目の座った神無月の顔を見て、ガッカリされたと落ち込んでいたが、神無月は激務とストレスで衰えた表情筋で分かりにくいが大変ウキウキしていた。勿論、それを読み取れるのは何処かの小学生と元上官の命令違反常習犯のエース位だが。
「うぅ…別に家同士の政略結婚みたいな物でしたし…無かったことにしていただいても構いませんから…」
「いえ、そちらが問題ないのなら今日からよろしくお願いいたします。家の部屋は空いてますし、物もありませんので部下に命じて引越しの準備をさせます」
「まっ、先ずは!仕事終わりにお茶するところからでお願いします!」
淡々と引越しと同居の準備に取り掛かろうとした神無月に弥生は急いで引き止める。それに真顔でそうですか…そうですよねと神無月はその提案を了承する。そして横で静かにお菓子を平らげながらニコニコとしていた芽衣は、
「私に言って頂ければ新居の1つや2つ用意するのです!」
と、口を挟む。
「ちょっとぉ!芽衣ちゃん!?」
爆弾発言をする芽衣に弥生は被っていた猫を忘れて、何時もの様にツッコミを入れる。しかし芽衣は腰元に手をやって胸を張るだけであった。
「何となく相性が良さそうな予感がするのです!中学生時代祈ると幸運が起こりそうと言われた私におまかせなのです!」
しかも、根拠の無い謎理論を繰り広げて得意げにしていた。
「確かに良いことありそうけどぉ!空気読んでよぉ!」
「やなのです」
「嫌ぁ!?」
コントの様なやり取りを神無月は真顔で眺めて、ふむと考え込む。
「はっ…!大変見苦しい所を…」
「こちらこそ素晴らしいものを見せてもらいました。可愛らしい方て大変嬉しく思います。もし良ければ写真を1枚もらえますか?飾りたいので」
そう言うと首に紐で吊るされた視察用とテープに書かれてるカメラを胸ポケットから取り出し、証拠写真を撮るかの如く真顔で数枚写真を撮る。
「素晴らしい…!これで頑張れます」
「え?どういうことですか!?理解が追いつかない…」
「芽衣ちゃん、良く写真から見つけてくださいました。ありがとうごさいます」
「親戚の集まりで不安だった私に絵本を読み聞かせて落ち着かせてくれたお兄ちゃんへの恩返しなのです」
「…あの時の子が芽衣ちゃんでしたか。とても感謝します」
それではと、ドアに手をかけて無表情で告げた神無月はスタスタと帰っていく。
「芽衣ちゃーん…訳が分からないよー」
「うーん…少なくとも喜んではいたようなのです」
日向がいれば「うわ!何その顔?!嬉しいのはわかるけど気持ち悪ぅ!」と言われそうな顔をしていたのだが、見分けられなければただの真顔で話していた神無月に2人は困惑した。弥生はやつれたイケメンが意思の疎通もできない様な会話をしたことから「きっと、疲れすぎていておかしくなってるのだわ」とのほほんと考える事にした。
「うーん…予想以上にイベントが目白押しだったけど、お昼ご飯でも食べに行こうかしら?芽衣ちゃんも着いてきてね」
「かしこまりましたのですー!海軍部秘蔵の間宮アイスを所望するのです!」
弥生は図々しい事を言い出したメイドに困った顔をすると、
「はー…、特別手当なんだからね?」
と返す。芽衣は嬉しそうに斜め後ろを早足で着いていった。