帰るべき交番(いえ)
七色に輝く光の奔流が、ドーム状に広がってゆく。
立ち込めていた深い闇を照らし、まるで浄化するかのように包み込んでいく。
光が通り過ぎた後、世界に色彩が戻ってきた。
「まぶしい……」
遠く山並みの向こうから差し込んだのは、本物の朝日だった。
うっすらと霞む山脈が見える。手前には森、どこか知らない小さな村が徐々に姿を見せはじめた。
特殊魔弾に仕込まれた魔法の幻影ではない。闇に飲み込まれていた本物の風景だ。
冷たく清廉な朝の空気が頬を撫でる。
風が、戻ってきた。
「終わった……のか」
静かに銃をおろした。
全身からどっと、力が抜けた。
朝の空気を感じ、終わったのだと実感する。
ヨドミーと呼ばれた闇の怪物は消滅した。
虚無に巣食っていた彷徨える怨念の集合体は、光となって浄化された。
――次はちゃんと生まれ変われるといいな、ヨドミー。
成り損ねた魂が寄り集まり、一つの人形になったヨドミー。
俺はそこに「生きていく人間のイメージ」を弾丸に込めて叩き込んだ。
咄嗟の判断だったが、上手くイメージを取り込んで、やつの魂の欠片が補完されたのだ。そう思うことにした。
とにかく、世界に光が戻ってきた。
世界を侵食していた暗黒の領域は、見回しても何処にもない。
「そうだ……! ミケ! キャミリア!」
感慨に耽る間もなく、我に返る。
振り返ると数メートル後方に人影がみえた。
柔らかな草むらに埋もれるように、銀髪の女勇者と小さな猫耳少女が倒れていた。
すぐさま駆け寄って手を伸ばし、声を掛ける。
「お、おいッ! 大丈夫か!? ミケ! キャミリア!」
声に反応し、眉根を寄せながら起き上がったのはキャミリアだった。気を失っていただけのようだ。
「……ジュンさん? ……ここは」
「少なくとも天国じゃないぞ! それよりミケが!」
上半身を起こしたところで、ミケが動かないことに気がつく。
「い、息をしていない!? ミケ!」
キャミリアがミケの身体を抱えあげ、叫んだ。
「お、おちつけ! AED……じゃなかった、心臓マッサージ、心臓!」
「えっ、あっ!? どど、どうすれば」
「心臓だよ!」
俺とキャミリアはあたふたするばかりだ。心臓マッサージや人工呼吸は習ったはずなのに、頭の中が真っ白だ。
「……落ち着いて。魂はまだ肉体から離れていません」
すぐ近くから、落ち着いた声がした。
振り返ると『闇森の魔女』だった。乱れた髪を気に留めもせず、ヨロヨロと立ち上がり近づいてくる。
「『闇森の魔女』……!」
「な、なんとかならないか!?」
ミケを抱えたまま懇願し、地面にへたり込むキャミリア。
「ミケが息をしていないんだ……! 助けてくれ」
ミケの心臓を上から押す俺は、藁にもすがる思いで『闇森の魔女』に訴えた。
魔女に何かを頼るということは、相応の対価が必要なことぐらい知っている。事によれば手足や心臓を差し出せと言われるかもしれない。
それでも俺はミケを救いたかった。
魔女は静かに手をかざした。
魔法力が手のひらから発せられ、淡い光で魔法円を浮かび上がらせた。
「……生命力の大半を失っていますが、魂は確かにこの子の中にいます。ですが、やがて時間が経てば離れてしまうでしょう」
「本当に死ぬってことか」
魔女は静かに頷いた。逆に言えば、まだ完全に息絶えたわけではないのだ。
「繋ぎ止めるには生命力を活性化させる蘇生魔法が有効です。ですが……今の私には魔力が足りません」
美しい横顔には疲労が滲み出ていた。
竜化の魔法でドラゴンになり、俺たちを救ってくれたのだ。魔女は魔法力の殆どを失っているのは容易に察しがついた。
「なにか出来ることはないか!?」
「……ひとつだけ方法があります」
「何だ!?」
俺は魔女に向き合った。
「私と契約を結んでください。眷属として主従の契約を」
「契約……?」
眷属とか主従とか、ヤバそうな単語が並んでいる。
するとキャミリアが割って入ってきた。
