決戦前夜、集う者たち
◇
気がつけば『反攻作戦』の決行日は明日に迫っていた。
外はすでに夕闇に包まれている。作戦は日の出とともに開始される。
俺は今、出発の準備に大わらわだ。
戻ってこれるのかもわらない賭けだが、行くしかない。
いろいろな不安や心配はある。だが、一番困ったのは「数日間の出張」という名目で交番が不在となることだ。
しかしその点は今日になってフォローがあった。
急遽、地元の自治会で組織した「自警組織」に任せることになったのだ。冒険者ギルドからも人材を借りて、治安維持のための見回りをしてくれるのだという。
裏で手を回してくれたのは王政府と王都警察だ。
留守を預かってくれる自警組織のリーダー、乾物屋のオヤジに礼を言う。
「ミケを頼みます……交番も」
ミケも当然、留守番だ。
ニーニーと寂しそうに泣いていたが、危険な現場に連れて行くわけにはいかない。
必ず戻ってくるから、といって猫耳を撫でたが、交番の奥に泣きながら引っ込んでしまった。
「任せときなって純さんよ。困った時はお互い様だぜ? それと……バッチリ、ハネムーン楽しんで来な」
俺の肩を叩き、片目をつぶる乾物屋のオヤジ。その視線の先には完全武装のキャミリアがいた。何か猛烈に勘違いされているらしい。
「はっ!? そういうんじゃ無いって!」
「いいからいいから!」
「私は準備完了です。ジュンさん」
「お、おぅ!?」
キャミリアは長い銀髪を一つに結い、頭には額を守るヘルムを装着していた。
交番のロッカーに仕舞い込んでいた私物のフルアーマータイプの甲冑を纏い、背中には両手持ちのバスタードソードを装備。それは対魔法戦闘が可能な魔法剣らしい。
左右の腰には予備兵装としてショートソードを二本。肘や肩を守るアーマー部分のホルダーには更に、近接戦闘用のコンバットナイフを何本か着けている。まさに最終決戦に挑む装備だ。これが本来の女勇者キャミリアか。
これの何処がハネムーンに見えるんだ?
「完全に殴り込みのフル装備だな……」
「当然です。ジュンさんから事情を聞いた以上、見送る側にはいられません」
これほどまでに頼もしいとは思わなかった。
いつもの仕事に不慣れなメイドから一転、凛々しい表情で唇を結んでいる。
王都警察から許可を得て、キャミリアには事情を説明した。
王都郊外で魔物狩りや、魔王と呼ばれるテロ組織を相手に戦ってきた彼女は、『ヨドミー』と全てを消滅させる闇について理解してくれた。
そのうえで自ら危険な旅への協力を申し出てくれたのだ。
胸にはお守りの『結界晶石』が輝いている。
「キャミリアが一緒で頼もしいよ」
「嬉しい……」
乙女のようにほほを染めるキャミリア。
「何で照れるんだ」
「そ、そういうジュンさんも凛々しい出で立ちですね」
「あ、あぁ? これは警察の暴動鎮圧用だがな」
交番にある装備をかき集めたものだ。防刃ジャケットに機動隊用のヘルメット。手足にはプロテクターを各種装備。左手で『POLICE』と書かれた透明な盾を構える。
ポリカーボネートシールドは、透明で軽い素材の盾だ。キャミリアにとっては衝撃的なほどに珍しいらしく、ずいぶんと驚いていた。
軽くて丈夫、銃弾も刃物も防ぐ。確かに21世紀の科学が生んだ夢のチートアイテムだ。
そして――愛用のニューナンブ改。
腰のホルダーから取り出して、弾倉を一度回してからカチャリと閉じる。
中には対魔法徹甲弾を装填している。
肩からぶら下げた弾帯は、西部劇に使われるようなデザインだ。急ごしらえだが革細工職人に作ってもらったものだ。
