キャミリアの供述調書と、友達のベティ
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「――説得したところ素直に応じたため、任意同行……っと」
俺は交番の机で、書類にペンを走らせていた。
つい先刻、町の食堂で暴れていたところを確保した女勇者こと、キャミリアの身上調書の下書きだ。
本来なら器物破損に王都迷惑防止条例違反で罰金刑。留置所で一晩頭を冷やさせたいところだが、酔って寝てしまった。
そこで仕方なく交番の奥にある宿直室の布団の上に寝かせている。よほど酒を飲んだらしく完全に爆睡中。
頼むから大事な布団に吐かないでくれよ……と祈りつつペンを走らせる。
危険な剣は預かってロッカーの中だ。身につけていた全身を覆う金属製の鎧は、エルフの給仕アリルと冒険者の少女魔法使いのパーミアに頼んで外してもらった。
ちなみに冒険者ギルドを兼ねた『冒険者のキッチン・血の盃』で出会った魔具使いの少女パーミアは、紫がかった髪にそばかす顔の人間種。小生意気な娘で、ぶつくさ文句を言っていたが「勇者に顔を覚えられているから恩を売っておいて損はないぞ」と説得した。
何はともあれ、酔いどれ勇者が目覚める前に少しでも仕事は片付けておきたい。
非常に面倒なことこの上ないが、まずは取り調べの調書を書かねばならない。
書類を作る場合、普通はノートパソコンで作業するのだが、肝心なノートパソコンが使えない。
どうもこの異世界に、交番の備品もろとも召喚された際に、肝心の中身の複写に失敗したらしいのだ。
机の上にあるのは「ノートパソコンっぽい置物」に変わり果てていた。
液晶デイスプレイは固定された「絵」でしかなく、キーボードは凹凸のあるボタンに。当然電源も入らなければ、ネットワークだってつながらない。スカスカの箱だ。
ちなみに俺の私物であるスマートフォンも同じ有様だった。
21世紀の地球科学文明の結晶、高度な電子機器は全てダメだった。他にも電池、電卓、テレビも同じような「置物」に変わり果てていた。
おそらく、魔法の世界ではこれらに該当するものがなく、召喚というか転写の際に、再現できなかった、というのが尤もらしい理由だろうか。
これではスマホなんかの地球の最先端アイテムを使って無双、なんて出来っこない。
ならば現代知識でチート、と思ったが書棚の本も同様の有様だった。置いてあった和英辞典や広辞苑を開いてみると、読めない。なんとなく日本語っぽいが見たこともない文字に文字化けし、出来の悪いコピーのようにぼやけているからだ。
どうもこの世界の召喚というか、転写という魔法が「雑」な気がする。
別の言い方をすれば「熟れている」というべきか。つまり、異世界の人間が差し障りがないように。
いずれにせよ、魔法で成り立つこの世界へ「転写」された際、いろんな物が省略されたように思う。
けれど、腰に下げていた銃、リボルバー式のニューナンブだけはそのままだった。綺麗に使える状態で、これは鍛冶技術で再現可能、と判断されたのだろうか。
しかしそこでふと、疑問が湧く。
では、俺自身ははどうなんだ?
名前は、工藤純作、25歳。
生真面目でつまらない人、と彼女に振られてから10年。
クソ真面目一筋で、正義を愛し、勉学に励み、やがて警察官になった。
交番勤務でも真面目なお巡りさんと、地域住民に親しまれ……ていたはずだが?
