第5話 伝説の剣
ようやくヒロイン(その1)の登場です。
ミキオ 『世界を救うかもしれない勇者』 レベル5 武器・なし
防具・初心者セット
技・なし
魔法・『ゴミ』
ゲジゲ寺院前の石段にたどり着いた頃には、太陽は完全に落ちきっていた。
宿賃のないミキオはなんとかここで休ませてもらえないか相談するつもりだ。
手入れされた石段の脇には、等間隔に灯籠の灯りがともる。
ぼんやりと照らされた看板には『伝説の剣はこの先』とある。
石段を一段一段登りながら、どこかの寺院にある伝説の剣の噂を思い出していた。
寺院内の地面に突き立てられた剣は、選ばれた真の勇者でないと抜けないという。
この寺院だったんだな。
ちょうどいい、とミキオは思った。
『世界を救うかもしれない勇者』なんだから、自分なら抜けるかもしれないと。
これからは素手と魔法に頼らなくて済む。
石段を登りきったところで、中がなにやら騒がしい事に気付いた。
「うわぁ、ゆるしてくれー」
「これなんとかしなさいよ!」
「ひぇぇええ」
いろんな声が飛び交う中で、冒険者らしき姿の男たちが何かに怯えるように逃げ惑っている。
そのうちの一人がミキオの方に走ってきた。
「何かあったんですか?」
ミキオはその男に聞いてみた。
「抜かれたんだ、で、伝説の剣が…あんたも逃げないと、こ、殺されるぞ」
男は止まることなくそのまま転がるように石段を降りていった。
伝説の剣が抜かれた、だと。
せっかくの剣入手計画がパーじゃないか。
まあ、どんな奴が剣を抜いたのか、顔だけは見ておこう。
怖いもの見たさ、というやつだ。
そう思ったミキオはその光景を見て、絶句した。
灯籠の薄明かりの中、宙に浮いた剣が声を上げながら男たちを追い回している。
若い女の声で
「こらぁ、あんたたち助けなさいよ」
と言いながら。
全く状況が読めない。
しかし、自分は『世界を救うかもしれない勇者』。放置はできない。
まったく、こんなときの自分の正義感には嫌気がさす。
「なにがあったんですか」
恐る恐る、宙に浮く剣に話しかけてみた。
剣はピタリと動きを止めた。
「知らないわよ」
そう言って刃をミキオの方に向けながら続けた。
「私はただ、伝説の剣を見に来ただけなのよ。そしたら触ったら案外簡単に抜けちゃって。でも気がついたら身体が剣になってたのよ。意味わかんない。ねえ、あんたなんとかしなさいよ」
喋りながらも途中から気持ちが込み上げてきたのか、刃をブンブン振り回してくる。
ミキオはそれをひらりひらりとかわす。
「お、落ち着いて下さい。も、元の姿に戻る方法を一緒に考えましょう」
とりあえず落ち着かせなくては、と思った。
一方、宙の剣は落ち着くどころか、ミキオを斬りつけるような動きになっていく。
「そう言って、あんたもこの伝説の剣を狙ってるんでしょ?わかってるんだから!」
剣の軌道に合わせて砂埃が舞う。
ミキオが斬撃をかわすと、その先の地面がザクッとえぐれた。
どうやら伝説の剣とやらは嘘ではないらしい。
さすがにこのまま攻撃を避け続けるにも限界がある。
なんとかしないと…
「僕は『世界を救うかもしれない勇者』と言います。決して怪しいものではありません。力になりたいの…で」
そこまで言いかけて脚に鋭い痛みが走るのを感じた。
自分の右脚から血が流れている。
「そんな怪しい名前の勇者、信じられないわ!」
「で、ですよねぇーでも話を聞いて下さい!」
このままではダメだ、とミキオは思った。
とりあえず無理にでも動きを止めるしかない。
「仕方ない…ゴミ!」
ミキオはゴミ魔法を放った。
右手から空き缶がポロっと転げ落ちた。
ザンッ
次の瞬間、空中には真っ二つに両断された空き缶があった。
やばいやばい、これは時間稼ぎにもならないぞ…
「ゴミ!ゴミ!ゴミ!」
ミキオはゴミ魔法を連発した。
古びたタンスやら折れた傘、ブラウン管テレビやらが飛び出した。
しかし、それらもまた、一瞬で切り刻まれて終わりだった。
「人のことゴミゴミうるさいのよ!」
剣はさらに勢いを増す。
斬撃をギリギリでかわし、次のゴミ魔法を唱えようとしたとき、MPがほとんど残ってないことに気付いた。
打てるゴミ魔法はあと一発…
「ゴミッ!」
ミキオは祈りを込めて最後の一発を放った。