神秘の行き先 冬華サイド
「……ということがあって…、すごい今幸せなんだ…」
ヒッカム空軍基地の陸軍部第4訓練エリアの付近にあるオアフ島確保作戦戦死者慰霊碑の前で1人の少女が近況報告を行っていた。前は忍び込んでいたが、今は正門からカードを見せて入っている。彼女の様子を見て付近の隊員は哀れみと微笑ましさを感じていた。…よく見ると彼女は慰霊碑の上に目を向けていたのだが…。
「…おじさんとおばさんにも見せてあげたいなぁ…」
『いやー不味いでしょ…』
『安心してちょうだい冬華ちゃん?私達はここから守れたものをのんびり見るのも好きなの』
冬華は友人と週に1回お話に行く。今は2人の友人が出来たが、それまでは1人寂しい日々を過ごしてきた冬華の恩人でもある2人を大事にしたかった。
「わかった…、じゃあね…?」
『たまに来てくれればいいわよー』
『おじさん達はずっとお酒飲んで友達待ってるからなー』
踵を返す冬華に2人は別れを告げ、メガネを着けた男性に2人揃って引っ張られていく。それを確認すると冬華は友人と姉妹を連れて遊びに行くこととした。
「とーかちゃんあそこ好きだねぇ」
「ん…友達とお話しに行ってるの…」
「冬華ちゃん…!」
感極まった様に抱きつく友人…花に、ぽかんとした冬華はされるがままにされていた。それを日向はクスクスと笑いながら眺める。
「花ちゃん!慰霊碑に話しかけてる訳じゃないからねー?」
「え?!違うの?」
「…ふつーに話してる」
慰霊碑でお話って言ったから勘違いしちゃったじゃん!と、照れて膨れる花の頬を2人でつつくと、基地のメインストリートで子供の追いかけっこが始まった。隊員達はそれを優しそうに見守っていた。
「ただいまー!」
「お邪魔します」
「ん…」
黒井家の玄関先に3人分の声が聞こえるとひょこっとこの家で最も小さい姉が出てきた。
「おかえりなさい!花ちゃんもいらっしゃいなのですよー」
相も変わらずすごく可愛らしい見た目をしている。毎日見ている冬華としては、モテモテだろうなと考えていたが、どうやら六花お姉ちゃんとそーしそーあい?らしい。走って横を通った日向は洗面台から伸びた手に捕まり何か水音と悲鳴が聞こえる。…頭をグリグリされながら手を洗っているみたいだ。冬華は芽衣と花に手を引かれ洗面台へ向かうと、先客を気にせず手洗いうがいをする。
「お姉ちゃん達の後押ししてから涼花お姉ちゃん、猛アプローチしてるんだって!」
「も、もしかして…キスとかしちゃってるのかなぁ…?」
「…?六花お姉ちゃんも良くしてる…普通」
花は困った様に日向を見るが、
「わりとそういう意味合いの時も多いかな…?」
と返され、しばらく悩んでからそっか…と諦めたように呟いた。頭にクエスチョンマークを浮かべる冬華と残り二人が少し沈黙の中に置かれると、ドアの向こうから声がし、お盆に羊羹と水出し緑茶を載せて椿が入ってきた。そしてちゃぶ台にそれらを置いて3人を見回すと、
「冬華よ、接吻をするには相当の信頼関係が必要なのじゃ。それが男女となると尚更というものじゃな。ましてやあ奴らは少なくとも10年は好き合うているのじゃ。それをこの数ヶ月で同じ位になるのはとても特別な事なのじゃ。わかったかの?」
そう言い、冬華の頭を撫でる。冬華は頷くとありがとうと椿に言う。それに比べこの耳年増め…と2人をジト目で見ると、2人は慌てる。
冬華は慌てる原因が分からず頭を傾げるが、まだ早いのじゃと言われた為飲み込む事とした。
花が椿と稽古の為何処かに行ってしまうと、冬華は3時近くまで暇になってしまった。日向は蓄電所だし、姉2人のイチャイチャを邪魔する趣味もない。仕方ないのでこの家で1番寝心地が良く、広い畳敷きの部屋で昼寝をする事とした。早速タオルケットを小脇に抱え、2階に上がることとした。
2階の部屋は日当たりが良く、それでいて暑すぎることも無い。更には程よくふわふわでいい匂いがする抱き枕付きだった。早速転がっている抱き枕に抱きつき、タオルケットをかけて一眠りする事とした。抱き枕はモゾモゾ動くが、とても心地よく、冬華は眠りについた。
「…ミニ小梅がくっついてるわよ」
「んぁ〜?あぁ冬華ちゃんかー」
日穂に指摘された小梅は胸元に張り付く存在を抱き抱えたまま起き上がると、日穂の用意した並べられた2枚の座布団の上に寝かせる。
「あの冴えないおじさんから生まれたなんて思えないわよね…」
「亜希さんっぽさはあるけど目がパッチリしてないよね〜」
そう言いつつ2人で頬をつついていると、冬華は横を向く。起こしてしまったか?というように冬華を至近距離で見たことで異変に気がつく。
