千葉解放戦 始動
ヒッカム空軍基地 司令部棟 参謀本部
「今回は現在膠着している千葉県東京湾側戦線の突破及び再占領を目的とした作戦に参加してもらう。…機甲部隊の回復も出来たしな」
「でもさー、だんちょー。また東京湾からの航空攻撃と揚陸で駐屯部隊が壊滅するんじゃないのー?」
南が面倒そうに言うと、則道は手に持っていた筒より、1枚の地図を取り出した。そこにはいくつかの記号等が描かれており、それらが作戦参加部隊の動きを示しているのは明確であった。
「あら?海軍部がとても気合の入った編成してるじゃない。伊豆諸島沖に空母3隻の空母打撃群。それも対魚型アイク魚雷搭載艦を中心とした第1艦隊引っ張り出してきて…」
空軍部も朝早くから来夏ちゃん招集してたわね。と日穂が言うと、則道は深くため息をつく。
「誰とは言わないが海軍部から作戦参加する艦隊として通常ミサイル駆逐艦を中心としようとした将校5人を半殺しにして、宥めようとした三田司令を追い詰めてメンタルを崩壊させて大泣きさせた奴がいたらしくてな…」
そう言い、則道はラップトップの画面を分隊員達に向ける。
『まぁまぁ…ヒナちゃんそこまでにしてあげてよ…』
『じゃあ弥生お姉ちゃんなら空母打撃群出してくれるよね?!』
『うーん…大規模作戦だしそりゃあ出すけどねー』
『第1艦隊だよね?』
『流石に第3艦隊…かな?』
『第1しかないのー!!』
『第1は日本の切り札なんだよ!?そんなの私もホイホイ出せないし…』
『ふーん…仕方ないなー…。ここにあるのは大事そうにしまってあったアルバムと何故かセキュリティが強かった秘蔵フォルダなんだけど中身…知ってるよね?』
『私の天使アルバムとミラクルショットフォルダ!!』
『返答次第では復元出来ない位に消すけど…?』
『ふぇ!!うぐぐぐぐ…でも…』
『もうこの画角は厳しいかもねー…流石に芽衣お姉ちゃんが邪魔になるだろうし…こっちは珍しい芽衣お姉ちゃんが撮って欲しいと言って来たから撮影出来たスーパーウルトラミラクルショット…もったいないなぁ…』
『あ…あぁぁぁ…!』
『でも…仕方ないよねー?あーぁ…たかが最新鋭艦隊を作戦に参加させるだけで良かったのにね…フフフッ…♪』
『いじわるじないでぐだざい!!第2でゆるじでぐだざい!!』
『ハァー…どっちが先に永遠に消すか位なら譲歩してあげるよ…』
『ごめんなざい!!でもむりなんでず!』
『これどの位大事なんだっけ?弥生お姉ちゃん』
『いのぢどどうれづでず!!』
『…第1艦隊出したらお姉ちゃんは死んじゃうの?』
『じなないげど!じゃがいでぎにじんじゃいます!』
『…いい歳こいた盗撮魔如きが何を今更って話な気がするけどね…?』
『ヴッ!オェ…ハァー…ハァー…』
『で?第1艦隊出してくれる?盗撮写真フォルダとアルバムを作って悦に浸る様な下劣な蛆虫以下…ううん…蛆虫にも失礼な程のただ無駄に酸素を消費する下等生物さん?』
『いぎででごめんなざい!だずげでぐだざい!出します!第1艦隊だじます!』
『…だって!おとーさん聞こえたー?日向こーしょーせーこーだよ?…今度からこういう可哀想なこと絶対にやめてね?お姉ちゃん達を人質にもう一度やらせたら日向本当に怒るからね?!』
『うぇ…?』
『弥生お姉ちゃん…ごめんね…?おとーさんから第1艦隊を出させるために脅してこいっ!って言われたから台本通り言っただけなの…お姉ちゃん本当にごめんね…日向の事は嫌いになってもいいけど…おとーさんが出させないとお姉ちゃんが危ないって…ごめんなざーい!!』
『ズズッ!ヒナちゃんは悪ぐないよ…!全部あのおじざんの性だもん…』
『うわーん!お姉ちゃん!』
「この後…訳も分からないまま連れさらわれた俺は、海軍部の広場に吊られて日向達に袋叩きにされた…」
重苦しい空気の中、全員は同じ事を思っていた。
【悪魔だ…あの子…】
やっていることは自ら考えれない迄理不尽なストレスとプレッシャーを与え、相手の言う事に同意したら今度はその精神状態のまま、うってかわって優しく接してしれっと理不尽の元凶を他人に擦り付け、あたかも2人は被害者なのだ!元凶を懲らしめろ!とわかりやすいお題目を信じさせる。そして解決する事で丸く収める。…鬼である。鬼や悪魔も裸足で逃げるおぞましい邪悪である。
「…本当に申し訳ないとしか言えないです」
「…育て方を間違えたと思うのです…悲しいのです…」
「…多分、どう育ってもマフィアのトップ張るちびっこになると思うわね…」
「同感…」
「私悪くないもーん!おとーさんからお姉ちゃん達の為に弥生お姉ちゃんに【お願い】してきてくれって言われたんだもーん!」
そう言う日向はいつの間にか頑丈なロープで縛られ、六花の前に出されて、姉から本気の説教を食らう事となった。
