王都警察、緊急通達(エマージェンシー)
「……手を貸す!」
「おぅ! 助かるよキャミリア」
「……うむ……」
エプロン姿の女勇者キャミリアが、店から飛び出してくるなり協力を申し出てくれた。
銀髪をポニーテールに結った女勇者も今や「皿洗いのバイト」だが、正義の血は今も健在のようだ。
応援の騎馬警官がこっちに向かって来ているらしいが、姿はまだ見えない。
こっちは一人で暴走族5人を捕縛しなきゃならない事を考えると、協力の申し出は非常にありがたい。
リボルバーを一回転、腰の銃器用ホルダーに仕舞う。
「……ぬん……!」
「いでで!?」
「ぎゃっ!」
キャミリアが早速、石化鶏の下敷きになっていた二人の首根っこを掴んで、力任せに引っ張り出し、ズルズル引きずってきた。
屈強な女戦士の手に掛かれば、暴走族の若者など狩られた獲物のような有様だ。
ドブに落ちた容疑者二名も、近くに居た住民たちが追い立てて俺の方まで連れて来てくれた。
俺は腰のベルトの後ろのアイテムホルダーから、素早く捕縛用のロープを引っぱり出した。そしてリーダーを含めた五人の族たちを、まとめてふん縛った。
「捕縛!」
最大で50メートルも伸びるこのロープも魔具だ。
特殊な魔石を組み込んだホルダーが、微細な繊維を生成。引っ張り出すことで自動的にロープを生成する仕組みになっている。
「いでで……!」
「……くそッ!」
「正義を愛する市民の皆様、ご協力感謝いたします!」
キャミリアや協力してくれた市民の皆様に、敬礼。
「お、俺らどーなるんだよ!?」
「現行犯で逮捕だかんな。王都安全交通義務違反、王都の治安を乱した騒乱禁止法違反。それと武器使用禁止法違反ときた。これは、石化鶏と一緒に逝ってたほうが楽だったかもしれんぞ?」
ニヤリと口角を吊り上げながら、哀れみと蔑みの視線を向ける。そしてロープの締め付けをキツくする。
「な、なんだよそれ!?」
「お、オレら未成年じゃん!?」
「ちょっと、ふざけて騒いだだけだろ!」
「マ、マジになんなよ、冗談って、マジで……な?」
王都警察本部へ魔法のバッジを通じて連絡し、確保した事を伝える。だが、返答がない。
「……知るか。自分でしたことの責任は取るんだよ」
俺だって、この後は報告書やら何やら。書類を書かにゃならんのだ。威嚇射撃も含めて、弾丸も4発使っちまったし。
「勘弁してくれよ!?」
「頼むよ、マジで、超マジマジ」
「……ま、見たところ怪我人も居ないようだし、温情判決が下れば、焼きごてで烙印を額に押されて王都追放。あとは極北のツンドーラ村で楽しい開拓生活が待ってるぞー。いいなぁ若いって、おじさん羨ましいよ」
「まじかよ!?」
「嫌だぁああ!」
「助けて……!」
「あの状況なら発砲はやむ無し。誤射でお前らまとめて断罪してもよかったんだぞ?」
だが、人の情に厚い俺はこいつらを生かした。
罪を憎んで人を憎まず。まさに市民に愛される「人情お巡りさん」の姿だな。
「オ、オレら……騙されたんだ」
突然、黙りこくっていたリーダーが俯いていた顔を上げ、引き攣った顔を俺に向ける。
「……あん?」
「路地裏でダベってたら……最高にご機嫌な、コッカトリスを貸すからって、言われて……」
「それは本当か? あんな貴重なモン、お前らみたいなクズに貸す奴がいるわけねぇだろ! 適当言ってるとロープの痕が一生消えないぐらいにギュウギュウにしてやるぞ?」
「いっ、痛デデデデ! ほ、本当だって」
石化鶏は鳴き声は酷いが、走りが達者で足腰が強いので、山岳地帯での物資運搬用や、軍事用途で広く使われている。
しかし種類によっては有毒な「石化ガス」を吐くため、特定危険生物に指定され、王都への持ち込みは厳しく制限されている。とはいえ王都でも限られた用途と場所――軍の施設あるいは運搬業者、魔法医療研究用施設などは例外だが。
ちなみに「石化ガス」は実際に石になるわけではなく、動物の神経系に作用して体を麻痺させて硬直化させる。つまり「状態異常」を引き起こす。それがまるで石になったように見える事から石化鶏の名がついた。
「一体、誰がお前らにコッカトリスをくれたんだ? 何処の誰が何の為に!?」
「し、しらねぇ! 初対面だったしよ!」
「初対面で三羽もくれるわけあるか」
「本当だってばよ!」
「見たことのねぇ、知らねぇ顔だった」
「黒いローブを着た、痩せた男で……」
手下たちも一斉に同調する。
口々に言っているが「痩せた男」ということぐらいしかわからない。
「なんだか嘘くせぇな。他に何か特徴は?」
「尻尾……、そうだ尻尾があった」
「尻尾なんざ珍しくないだろ」
半獣人系はみんな長かれ短かれ、尻尾を持っている。猫耳半獣人の尻尾なんて超可愛い。
「黒くて尖った尻尾だったんだ」
「なんだそりゃ、魔族じゃあるまいし」
魔族は魔女の手先。契約により何処から呼び出された「使い魔」らしい。悪魔じみた容姿の魔族なら尻尾も頷けるが……。幾重にも張り巡らされた対魔結界により守護された王都に、易々と入り込めるはずもない。
王都の外は、法の支配の及ばない「魔女の版図」がいくつか点在している。キャミリアの友人が消えた例の『四魂の森』もそうだ。
まさかそこから来たとでもいうのか?
「尻尾も、コッカトリスの話も本当だ! なぁ、本当のこと話したんだから赦してくれよ」
「それとこれとは話が別だ」
「そんなぁ!?」
実際にこうして暴走行為をしたのだ。だが、何処ぞの何者かが手引きをした可能性が浮上してきた。
誰かが物騒な魔物を王都に放ったとみて間違いない。
この連中の言っていることが本当なら、王都暴走事件には何か裏がありそうだ。
「ったく……面倒なことになってきたな」
報告書になんて書けばいい?
いや書くにはまだ不明な点が多すぎる。
そもそも騒ぎを起こす意味は何だ?
騒ぎを起こさせて、何かから気を逸らせたい何者か――
「……純サン殿、騎馬の音が遠ざかった」
女勇者キャミリアが路地の向こうを見て言った。
「何だって?」
「……こっちに向かっていた蹄の音、別の方に向かった」
王都で何かが起こっている。嫌な予感がする。
「本部! 応答せよ、何があった!?」
『――緊急通達。東3番緑竜通りで強盗事件発生。遊撃騎馬警官が急行中。近隣交番からは至急、応援に向かわれたし』
それは3ブロック先での強盗事件を告げる通達だった。
「マジか、勘弁してくれよ……」
<つづく>