エピローグ ~王都零番地交番の日常~
◇
「いい年して喧嘩してんじゃねぇ! 今から留置所で頭冷やすか!?」
ドワーフの若者とオオカミ顔の半獣人を怒鳴りつける。
血気盛んな若者は、時として無駄にエネルギーを発散させたがる。
警棒を手でパンパンと打ち鳴らしながら優しく仲裁する。人間話せばわかるもので、喧嘩の当事者たちは納得したらしく大人しくなった。
「……わ、わかったよ」
「……怖ぇお巡りだな」
「殴った数はお互いに3発ずつ。つまりおあいこだ。これで示談成立な!」
「ムチャクチャ言ってやがるな!?」
「ヤバイ警官に絡まれた気分だ……」
「なんか言ったか?」
ギロリと睨みつけると「あ、いえ」「なんでも」と返事をする。
実に素直で良い若者たちだ。
握手をさせると、二人はもう友達だ。
王都警察に対する感想を語り合いながら、仲良く並んで街の雑踏に消えていった。
「ふぅ、これで一件落着っと」
喧嘩していた二人を仲裁。お互いに被害届もなく示談。これで調書もラクラクだ。
周囲に集まっていた野次馬たちは「さすがは工藤巡査、名裁きですのぅ」「衛兵とは違うよなぁ」と感心しきりの様子だ。
俺にとってはごく普通に職務をこなしているだけなのだが。
ふたたび警らに戻る。
「暑いなぁ」
夏服に衣替えが終わった途端、この気温。
季節は巡り、王都グランストリアージに夏が来た。
交番に戻って冷たい麦茶でも飲もう。
◇
「おかえりなさい、ジュンさん!」
「暑かったかニー?」
「ただいま、暑いぞー」
交番に戻ると、銀色の髪をポニーテールに結わえたキャミリアが夏のメイド服姿で出迎えてくれた。
ミケはキャミソールにかぼちゃパンツ、夏のお子ちゃまスタイルだ。猫耳半獣人は暑いのが苦手らしく、机の上でだらしなく伸びている。
「二階は魔法の冷風機があるだろ? そこで涼めばいいのに」
「魔法の冷たい風が、なんだか怖いニー」
猫のしっぽを左右に揺らす。
建て増しした交番の上階は居住スペースだ。
俺とキャミリア、そしてミケにとっては小さいながらも快適な我が家だ。
「ははは、お湯のシャワーも最初はそう言ってたけどな」
「そうだけどニー」
ぷくーと頬をふくらませる。今じゃミケは大好き魔法の温水シャワーだ。
「冷たいお茶をどうぞ」
「おう! さんきゅー」
キャミリアが冷えた麦茶を持ってきてくれた。
魔法の冷蔵庫で冷やした麦茶うめー。
「ふにゃぁ、冷たくて美味しいニー」
「だろー?」
そのうちクーラーも好きになるだろう。
ミケも冷たい麦茶を飲んで、猫耳をピンとさせる。
ふと小さな幸せを感じる。
――これぞ日常、だな。
あの事件が遠い昔のことに思えてくる。
すべてを飲み込む闇。
魔法の実験が暴走したことで生じた、次元の歪み『暗黒侵食領域』。
人類の存亡をかけて挑んだ、決死の戦い。
魔法使いと、王都警察による総力戦。
俺達は絶体絶命の危機を乗り越えて勝利し、こうして平和が戻ってきた。
今となっては記憶の中の事件簿の一つだ。
世界はすったもんだの末、だいたい元に戻った。闇に取り込まれた人間や家畜は、無事に生還できたらしい。
結局のところ、『暗黒侵食領域』はブラックホールのようなもので、取り込まれた生物や物体の固有時間は静止。記憶もそこで途切れ「一時停止」したような状態になっていたのだとか。
闇の領域の中で俺たちが動けたのは、偉大なる道化魔道士、ギュギュリオス卿の魔法と、結界晶石による効果だった。魔法で特異点を生成し事象の境界面がどうとか言っていたが……よくわからん。まぁ世界が元通りなら結果オーライだ。
便利な魔法は恩恵と、時に脅威をもたらす。
噂では暴走した魔法実験の責任をとって、ギュギュリオス卿は罰せられたらしい。
とは言っても、沢山もらっていた王国の英雄勲章の剥奪と、領地の半分の没収。そして3ヶ月間の謹慎という、彼にとっては「信じがたいほど過酷で重い」ものだったらしい。
それと、もうひとつ。
謹慎の間に、ギュギュリオス卿が俺に託したものがある。
「ジュンさん……!」
キャミリアが交番の外に出て通りの向こうを指さした。
何やら騒がしい声が近づいてくる。
表に出てみると、ガラの悪い商人が何やら叫んでいる。
その前を歩いているのは、小柄な少女。
婦人警官の格好をした、俺の新しい後輩だ。
夏服から伸びる手足は細く、実に頼りない。夏の太陽の下で、赤毛の髪色がまるで炎のようだ。
「……帰ってきたか」
「あ、せんぱいぃぃっ……! 助けてくださいぃ!」
俺を見つけるなり泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
あどけなさをのこす顔が紅潮している。
後ろからは頭にターバンを巻いた外国の商人が「待てコラァ!?」と叫びながら追いかけてくる。
「ったく、今度はどんな厄介事だ? アラム」
アラム。
これはギュギュリオス卿がつけた名前だ。
アラは太陽神のアーラから、ムは虚無の神ムーからとったらしい。
実に大層な名前だが、俺にとっては出来の悪い見習い警官をひとり、押し付けられただけの気分だ。
「怖い人が追いかけてくるんですぅ」
「あのなぁ……」
これが虚無の化身ヨドミーの生まれ代わりだと、信じられるだろうか?
