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5億の勇者と1人の魔王  作者: エモニー・レモニー
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プロローグ

プロローグ



ここは大人になるとすべての人が「勇者」となる世界。

剣と魔法の魔物で溢れるこの世界では、魔物と戦う勇者だけでなく、武器や防具職人など、影で支えるものたちもまとめて勇者と呼ばれる。


さあ、今生まれたばかりのこの赤ん坊はいったいどんな勇者となってなにを成し遂げるのだろう。



〈勇者0歳〉

オギャーホギャー!

赤ん坊を抱く女性に、その夫が話しかけている。

「この子はミキオと名付けよう。大地に根をはる太い幹になるように…」


〈勇者5歳〉

「…『はじまりのゆうしゃ』は、まおうをたおしたきょうりょくなけんをふたつにわけてふういんしました。こうして、せかいにへいわがおとずれたのです。」

男の子はパタンと絵本を閉じた。

「ゆうしゃってすごいなあ」


〈勇者10歳〉

ジャンケンをする少年と友達。

「勝ったぁ、じゃあ俺、『7つの海の勇者』なー!ミキオは『トンネルの勇者』だー」

ミキオと呼ばれた少年は首を振った。

「いやだいやだ!それ、裁縫で使うルレット持って戦うやつじゃん!かっこわるいよ。ねぇタカシばっかりずるいよ」


〈勇者15歳〉

ひとりの少年に人だかりができている。

人だかりの一人が声をあげた。

「すっげー!お前もう勇者に選ばれたのかよ!」

その羨望の眼差しは人だかりの中心に向けられている。

中心の少年は誇らしげだ。

「ああ、『空を翔ける勇者』っていうんだ!どこかで見かけたらよろしくな!」


その人だかりを少し離れて見ているミキオとタカシ。

「かっこつけのキザな称号だな。俺らならもっと世のためになる勇者に選ばれるはずさ。なぁ、タカシ」

「そうさ。そんなことより、ゲームしようぜ。」


〈勇者20歳〉

今日は村の祭りの日。

この日、20歳のたくさんの若者たちに勇者の称号が与えられた。

あちこちで祝杯があげられている。

「俺は『木を切り出す勇者』だ!木材が必要になったら俺に頼ってくれよ」

「ちょうどよかった、俺は『建築の勇者』。よろしく頼むよ」


そんなお祝いムードから外れたところにまた、ミキオとタカシはいた。

「どうせ外に出たってなにもできやしないさ。べ、べつに悔しいとかじゃないさ。なあ、タカシ。」

「ああ、そんなことよりゲームしようぜ。」

ひょっとしたらこのまま勇者の称号はやって来ないんじゃないか、そんな考えがミキオの脳裏をよぎった。

が、思わず首を振った。

しかし一方でこんな当たり前の毎日がいつまでも続くような気もしていた。


〈勇者25歳〉

ある日の夕方だった。

バツの悪そうな顔でタカシが言った。

「俺、勇者になったんだ。悪いけどこれからは一人でゲームしてくれ」

パタン、と音が響いた。

力を失ったミキオの指の間から、買ったばかりの新作のゲームソフトが転がり落ちた音だった。



〈勇者30歳〉(現在)

「よし、あと二件」

ミキオは走りながら額の汗を拭った。

肩から下げたカゴを気遣うようにしてカーブを曲がると、長い石段に差し掛かった。

時折カゴの牛乳ビンがカチカチと音を立てる。

(落ち着け俺ー)

ミキオの村は山の中腹を切り拓いて作られている。

隣の家に行くだけでも傾斜は急で慣れないとバランスを崩してしまうほど。

現にミキオは10年になる牛乳配達のアルバイトの間、数え切れないほどの牛乳瓶を落としている。

だが、実はその原因の多くはこの先にある。

石段を中ほどまで上がったところで、横道にある門をくぐった。

表札には「ガオーン家」とある。

二歩踏み出してきたところで、三匹の黒犬が飛び出してきた。

犬というよりはオオカミのようなソレは、隊列を成すようにミキオ目掛けて飛びかかってくる。

噛まれたら死ぬやつである。

ミキオはそれらの猛攻をひょいひょいとかわし、敷地の真ん中にある屋敷に向かった。

玄関の扉の右側に白色の小さなポストがある。牛乳用だ。

ストンと瓶を乗せると、ミキオは止まることなくUターンした。

狂犬の鼻先をすり抜けて、錆びた鉄の門をあとにした。狂犬はそれ以上は追ってこない。

配達の牛乳はあと1つ。

先程の石段を登りきるとトウモロコシ畑が現れた。風に揺れる金の房を尻目に狭い道を進むと、今度は上り坂だ。

坂に差し掛かったその時、上から何か小さなものが転がり落ちてきた。

「カカカ、踏んだらすってんころりんじゃ!果たして上ってこれるかな?」

坂の上で丸い石を手にした老婆が、得意げにミキオを見下ろしている。

「よろずやのババア、今度は石かよ」

ちなみに前は生卵だった。

「カカカ、わざわざ下流の河原で拾ってきたのじゃ。丸いじゃろ、進めんじゃろ」

これまで幾度となくよろず屋のババアによる妨害を受けてきた。

ここで何度、最後のひと瓶を落としたことか…

社長から怒られ、給料から差し引かれ…苦しかった日々が脳裏をよぎった。

が、そんな日々もこれで最後。

なぜなら、なぜなら、とうとう勇者の称号を受け取ったからである。

ちなみにその称号の内容はまだ聞かされていない。

今日のバイトが終わった後で父から伝えられることになっていた。

ミキオは素早い足さばきで転がる石をスルーし、あっという間に坂を登りきってしまった。

「これで終わりだ!」




勇者の称号は矢によって知らされる。

矢にはどんな勇者なのか、その称号を記した紙が括り付けられている

昨晩、『称号を矢に乗せて人の家に放つ勇者』によって放たれた矢は、ミキオの家のリビングのガラスを突き破った。

本来であれば勇者候補の住む家には的を吊るす。(『称号を矢に乗せて人の家に放つ勇者』はどういうわけか的を見ると狙わないわけにはいかないらしい。)

ミキオの場合、時間が経ち過ぎて的が腐って落ちてしまい、そのまま付け替えられずにいたのだ。

母リーフはしばらく粉々のガラスを悔いていたが、ミキオの称号にそれどころじゃなくなってしまった。


「『世界を救うかもしれない勇者』…なにそれ…」

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