表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/36

ミケ


 ドラゴンは上空を旋回しながら、口から炎を吐き出した。

 

 炎は渦を巻きながら収束し、光のビームとなって地上を薙ぎ払う。

 黒い異形の怪物たちは、まばゆい光に撫でられると、途端に内側から膨れ上がった。そして次々と真っ赤な爆炎とともに砕け散ってゆく。


「おおおッ……!」

「凄い威力ですっ!」


 まさかの助っ人――『闇森の魔女』の実力に戦慄する。

 強襲から僅かな時間で、数十体の黒い怪物を倒していた。


 周囲の敵をあらかた掃討すると、ゆっくりとドラゴンは地上へと降りてきた。


 翼を一度大きく羽ばたかせて、巨大な猛禽類のような脚で着地。

 爆裂した怪物たちの破片が周囲で燃え、松明のように一帯を赤黒く照らしている。炎に照らされた巨大なドラゴンの迫力に息を飲む。


「で、でかい」

 頭の先から尻尾までおよそ25メートル、翼端は20メートルはあるだろうか。鱗には金属のような光沢があり、弾丸も通しそうにない。


『――無事でしたか工藤さん』

「『闇森の魔女』……! なぜおまえがここに?」


『――あの男(・・・)が外で死ぬほど踏ん張っています。こうして生存できる空間(・・)が維持されているのは彼の力によるものです。だから私も森の主として、眺めているわけにはいかなくなった』


 「あの男」とはアイザック・オールドトーン・ギュギュリオス卿のことだろう。道化のような魔法使いだが、『白銀翼(シルヴァニール)家族達(ファミリアス)』のリーダー格として、それなりに責任を感じているのか。