「き、貴様! 言うに事欠いてジュ、ジュンさんと魔女契約だと!? 認められるかそんなこと!」
「あら? 他にこの子を救う方法は無くてよ」
「ぐぬぬ……!」
ぐったりとしたミケを抱いたままキャミリが『闇森の魔女』をにらみつける。
黒髪の魔女は、けだるげに髪を手で整える。
「ま、まてまてキャミリア! 魔女契約すると俺はどうなるんだ?」
「ジュンさん、魔女に魔法力を供給する事になるんですよ! 魂の一部と生命を触媒に」
「なんだそんな感じか。死にはしないんだよな?」
てっきり使い魔になるか、死ぬのかと思った。
「ですけど! その……魔女との契約は……」
キャミリアはしどろもどろで反対している。
「簡単な契を結ぶようなものです、大丈夫」
簡単、大丈夫という単語に嫌な予感がするが、仕方ない。可能性があるのなら契約を交わすことにする。
「わかった約する。どうすればい?」
「ジュンさん!」
「他に方法がないんだ、キャミリア」
「……うぅ」
すると『闇森の魔女』はニッコリと微笑んで右手の甲を差し出した。
薄っすらと魔法円が浮かんでいる。
「ここに口づけを。工藤さんに私の名を伝えれば契約は完了です」
「名を……?」
「魔女にとって名は、とても大切な魔力の源です。そこに工藤さんの魂の一部をリンクさせるのです」
なんだかよくわからないが、俺は細く小さな手の甲に口づけをした。
横でキャミリが、あぁああ……! と叫んでいる。
「うっ……!」
ドクン! と心臓が強く脈打った。目眩を感じたがそれだけだった。
そっと耳元で魔女が囁いた。
「私の名は、ライラ」
「ライラ」
魔女の名前は、意外と普通だった。
「これで契約は成立です。私の工藤」
「そ、そうなのか?」
「ジュンさんんんッ!」
キャミリアが嫉妬に狂った妻みたいな般若顔をしている。
「ちなみにクーリングオフはできるんだよな?」
「5分以内なら」
「よし! ミケを助けてくれ!」
できれば5分以内に。
「わかりました」
魔女ライラは、キャミリに指示を出し、ミケを地面に横たえる。
そして魔法円を幾重にも描き、呪文を唱え念じ始めた。
魔法を注ぎ込むたびに目眩と疲労を感じるのは、俺の生命力が魔力に変換されているからだという。
だが、これでミケを救えるなら安いものだ。
やがて5分ほどの儀式を終える頃、ミケは目を覚ました。
「……くちゅん」
くしゃみと共に起き上がってフルフルと首を振り、猫耳を撫でつける。
「「ミケ!」」
「むにゃー!?」
俺とキャミリアはミケに抱きついた。自然と涙が頬を伝う。
「……これからまた一緒ニー?」
「あぁ、ずっと一緒だ!」
――よかった。
俺はミケの小さな身体をぎゅっと抱き続けた。
「子供には強い生命力がありますから」
魔女ライラは俺たちの様子を静かに見守っていた。
やがて何かに気がついたように、視線を俺たちの背後に向けた。
感動にひたる間もなく、背後で音がした。
ドサリと、まるで生身の人間が倒れる音だ。
「なんだ?」
「ジュンさん!」
「……あれは?」
キャミリアと魔女ライラが身構える。
音のした方向は朝日が反射してよく見えない。
慎重に目を凝らすと、やがて数メートル先の草むらに、誰かが倒れていた。
「人間だ……!」
それも裸の少女だ。一糸まとわぬ姿で草に埋もれている。なめかな曲線を描く身体と、肌の色が浮き上がって見えた。
そこは黒い霧の陰影が凝固し、人の形を成した場所だった。
黒い人型が砕け散り、光の爆発を起こした爆心地。
「……ん…………」
少女が動いた。
赤く燃えるような髪色の、少女がゆっくりと身を起こす。
澄んだ星空のような瞳が俺を捉え、虚ろな視線が交差する。
「お前は……」
「あ…………」
俺は直感した。
特殊魔弾を叩き込んだ、虚無の中枢。
ヨドミーと呼ばれた存在。
その「成れの果て」が、再構成された姿だと。
「なにか服を……!」
「私のマントを」