「ヒナちゃん!人をあそこまで追い詰めるのは人としてダメなのです!」
「えー?そうしないとダメだったんだもーん」
芽衣の説教をのらりくらりと言い訳をする日向をため息をついた六花が脇に手を入れ、抱えあげる。それに日向の様子は先程とは違い、顔を青くし、身体は小刻みに震え、呼吸は浅くなり、目の焦点は定まっていなくなっていた。
「日向?お姉ちゃんは今、怒ってるよ?」
「はっ…!ごめんなさい…!」
「僕に言ってどうするの?」
「ピィ…!弥生お姉ちゃんに謝ります…!本当です…!」
「本当に悲しいなぁ…何したかも分からないでやったんだ?」
何時も妹達が何しようと可愛いなあと言っていた緩んだ顔は何処へやら、据わった目に宿る光は酷く冷ややかであり、横にいるだけの年長2人も正座したくなり、綺麗な正座を見せるほどであった。則道は土下座した。日向はその目つきで見られ、泣こうにも泣けず、言い訳は出来ず、ただ、自らに降る沙汰を待つ罪人の様であった。
「日向、失望したよ。ましてや可愛い…僕の命より大切な妹が人の弱みで脅してその責任を人に擦り付けて取ろうともしない見下げた人間とはね…」
「うぅ…」
「…僕達が教えてきた事を片手間に聞いてて忘れちゃったんだ。人に嫌なことはしないこと、人に優しく接すること、相手の側にたって考えること、必要以上の攻撃はしないこと…当たり前の事だったし、日向なら簡単かなって思ってたのに…」
「違う!…違う…」
「芽衣ちゃん、悲しいね…それも出来ない子なんて…」
「…そういう人の事を傷つけて平気な人は大嫌いなのです」
「うえぇぇん!!やだぁー!嫌いにならないでぇ!!」
六花に淡々と言われ、芽衣の嫌いという一言に年相応に泣き始めた日向に、姉2人はやれやれと見つめ合い、
「反省したのです?」
「…今度からは程度を考えること!わかった?」
「嫌いになった…?」
「反省出来る子は好きなのです」
「嫌いだったら叱ると思う?」
ぴぃぴぃ泣く日向を2人で優しく抱きしめ、今度一緒に謝りに行こうかと言っている様子を見ていた3人はその微笑ましい?様子に震えながら呟く。
【しっかり姉の背中を見てらっしゃる…】
「…まぁパパを袋叩きにしたのは別に構わないのです。私の分ということにするのです」
「間宮ァ…!娘がグレたんだが…」
「いい歳こいたおじさんが引っ付くんじゃないわよ!気持ち悪い!」
勢い良く縋り付く則道を日穂は巴投げする。床に転がる総司令官に小梅は苦笑いしつつしゃがみこみ、
「だんちょーが芽衣ちゃんを揶揄うのが悪いんじゃない?」
と切り捨てる。
「そもそも従姉妹だから問題ないのです…!なのに…」
「だってよォ!娘同士がそういう関係になったって言われてはいそうですかとはならんだろ!」
それを聞いた一行はまず六花が返事をする。脛を蹴飛ばすという形で。
「痛ってぇ!何すんだよ!」
「よりにもよって…さいてー」
小梅は冷ややかに睨み、
「…これから起こることはあたしはなんも見てない事にするわ?」
「ついでー!」
うずくまった則道を組み敷いた日穂とついでに脇腹を蹴飛ばす日向。脛と脇腹をおさえ、うねうねともがく則道であったが、徐々に机に捕まりつつ椅子へ戻る。
「決行は2週間後、それまで準備を整えておくこと。わかったな!」
「了解したわ、やるわよみんな!」
44分隊員が去った後、森永はドアをノックせず開けると執務中の則道がいた。森永を確認すると嫌そうな顔をし、不機嫌になんだと声をかける。
「相も変わらず酷い扱いですね…?」
「いいことだろう?」
森永は元隊長のマゾヒスティック趣味にドン引きしつつ、口元のみヒクつかせ、
「そうなら良いのですが…」
「…ドMじゃないからな?」
則道は書類に目を移し、大きな独り言のように呟く。
「…アイツらが享受出来た幸せで平和な生活を奪っているようなもんだからな。距離感も司令官ではなく女系家族の父親位の扱いの方が俺の気が楽だ」
聡い子達だ、分かっている上で乗ってくれているのだろうと則道は自嘲すると、
「芽衣ちゃんがああいうのを止めていたのですがね」
「…遠慮がちなあの子が反抗期を迎えただけだろ?遥よりはかわいいもんだ」
やれやれと森永が呟くのに対し、遠い目で則道が答えた。
「芽衣ちゃんと言えば、黒井総司令知っていますか?」
「…なんだ?」
「姉妹の言う元々の芽衣ちゃんに戻ったことで隊員達に影響が出ています」
真剣そうにくだらない事を言う森永に則道は呆れる。書類に目を移し変えると、手だけで続けろとジェスチャーする。
「最近東城より、士気と何故か練度が上がったとの報告が上がっています。どうやら芽衣ちゃんが時折訓練見学を始めた為との事です」
まぁ、見学理由にとばっちりで吹き飛ばされる隊員も教官もいますが…。と顔を逸らした森永をため息混じりに則道は睨んだ。