『――それに、工藤さんが最後の希望であることに変わりはない』


「あぁ、そうらしいな」


 これは文字通りの「総力戦」だ。俺の手にまだ特殊魔弾(・・・・)という希望がある限り、諦めるわけにはいかない。


『――背中に乗ってください。時間がありません』


 巨大なドラゴンが、ぐっと首を曲げて地面へと顔をつける。恐ろしい姿とは裏腹に、知性を宿した瞳が俺達を見据えている。


「乗ればいいのか!? なら、キャミリアとミケも」

『――構わない。だが金属の鎧は乗せられない。竜化(・・)の魔法に干渉する』


 どうやら『闇森の魔女』の正体がドラゴンなのではなく、魔法でドラゴンに化けているようだ。


「わかった。キャミリア鎧を捨てるんだ!」

「は、はい!」

 迷っている時間は無かった。

 キャミリアは急いで鎧をすべて脱ぎ捨てた。身体に密着したジャージのようなアンダーウェア姿になる。

 腰に護身用のショートソードをくくりつけ、右手には長大な魔法剣を握っている。


『――その魔法剣も捨てて下さい。普通の短剣なら構いませんが』


 ドラゴンの言葉に、キャミリアが魔法剣を見つめ沈黙した。


 黒い怪物たちの新手は接近し続けていた。ここから50メートル程まで迫っている。


「キャミリア!」

「仕方ありません」


 魔法剣はキャミリアの大切な思い入れのある装備なのだろう。想いを断ち切るように、脱ぎ捨てた鎧の真ん中に魔法剣を突き立てる。

 まるで墓標のように地面に突き刺さった。


「剣に残存している魔法力を暴走させます。最後の切り札です」


 キャミリアが魔法剣の柄の部分で何かを操作した。


「魔法剣に自爆モードが!? ミケおいで!」

「にゃぁ!」

 ミケと盾を同時に抱え上げ、ドラゴンの背中によじ乗る。続いてキャミリアが乗る。なぜか俺とミケを抱えるスタイルは同じ。

 ニューナンブ・カスタムをホルダーに戻す。


「あと15秒後に自爆します!」

 キャミリアが叫ぶと同時に、魔法剣が赤熱しはじめた。


『――掴まって、飛ぶわ』


「うおっ!?」

「飛んだニー!」


 ドラゴンが両翼が地面を叩きつけると、浮力により体がフワリと浮き上がった。

 ゴフウッ……! と気流が耳元で渦を巻き、みるみる地表が遠ざがる。


 周囲は闇。だが眼下には燃え上がる地面を埋め尽くすように、無数の怪物たちが群がるのが見えた。


「爆ぜよ……わが愛剣」


 ズゴォオオオン……! と火球が膨れ上がった。


 20メートルを超えるドーム状と化したオレンジ色の光は、周囲に群がってきた無数の黒い怪物たちを一瞬で飲み込んだ。

 鎧の破片と共に、凄まじい大爆発を引き起こした。


 真下から衝撃が突き上げ、ドラゴンの翼をビリビリと震わせる。


「おおおっ、すげぇ!」

「あれでヨドミーと刺し違える覚悟でしたが。手札はもうありません」


 女勇者キャミリアは唇を噛み、かすかに声が震えていた。

 俺はその手を強く握る。


「生きていただけでも上等だ」

「ジュンさん……」


 赤く燃え広がる地表は遠ざかり、やがて見えなくなった。

 少なくとも追ってくる化物はいない。


 上も下もわからない闇の中を『闇森の魔女』のドラゴンは飛び続けた。

 背後を振り返ると青い光と、燃え盛る地表がかすかに浮かんでいた。

 それだけが俺がわかる指標だった。


 それから、どれぐらい飛んだのだろう。


 突然、グラリと体が傾いた。


「『闇森の魔女』、大丈夫か!?」


『――くっ……どうやら限界のようです』


 ドラゴンは何かに引き寄せられていた。羽ばたくたびに、ジェットコースターのように揺さぶられる。


「な、なんだ!?」

「ジュンさん、しっかりつかまって!」

「ニー!?」


『――あれが、闇の中枢です』


 前方に黒く塗りつぶされたような領域が見えた。


「目が、おかしくなったみたいだ」

「感覚で捉えられない、暗い場所?」

 俺もキャミリアも目眩を感じていた。


 黒いといっても、色があるわけではない。

 色彩の(なぎ)のような、形容しがたい領域だ。

 それは明らかに今までの闇とは違っていた。周囲の闇を吸収し濃縮する()のような、球形の結界のように思えた。

 見ようとすれば視界が狂う。


 だが直感で理解できた。


「あれが、『暗黒侵食領域(ダークボトム)』の中枢か……!」


『――そうです。ですが私の魔力も、ここまでのようです……』

「『闇森の魔女』ッ!?」


 ドラゴンの翼が、先端から砂のようになって崩れ始めた。表面の鱗が色あせ、次々と剥がれ落ちてゆく。


『――世界を……頼み』


「しっかりしろっ!」

「危ない……!」

 人の姿に戻った『闇森の魔女』は、気を失っていた。落下しながら、空中でキャミリアがなんとか抱きよせる。

 ぐったりとした身体から、黒く長い髪がなびく。


「お、落ちるッ!」


 俺たちは落下していた。いや、暗黒の中枢領域に引き寄せられている。


「す、吸い込まれています!」

「クドーッ!」

「ミケ、つかまってろよ!」

 ミケがぎゅっとしがみついてくる。キャミリアが『闇森の魔女』を抱えたまま、俺の背中を掴んでいる。


「そうだ、盾を……!」

 ポリカーボネイトの盾をスノーボードのように、足で踏んづけた。固定用の革バンドを手綱のようにして、立つ。

 落下する底に対して、踏ん張りが効いた。

 足元に盾を踏みしめたまま、前にはミケを抱き、背後に『闇森の魔女』を背負ったキャミリアを立たせた。


 俺達は、中枢の領域へと吸い込まれた。


「わ、あぁああっ!?」

「きゃあっ……!」

「ニャー!?」


 あの中枢に接触したら、いったいどうなのるのだろう?

 触れた途端に消滅、なんて事にならないことを祈るばかりだが、ポリカーボネイトの盾をひたすら足場にして、踏ん張り続けた。


 やがて、暗黒の中枢領域に接触する。


「ぐぁ、ああああッ!?」


 灼熱と極寒と、轟音と静寂と、光と闇。

 すべての感覚が同時に押し寄せてきた。


 そして、心に何かが流れ込んできた。


 心が掻きむしられるような、冷たく辛い、痛み。

 そして憎しみ、怒り、絶望――。


 計り知れない悲しみと、寂しさ。


 ――これが……。


 ヨドミーなのか?


 そして、静寂が訪れた。


 ◇


 どれくらい時間が経ったのだろう。


 気がつくと白い空間にいた。


 ――俺は……。


 死んだのか?


 目を開いているのかいないのか。

 

 周囲には白い空間しか無い。


 これが、闇の中枢の内側なのだろうか。


 何もない。


 熱いのか寒いのか、眩しいのか暗いのかさえわからない。


 自分の身体の感覚も消えていた。臓の鼓動さえも感じられない。


 まるで死んだのと同じ。果てしない虚無(・・)

漂っているみたいだ。


 もう、ダメか。

 

 徐々に意識も薄れてくる。


 ――……ドー……

 

 だが、なにかか聞こえた。


 ――クドー……


 遠くから呼ぶ声だ。


 誰だ……?


 確かに呼ぶ声がした。薄れかけた意識を揺り動かす。声には聞き覚えがあった。


 ――ミーの命をあげるニー


 ミケ?