「耳の後ろに紡錘形のあざがあるわね…何かしらこれ?」
「あざというかタトゥー?」
冬華の右耳裏には赤い涙滴型の中に黄色の楕円が内包されたような図が描かれていた。
麗らかな日差しの中、季節を無視した花々が咲き誇る庭園、その中にある御殿の縁側にて、朱色の髪をして白い狩衣を着た女性が冬華を膝枕してその頭を撫でていた。
『辛いことは無いかい?』
「とても今幸せ…。ありがとう�����様…」
『お礼を言いたいのは私の方さ、君は命の恩人だからね』
「ただお掃除しただけなのに大袈裟…」
『何を言うかと思えば、君が心を込めて磨いてくれて祀ってくれたのだから当然じゃないかい?』
柔らかに笑う女性は冬華を撫でつつも、冬華の右耳裏に触れる。そして何処か遠くを見ると優しく声をかける。
『おや?どうやら起きる時間の様だよ?元の世界にお戻り』
「…わがままは我慢するからここから見守ってて…?」
『勿論さ!…どうしても困ったり助けて欲しかったら祈るのだよ?私の名前を頭に浮かべればいいからね?』
「考えとく…」
「んんっ…」
「おはよう冬華ちゃん。よく眠れたかしら?」
「うん、お腹空いた…」
「抱き枕代わり的には光栄だねぇ」
冬華は小梅に抱きついた手を離し、起き上がる。そのままゆるゆると1階に降り、芽衣を見つけて抱きつく。
「とてもいい…」
「そんなに眠いのです?」
芽衣含めた44分隊員は、冬華が眠たくなると抱きついて来るということを知っていた。いつも一瞬日向は渋い顔をするも、自分もー!と抱きつく。誰がされても4人は可愛い妹達を可愛いがるのであった。
前のフードファイトじみた食事を後目に冬華は黙々と済ませると、部屋に戻った。そして勉強机の上の段に置かれた古い小さな鏡を布で拭く。
磨いている鏡は疎開先の山の中をフラフラと歩いていた際、古い社を見つけた。冬華は秘密基地にしようと毎日家から雑巾を持って来たり、奥にしまわれたホウキを使ってできる限り境内を綺麗にしていた。そんなある日、社の奥にホコリを被り、くすんだ古い鏡を見つけた。それを綺麗な布で拭き、元に戻してその日は終わりにする。
次の日、苔むし、屋根も壁もボロボロの社は何故か綺麗な朱色と白色で塗られており、埃っぽい空気は一切無くなっていた。工事されたのかなと幼心に思った冬華がそこで昼寝をすると、綺麗なお姉さんがいる花に囲まれた御殿にいた。
『感謝するよ…人の子?でいいの?』
「うん…、人の子、冬華って言います…」
『…良く神様に無理やりでもうちの子になれって言われない?』
「…お姉さんも言う?」
その発言に激しく首を横に振ると、
『とてもとても魅力的だけどそんな事したら神でなしじゃないかい!』
「ならいいよ、」
「ふーん…お姉さんなら…いいかも…」
すると冬華は女性の手を掴み、【懸けまくも畏き�����に御願い申し上げます。畏れ多くも我が身をこの日より�����のミコとし尽くす代わりに、どうか諸々の禍事、罪、穢れより家族を御守りくださいますように恐み恐み申し上げます】と唱えると女性の元に光の玉が届く。
『え?いいの?こんな事言われて頑張らない訳無いけど…凄い信仰力だし』
「巫女として頑張って尽くすから、お願い…」
『勿論!よろしくね私の神子ちゃん♪』
という一連の流れから常日頃祈りと手入れは欠かしていない。何よりこれに何かしらかの神秘を送ると彼女はとても嬉しそうにするのだから。最近はいい神秘の源泉が見つかったので冬華も彼女もウキウキだった。
そして宿題を終わらせ、寝る準備をすると冬華は彼女から言われた事を思い出した。
『寝る前に鏡に祈りを捧げて欲しいんだ。私への思いならなんでも構わないから』
冬華は昼の話を思い出し、ずっと見守っていて、�����様…と祈ると試しに鏡に軽くキスをする。急に何やってるのかな…と恥ずかしくなってきて、余計な事を考える前に冬華は眠ることにした。
『へへへっ、やっぱり私の事を特別だと考えてるのだね…。大丈夫だよ、何があろうと守ってあげるからね…』
翌朝、冬華は目が覚めた。昨夜の夢はとても安らかで安心出来るものだったが、果たして何だったかと考え込んでいると、日向が朝食を食べようと部屋を開けて入ってきた為、思案はそこまでとした。
本日は冬華1人での登校であった。久しぶりの寂しい通学路に物足りなさを感じながら歩いていると、横を通りがかった車が近くで止まり、ドアを開けて冬華を連れ込んだ。そのまま冬華を載せて車は何処かに走り去るのであった。