第1話『旅立ちの勇者』
いよいよ始まります
勇者といってもいろいろある。
例えばミキオの母リーフは『ひよこのオスとメスを見分ける勇者』。
一方、ミキオの父、ダンプは『前衛的な彫刻をする勇者』。先日も裸の女と蛙が複雑に絡み合う彫刻作ってリーフから怒られていた。若い頃は外国で評価されていたらしく、世界を飛び回っていたという。
ミキオの祖父ジャンプは『トレジャーをハントする勇者』。宝探しに夢中になるあまり、数年前に帰らぬ人となった。
そんな中でもミキオの『世界を救うかもしれない勇者』はやはり異色であった。その為、困惑した両親はすぐにはミキオにその称号を伝えなかった。
ミキオが知らされるのは牛乳配達から戻った時、ようやくである。
「はぁ!?なにその曖昧な称号!」
当然のリアクションである。
だが、ようやく得られた称号。渋々ながらも旅支度を始めた。
この世界の人は、称号を得るとまずは旅に出るのだ。
支度が整ったところで、両親はミキオを呼んだ。
「ミキオ、母さんからはこれをあなたに渡すわ。」
母リーフはミキオに縫い針を渡した。
「ズボンが破れたらちゃんと縫うこと。身だしなみは大切だからね。だけど糸は自分で探しなさい。なんでも出してもらえると思ったら大間違いよ」
なんだか急に厳しい。
「あ、ありがとう…」
ミキオは縫い針を手に入れた。
次は父ダンプから。
「ミキオよ、父さんからはこの実物大女神像を送ろう。」
ダンプはミキオの背丈ほどある石像をプレゼントしてきた。
「い、いらないよ。しかもこれ玄関先にずっと置いてたやつじゃん」
これのせいで、『石像ハウス』として、幼い頃から、からかいの対象だった。
「安心しろ、ちゃんと背負えるように軽量化してある。そうだ!」
そういうとダンプは荷造り紐を取り出し、ミキオの背中に石像を縛り始めた。
「ちょ、やめろよ。いったい、なんなの」
ミキオが何を言ってもダンプは一方的だ。
「いいか、ミキオ。お前にこの巻物を渡しておく。中にはこの女神像の重大な秘密が記されているんだ」
「なんだよいきなり」
ダンプはいつになく真剣な顔だ。
「困った時にこの巻物を開くのだ。だか、この秘密は、一国の軍隊が攻めてくるレベルだ。だから決して人に見られないように。あと、読んだら巻物は燃やしておけよ」
「お、おう…」
言いたいことはいろいろあったが、ダンプのあまりの真剣な表情に、ミキオは言葉を失った…というか半ば呆れと諦めだが。
それを知ってか知らずか、ダンプは付け加えた。
「あと、旅で出会った人には親切にするように。人の縁だからな。綺麗な女性にあったら父さんに紹介するんだぞ」
「あなた!」
横でリーフがダンプを睨みつけた。
ダンプは冗談だと笑い、話を続けた。
「特に、髪がサーモンピンクとエメラルドグリーンのグラデーションの女性がお前を訪ねてきたら、力になってやり、一緒に旅をするのだ」
もはや真面目な話なのかよく分からない。
「急に具体的だなぁ。てか、うーん、どちらかというとあまり関わり合いになりたくない…」
ミキオはため息をついた。
「安心しろ、お前は父さんと母さんの子だ。背中には女神様もついているしな。自信を持って行ってこい!」
「気をつけるのよ」
ダンプとリーフは手を振った。
「女神像はいらんけど…頑張ってくるよ」
そう言ってミキオは歩き出した。
村は山の中腹にあるため、下山に近い。
下り坂の向こうに森と、はるか向こうに小さな町が見える。
とりあえずあそこを目指すか。
進む道はどれも見覚えのあるものが広がる。
木登りの木、ブランコの木、ラクダ岩、いかがわしい彫刻のされた岩…
思いを巡らせれていると、なんだか涙がこぼれてきた。
涙が止まらない。目が痛い。涙が…
って思ったら、
目の前でよろず屋のババアが灰を撒いていた。
「へっへっへ、周りをよく見ておらんからじゃ。目潰しの術!やったなぁじいさん」
ミキオは目をこすりながらうなった。
「ぐわぁ、なにしやがる。ってか、その袋…てことはその灰去年亡くなったよろず屋のじいさんの遺灰じゃねーか」
よろず屋のババアは嬉しそうに笑う。
「カカカ、『わしが死んだら、遺灰はミキオを困らせるために使ってくれ』それがじいさんの最期の言葉じゃった」
「くそう、なんて夫婦だ…」
すると、よろず屋のババアは急に真面目な顔になって言った。
「外に出たら、敵はどこからくるか分からんと思え!今みたいにぼんやり歩いていたらドボンじゃ。だから、必ず、生きて…帰って…こい!…おや、灰を撒きすぎたかの」
後半はほとんど肩が震えていた。しわくちゃ顔が涙でいっぱいだ。
ミキオも溢れる涙をこらえながら、それを見られまいと背を向けた。
「まったく…灰の量考えやがれってんだ…必ず真の勇者になってもどってくるからな」
ババアが泣いた。ミキオも泣いた。
こうしてミキオの旅は始まった。
皮の鎧に、手には剣、胸には希望、そして背中に等身大女神像を携えて…