 間違いない、ネコ耳の少女、ミケだ。


 ――やっと、助けてもらった恩返しができるニー


 何を言っているんだ、ミケ?


 胸に暖かい光が差し、柔らかな炎が点火しような気がした。

 トクン……と、やがて鼓動に変わる。


 同時に、意識に何かが流れ込んできた。


 ずぶ濡れの少年が手を伸ばし、冷たい水の中から救ってくれる映像だ。

 暖かくて大きな手の感触がわかった。


 もう大丈夫。そう言った少年の顔を見てハッとする。


 それは、まだ幼い()だった。


 これはミケの記憶なのか?


「あ、あぁ……!」


 思い出した。子供のころ、河原で溺れかけていた子猫を助けた事を。


 遠い、昔の記憶で忘れかけていた。

 あれが……ミケだったのか。


 ミケはおそらく、向こう側の世界にいた。どういう経緯かはわからないが、転生しこの世界にやってきたのか。


 ――またいつか、抱きしめてほしいニー……


 ミケ……!


 ドクン――と鼓動が強く脈打った。


 血が流れ、全身の感覚が戻ってくる。


「う……!」


 身体の中で熱い鼓動が感じられる。手や足にだんだんと感覚が戻ってくる。


 手を動かすと、真っ白の空間に自分の手が見えた。

 確かに身体はまだ存在している。


 生きてる。


 いや、生かされた。

 俺はミケに命をもらったのだ。


 しびれる腕を動かし、胸にしがみついたまま動かなくなったミケの身体を抱きしめる。


 ぐったりとしたまま、息もしていない。

 小さな手が、するりと力なく垂れた。


「う……うぉあああああッ! ミケ! ミケ!?」


 いくら叫んでもミケは動かなかった。


 上半身を起こし、周囲を見回す。少し離れた位置に人影があった。倒れたままのキャミリアと黒髪の魔女だ。やはり二人ともピクリとも動かない。


 ミケの身体はまだ温かい。

 死んだと決まったわけじゃない。

 這いずるようにして、ミケをキャミリアの側にそっと横たえる。


 キャミリアも黒髪の魔女も、身体は傷ついていない。おそらくまだ魔法なら蘇生できるはずだ。


「ミケ、かならず助けてやるからな……!」


 俺にはやるべきことがある。


 今ここでやるべきことは一つだけだ。


 このクソのような状況を終わらせる!


 皆を、世界を救うんだ。


「ちきしょう!」


 怒りと叫びにまかせ、勢いで立ち上がる。

 白い空間に、確かな足場の感触が生まれていた。


 ニューナンブ・カスタムをホルダーから抜き、両手で握りしめる。

 鉄の感触が、頭を冴えさせる。


 最後の弾丸、特殊魔弾をリボルバーに詰めた。


「出てきやがれヨドミー!」


 声に呼応するかのように、真っ白な空間に濃淡が生まれた。


 濃厚なミルクのような白い世界に、歪みと陰が生まれた。


 まるで真っ白なシーツの向こう側から顔を押し付けたように、顔が浮かび上がった。

 境界は曖昧で、つねに動き安定しない。


「てめぇか……!」


 銃を水平に構える。


『……ダレ?』


「俺は王都警察の工藤巡査だ! このバケモンの親玉はお前か?」


『…………ワカラナイ……』


「とぼけるな! この狂った世界の主、ヨドミーなんだろう?」


 白い霧の濃淡がよりハッキリと変化する。

 まるでこちらの質問に、苦悶しているかのように歪む。


『ココハドコデ、ジブンガ、ナニカ……ワカラナイ』


「わからない?」


 じりっと、慎重に近づきながら特殊魔弾を込めた銃を向け続ける。両手で構え必中の構えをとる。


『ドウシテ……ドウシテ? クルシイ、ツライ……』


 そうか、こいつは――


「お前は何者でもない、虚無(・・)だ」


 ヨドミーとは魔法使いたちが便宜上名付けたものに過ぎない。『暗黒侵食領域(ダークボトム)』に巣食う怪物の正体、闇の中枢に潜むもの。

 それは虚無の空間そのものなのか。


『イタイ、サムイ、クルシイ……ホシイ……』


 苦しげな表情を歪ませながら、近づいてくる。


 あらゆる物や命を飲み込んで、膨れ上がった闇の領域。

 全てが混在となったシチューのような中枢は、炉心のように溶け、混ざりあい虚無と化している。

 世界を喰らうのは、自分が何かを知るためか。


「他人の命を飲み込んでも、世界をいくら食っても、お前は救われない!」


『タスケテ……タスケ……』


 巨大な口を開け、俺を飲み込もうとした、刹那。


 引き金を引いた。


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