「あーくそ、疲れた」
帽子を脱いで、ハンガーに投げ掛ける。ペンを置いてネクタイを緩め、椅子の背もたれで、うんっ……と背伸びをする。
今の俺はどことなく、適当というか、力が抜けたと言うか。
いい意味でラフになった気がする。
まぁ、なるようになるさ。
「………う、む……?」
奥の部屋で動く気配がした。どうやら女勇者、キャミリアが目覚めたらしい。
椅子から立ち上がり奥の部屋へ様子を見に行く。
午後の光の差し込む八畳敷の部屋。
空中を塵が妖精のようにチリチリと光りながら泳いでいる。
壁際のタンスにテレビ(ただし置物)、冷蔵庫(ただの箱)、それに読めなくなった雑誌や、未開封のカップラーメンがダンボールで積まれている雑然とした宿直室の中央。
煎餅布団を更に押しつぶした大柄な女性が、ちょこんと「女の子座り」をして空中をぼーっと眺めていた。
「よぅ、目が覚めたか?」
「…………はい……」
ずいぶんとこれはまた、しおらしい。
暴れていた狂戦士の面影は微塵もない。
振り乱していた銀髪は解かれ、胸部装甲を外し忘れたかと思わせる大きな胸に沿って、曲線を描いている。肩甲骨の下あたりまで、やや癖のある髪が覆い隠している。
薄手のシャツとスカート状の衣服だけで、目のやり場に困るが、女性らしさと言うよりはアスリート的な筋肉の集合体だと思えばどうということはない。
顔つきは精悍で、決して美人ではないが流石は勇者と思わせる凄みがある。
二重まぶたの奥の瞳は青く、鼻筋も通っている。
「食堂で暴れた訳は、もう話さなくていい。自分がやったこと覚えているか?」
「……バカなことした。誰も……話を聞いてくれなくて。……笑われて……つい」
カッとなって、か。
「まずは店に謝って、全額弁償だぞ。店に訴えられたら、裁判になって、最悪魔法刑務所いきだからな」
「……すみません、ごめんなさい……」
きつく叱ると、キャミリアは布団を掴みながら、後悔の涙を流している。
口下手で感情を制御できないタイプなのか。いろいろ苦労しそうだな。
俺は近くにあったペットボトル入りの水を差し出した。瞳を一度瞬かせて戸惑う表情を見せたので、気がついてキャップを回し手渡す。
「水だ。中身は……大丈夫」
流石に水とカップラーメンは転写されていた。
ごくごくと飲み干して、ペットボトルの感触を不思議そうに眺めるキャミリア。
「……友人を助けたい、そう頼んだのだろう?」
女勇者は、『冒険者のキッチン・血の盃』でそう言った。呪われた魔女の森で大切な友人と離れ離れになってしまった、と。
救援のためにパーティを募ろうにも、誰も取り合ってくれなかった。
「……うん。でも、もういい」
「よくないだろ。友達だろ。助けに行きたいんじゃないのか?」
俺の言葉にキャミリアは唇を噛んで、拳を握りしめた。
「……だが、だめなんだ」
「いいから特徴を教えてくれ。その、ベティさんとやらの」
どうせ、調書にも書かなきゃならない。書類さえ通ればあとは行方不明者捜索として、王都警察経由で冒険者ギルドに対して、クエストを依頼することも出来るだろう。
「……べ、ベティは、可愛い……」
「女の子か?」
頷く女勇者。
恐ろしい魔物の徘徊する森で、女の子を見失った。最悪の嫌な予感しかしない。
「……ふわふあっとして、甘えん坊で……私、いないと……眠れない」
「そういう甘々のシュガー生活はいいから、特徴を教えてくれ」
「……茶色の髪で、尻尾が長くて……瞳は」
「ちょいまち。今、尻尾って言ったか?」
「……尻尾あるよ……」
小首をかしげる女勇者。
「あるんかい」
まさか。
「……あと、耳がピンとしてて……可愛い!」
思い出したのか、頬に朱になる。
「犬……とか言うんじゃないだろうな?」
「……犬、違う! ベティは……地獄犬種族、ケルベロス」
「う、ううむ?」
流石に俺は頭を抱えそうになった。
ケルベロスって頭が三つある「地獄の番犬」とかいうアレだよな。
「……ベティ強い。きっと、生きてる」
「生きてるかもしれんが、むしろ討伐される対象なんじゃ……?」
「……ベティいい子、噛んだりしない。……甘噛みはするけど……」
「ケルベロスの甘噛みなんて怖すぎるが」
というか三首の犬、ケルベロスが魔女の森にいたら違和感無さすぎる。今頃はすっかり馴染んで魔物たちと仲良く暮らしているんじゃないか。
「……ずっと一緒。大事な、友達……」
「すごい友達がいるんだね」
こくっと頷く。
流石は勇者というか、なんというか。やや風変わりな娘のようだ。
「……助けたい。鎧も武器も売って、店の弁償もする、罪も償う……だから」
ずいっ、ずいっと畳の上を四つん這いになってキャミリアが迫ってくる。宿直室の壁際に追い詰められ、野獣に襲われるような錯覚に陥る。ていうか胸の谷間が凄くて思わず目をそらす俺。この年になってチェリーすぎる。
「……ベティを助けたい……おねがい」
「わかった、わかった!」
その後、口下手な女勇者の願いを、俺は調書に切々としたためた。
<つづく>