キャミリアが魔女ライラから薄布のマントを受け取って、赤毛の少女に駆け寄ろうとした、その時。
上空を横切った影が、急速に近づいてきた。
「鳥?」
足を止めたキャミリアの眼の前に、巨大なペリカンが降り立った。
3メートルはあろうかという巨鳥は、クエー! と鳴くと、またたく間に、人の姿へと変化した。
「ギュギュリオス卿!」
豪奢な衣装に身を包んだ道化のような魔道士、アイザック・オールドトーン・ギュギュリオス卿だった
「……ふぅ。やぁやぁ、工藤君、実に見事な活躍だったね! 王国の最高勲章ものだよー! あ、皆もがんばったねー! ベリーグゥ!」
疲れ果てた顔だが、薄っぺらい笑顔と気持ちの悪い動きで、労いの言葉を発する。
殴るべきか、感謝すべきか。
混乱しているうちにギュギュリオス卿は草むらにうずくまる少女に近づくとマントを広げ、ブワッと包み込んだ。
「その子をどうする気だ!?」
「工藤君、わかっているんだろう? これはヨドミーの再構成体。君の世界の言葉を借りるなら、そうだね『超新星爆発の後に残った中性子星』みたいなもの、さ」
「全然わからんわ!」
「ま、しばらくは僕のところで預かるよってこと」
「まて!」
「あれ? 工藤君、『闇森の魔女』となにか関係を持った?」
「かっ関係だと?」
持ったかもしれない。怪しげな魔女契約を。
「困るなぁ……。あのね、王都に魔女の出入りを認めなきゃダメになるから。……ま、君の功績に免じて、おそらく許可されるとは思うけど。まぁ悪いようにはしないよ」
芝居がかった仕草で口角を持ち上げると、マントを翻した。
次の瞬間には再び、巨大なペリカンの姿に変化していた。くちばしの中には少女を詰め込んでいる。
『じゃ、僕はこれでー。迎えがくるから心配しないで!』
バサバサとペリカンが空に上昇してゆく。
「待て! 世界は……皆は、どうなった!?」
俺は叫んだ。
『超新星爆発で撒き散らされた事象により、世界は元通り……さ』
ペリカンは視線を丘の向こうに向け、飛び去った。
小さくなってゆく鳥の姿を見送る。やがて徐々に高く昇り始めた朝日が、朝露に濡れる丘の上を照らしてゆく。
と――
そこに、大きな獣の姿があった。
「……ベティ?」
キャミリアが駆け出した。何度も転びそうになりながら、50メートルほど離れた丘の上へ向かう。
そこで待っていたのは紛れもなく相棒のケルベロス、ベディだった。
薄皮のように張り付いている黒い結晶をブルブルと振り落とすと、銀色の見事な毛並みが現れた。
『ガルルッ……!』
「よかった! 生きていたんだな! ベティ」
キャミリアがその大きな三つ首の獣に飛びつく。
すると周囲には続いて、人影が次々と現れた。
「あ、あぁ……! お前たちは……!」
王都警察の面々たちだった。
彼らは黒い怪物の触手に貫かれ、全身が黒く染まって動かなくなったはずだった。
しかし生きていたのだ。身体のあちこちに黒い結晶が張り付いているが、傷は無く、朝日に照らされたところから黒い結晶が剥がれ落ちてゆく。
「爆心地はここか……?」
大柄で一番目立つのはゴスペラルド刑事だ。
「お手がらね工藤巡査」
彼に抱えられているのはエルフの女刑事レイハール。
「やれやれ、酷い目にあったでゴザル……」
ヨロヨロと杖をついているが、元気そうなジェニーガータ・ヘイリー。
「シイット! 弾丸さえ弾丸さえあれば」
「状況から推理して、事件解決……ですね」
「腹が減ったでごわす」
悔しそうな金髪のニューヨーク・マッテンロー。名探偵警官アケチ、料理警官カイバラもいる。
「みんな……!」
生きている。
深い安堵とともに、熱い感情がこみ上げる。
魔女ライラが歩き出す。
「世界にも復元力があるのですよ」
「だといいな」
ミケを抱え上げながら一歩、踏み出す。
「クドー、おうちに帰りたい」
「あぁ、帰ろう」
俺たちの交番に。
<了>
次回、エピローグ




