事件簿3:緊急出動、宝石強盗犯を追え【前編】
『――緊急通達。東3番緑竜通りで強盗事件発生。遊撃騎馬警官が急行中。近隣交番からは至急、応援に向かわれたし』
魔法の通信バッジから重大事件の発生を告げる音声が繰り返される。これは人造の魔導頭脳により発せられているものだ。
「行くしかねぇか」
強盗事件での応援要請。となれば東3番町、緑竜通りへと向かうより他はない。だが、その前に暴走事件の現場の後始末も必要だ。
「……純サン殿! この者たちは!?」
暴走族6人を縛り上げた女勇者、キャミリアが叫ぶ。手には剣代わりか分厚いフライパンを持っている。
「キャミリア、頼んでいいか? そいつらを逃げないように街路樹に縛り付けておいてくれ。王都警察本部に人員を手配するから!」
「……わかった。純サン殿はまた事件か……?」
「あぁ、仕事だからな。ここを頼む」
酒さえ飲んでいなければ女勇者キャミリアは良識ある善良な市民。ここは、罪滅ぼしを兼ねて協力してもらうことにする。
「……任せろ。ご武運を純サン殿」
「おう!」
俺はキャミリアと他の協力者たちに手をふってから駆け出した。
徐々に速度を上げながら左胸の警察の紋章に指先を当て、本部へ呼びかける。
「王都警察本部、応答せよ! こちら零番地交番の工藤純作。とりあえず暴走族は確保した、至急こちらに応援をよこしてくれ」
『――零番地交番、応援要請を受理。20分後に民間冒険者ギルドから護送人員を派遣する。それまで犯人を現場に確保せよ』
強盗事件で呼びつけておいて、更に暴走族は現場に確保しろとは。矛盾しているし無茶苦茶だ。流石は人の心を持たない人造の魔導頭脳。
だが幸いキャミリア達が協力してくれるので、この場はもう大丈夫だろう。
200メートルほど走ってから右折し、事件現場である東3番緑竜通りへと向かう。
大通りを行き交う馬車は、さっきの暴走族騒ぎで停車したり渋滞が発生したりしている。
道は大混乱、これでは馬も馬車も使えない。強盗犯は馬車や馬で逃走するつもりはない、ということだ。つまりまだ遠くへ逃げていないのではないだろうか。
更に100メートルほど進み、両側に街路樹が植えられた石畳の通りに差し掛かる。
「はぁはぁ、この辺りはもう東2番か」
東3番緑竜通り、強盗事件の発生した現場にほど近い。王都の城壁から外に向かうにはここを通るしか無い。
左右には高級そうなブティックや、装身具を売る店、宝飾店などが軒を連ねている。強盗事件のせいか人々は不安げに道の端に避けている。
「本部! 応答せよ」
周囲を警戒しながら、通りの中央で立ち止まる。
腰のホルダーの銃に手をかけて、ふと手が止まる。
残弾が1発しか無い。強力な魔法が施された魔弾。魔獣クラスの心臓をブチ抜き、魔法防御を施した装甲を貫くほど威力に優れている。だが、この必殺の魔法の弾丸は、既に4発も使ってしまった。
ポケットの内側には予備弾丸も無い。
せめて通常の38口径の弾頭でもあれば……と思っても後の祭り。魔具を使う相手ともなれば心もとない。
まさかあの暴走族は、警察戦力を消耗させるために放ったのだろうか。
嫌な予感がする。
『――現場一帯を封鎖、不審者を見つけ次第対処せよ』
「本部! 現場は東3番緑竜通りのどこだって? 犯人の人数、特徴は!?」
召集をかけるのはいいが、肝心な情報が欠けている。矢継ぎ早に強盗犯の特徴、人数、使用している武器、魔具などを問いただす。
『――本日12:15、王政府御用達の宝飾店・ロンズデーライトに強盗が押し入り、魔封型密閉金庫より結界晶石が盗まれた。確認されている犯人は1名。使用武器は不明』
「1名!? 宝石強盗って……警備も居ただろうが?」
結界晶石は恒常的に空間に歪みを生じさせ、魔法の力を打ち消す力がある。魔女の最も忌み嫌う「魔除けの石」でもある。それを盗むということは、金銭が目的の単なる強盗とは違う、ということだ。