最後の決戦の時、ヨドミーを中和、消滅させたのは特殊魔弾だ。俺は特殊な弾丸に「帰りたい日常」の光景を練り込んだ。
咄嗟にイメージできた記憶と、ありったけの願いを込めて。
だからアラムはここに来た。
にわかには信じがたいが、そういうことらしい………。
警官になりたい、という彼女の願いは、俺がイメージしたことによる影響らしい。
「工藤くん、責任をとってね。ホラ、僕は謹慎中の身で、身動きが取れないしネ?」
道化の魔道士ギュギュリオス卿は俺の周りでステップを踏んだ。あのニヤニヤした顔に、今度こそ鉛玉をブチこんでやりたい。
「見習いの婦人警官が、市民に追われるたぁどういうことだ?」
俺は交番の前で腕組みをしながら、赤毛の少女を見下ろす。
「ふぇえ!? だってせんぱい、この人、あたしのあげた駐車違反のキップが無効だって、言いがかりをつけるんですよぅう」
太めの眉をハの字に曲げて、大きな瞳を潤ませる。
「オラぁ、ちゃんと商館指定の駐車スペースに馬車を停めたンダァ! なのに、その婦人警官が駐車違反だってキップをダナァ……!」
「ほうほう」
「だから、違反金は払わネェゾ!」
俺が相手をすると、怒りの勢いはトーンダウン。だが憤りは収まらない。
「あーわかったわかった。言い分はわかる。だがこっちは公務だから。いちおう、こんな見習いでも警官だから、な? 納付期日までに違反金を納めてね」
「そりゃぁないッペや」
「まだなにか?」
「……うぅ」
商人は諦めたのか、違反切符を片手に来た道を戻っていった。
申し訳ないが、犬にでも咬まれたと思ってくれ。
「さすがせんぱいですぅう!」
銀河のような瞳をキラキラさせ、尊敬の眼差しを向けてくる。
アラムのほっぺたを両側から、ぐんぬ! とつまむ。
「アホゥ! 市民にナメられるような仕事をするんじゃない! ビシッとしろ」
「はひぃいい、いたいれふぅう……」
開放するとホッとした様子で笑みを浮かべる。懲りている様子はない。
「まぁいい、しばらく交番前に立ってろ」
「はいれす!」
明るい笑顔で敬礼、ちょこんと交番前に立つアラム。
「アラムちゃん、麦茶のむニー?」
「ミケの飲み残しをあげなくても、いま用意するから」
「ミケちゃん! キャミさぁん! ありがとうぅうっ!」
交番前でぴょこぴょこ跳ねる。
元気で天真爛漫なのはいいが、こんな調子で婦人警官になれるのだろうか。
「やれやれだ……」
俺は苦笑しながら机の椅子に座り、ノートを広げた。
そして紙面にペンを滑らせる。
王都零番地交番、本日も平和なり――と。
<おしまい>
★工藤巡査の異世界交番勤務、いかがでしたでしょうか?
これからも様々な事件が起こるでしょう。
けれどそれはまた、いつか別のお話で。
王都警察の24時は今、始まったばかりだ!w
応援、ありがとうございました!