『――戦闘レベル30の魔具を装備した警備員2名が負傷。犯人は全身黒ずくめの男、細身で長身。種族は不明だが特徴は――』
「もしかして、尻尾か?」
あの暴走族たちに石化鶏を与えた人物。その特徴に似ている。
『――注意されたし犯人は魔……ザサッ……ザ』
「本部!? おい……!」
本部からの応答が、雑音と共に途絶えた。
暑かった昼の日差しが急に陰る。
ずっと冷気が足ともに忍び寄った。
「……!?」
ハッとして振り返る。
すると15メートル程先に人影があった。
一人で歩く、不審な男。
細身で黒い影のような男は、往来の真中をゆっくりと、黒いマントを翻しながら歩いていた。
隠れるでもなく、急ぐ風もなく此方に進んでくる。
細長い蛇のような尻尾が、まるで鞭のように右に左に揺れている。
気がつくと、周囲にいたはずの市民は誰も居ない。
皆建物の中に避難したのか、忽然と消えた。残されたのは静まり返った街。
見上げると青いはずの空が薄い紫色に染まっている。風も無く、景色はセピア色に霞んでいた。
「これは……結界か?」
男の足元は蜃気楼のように周囲が揺らいでいる。
「おや……君には私が、見えるのかい?」
黒ずくめの男が、顔を此方に向ける。本来眼球である白眼部分が黒く、虹彩が血のように赤い。ゾッとする人間離れした顔。表情は嘲笑めいた歪みが口元に浮かんでいる。
髪はテカテカのオールバックに撫で付けられている。モミアゲと襟足が長い。
「生憎、不審者は職務質問することになっているんでね」
腰から素早く銃を抜き、片手で水平に構える。
安全装置を外し銃口を向ける。威嚇射撃する余裕の弾丸は既に無い。
「……結界晶石で楽々逃げられる手はずだったのに、王都には君のような警官もいるものなのかね」
足を止めると、ふむ? と細い顎をさする。指は骨のように細く昆虫の手脚を思わせる。
右の手の指には赤い宝石の付いた指輪がはめてあった。禍々しい光を放つそれが、結界晶石だとすぐにわかる。
「あのー、お忙しいところ、ちょっとすみませんね。近くで発生した強盗事件の捜査中でして、お仕事は何をされています? お名前、伺ってもよろしいでしょうか?」
まずは職務質問。軽い口調で質問を述べる。銃口はしっかりと男の腰から下に向けたまま。
「名か。我が名は……バーモルト。今日は偉大なる魔女様の使いで、王都に来たのだよ」
「そうですか、それで真っ昼間から強盗を?」
「強盗? 魔女様の所有物を取り返しに来たまで」
犯人確定。驚くほどツイてる日だ。あぁ神様。なんてこった。
「魔女様だかなんだか知りませんが……迷惑なんだよ」
後半は吐き捨てるように低い声で、睨めつけながら狙いを定める。
「フ、フハハ……!? 王都の衛兵……いや警官は面白いな」
男は不快そうに顔を歪める。
外套を片手で振り払うと細い人間離れした身体が顕になった。
衣服は貴族が身につけるような仕立てのいい高級なもので、黒地に赤い縁取りが施されている。そして、黒いしっぽが鞭のようにしなり、地面を打つ。
これが魔族というやつか。
「止まれ! 動くと」
パン!
撃つぞと、言い終わる前に容赦なく発砲。
引き金を引くと同時に放たれた弾丸は、10メートル程しか離れていない至近距離。腰から下を狙い無力化する――はずだった。
だが、弾丸は男の寸前で停止していた。
まるで湖面に小石を投げ入れたときのように波紋が空中に伝播してゆく。その中央には光る金色の弾丸があった。
止めた! 対魔法徹甲弾――マギアバレットを。
「な、なにぃ……!?」
思わず月並みなセリフを吐いた事を後悔する。
「これが噂に聞く魔弾か? 王都の魔道士共が考えそうな玩具だ、下らぬ」
地面に弾丸が落下する。
まるでスローモーションのように地面に落下、石畳の上で金属音を響かせながら跳ね返る弾丸に視線を向けた、次の瞬間。
眼の前に黒い男の顔があった。
「死ね」
「――く!?」
<つづく>