予備の対魔法徹甲弾が25発。通常のフルメタルジャケット弾、つまり鉛の弾丸が5発。計30発ほどを予備として所持している。
胸ポケットには最終兵器、対『ヨドミー』の切り札の特殊弾5発を忍ばせた。
敵の姿をこの目で拝んだところで、至近弾をブチこんでやる。
「おいで!」
キャミリアが口笛を吹き鳴らした。
『ギャルゥゥウ!』
ドドッ……! とフルサイズ化した巨大なケルベロスが駆け寄ってきて、寄り添う。
交番前で巨大化するとその威容が際立った。
巨大化したケルベロスのベティの姿に、おぉ……! とざわめきが起こる。
背中には乗馬と同じ、鞍と鐙が装備され、水と簡易食料を詰めたバックもくくりつけてある。
「なんだかすげぇ新婚旅行だなぁ」
「色んな意味で激しそうだ……」
野次馬からいろいろな声が聞こえるが、まぁいい。
引きつった笑顔で、交番で見送ってくれる皆に手を振る。
ミケは泣いて交番の中に入ってしまったが……、しばらくの辛抱だからいい子にしていてくれよ。
住み込みのメイド姿を返上、パートタイム勇者のキャミリアと、そして親友のケルベロス。そして俺。
ヨドミー討伐の、最深部への突撃パーティの結成だ。
「じゃぁ出発だ!」
「はいっ!」
『ガルルル……!』
ケルベロスは俺とキャミリアを背負うと、颯爽と走り出した。王都の往来を風のように駆け抜けると、やがて集合地点である北の門へとたどり着いた。
◇
そこでは十数人の魔法使いの一団が『転移魔法』を準備して待っていた。
周囲は衛兵によって封鎖され、一般人は近づけないように規制線が張られていた。
地面には青白く輝く、直径10メートルほどの魔法円が揺らいでいる。
「準備は良いかな? 工藤巡査とそのお仲間たち」
「あぁ」
道化じみてはいるが王国最強の魔法使い、アイザック・オールドトーン・ギュギュリオス卿だ。
世界を喰らう怪物である『ヨドミー』を倒す。
その目的は一致した。
滅ぼされる前に、最後の足掻きをする腹積もりだ。
だが『ヨドミー』は全てを分解し、取り込んでしまう『暗黒侵食領域』という闇の底に潜んでいる。
真実を知り、対抗手段である『特殊な弾丸』を手に入れたものの、化物の巣に飛び込んだ途端、バラバラになってしまう。
一体、そこまでどうやってたどり着くのか――。
それには、魔法使いたちが知恵を絞り研究を重ね、対策を練っていた。秘密は『結界晶石』にあった。
改良型の結界晶石を身につけることで、『暗黒侵食領域』内に突入しても、一定時間は侵食を抑えられるのだという。
だが、効果が失われれば身体は黒く染まり、バラバラになる。
ゾッとする話だが、その前に黒幕である怪物『ヨドミー』を見つけ出し、特殊な弾丸をブチこんで倒すしか無い。
まずは転移した先で『暗黒侵食領域』の最前線に接触。
あとは魔法使いのの一団が大勢で結界晶石の効果を何倍にも高め、『暗黒侵食領域』に対して、トンネルのように穴を掘削する作戦らしい。
「その中を、俺が進むのか?」
「そうなるね。健闘を祈るよ。君の双肩に人類の未来はかかっているんだ」
「気軽に言うな、災厄を生んだ張本人が」
「手厳しいねぇ……」
アイザック・オールドトーン・ギュギュリオス卿は、万事この調子だ。
いちいち腹を立てても仕方ないし、全てが終わったら国家転覆罪でとっ捕まえてやる。
今はまず、人類の一大反攻作戦を成功させることが先決だ。
未来を掴まねば何も残らないのだから。
「観測班からの報告によれば、『暗黒侵食領域』の侵食領域は、王都の北方に広がる森、通称『闇の森』のさらに北、山脈を超えたあたりにまで迫っている」
それは『闇森の魔女』が見せてくれた映像と一致する。
「山脈の麓を東西に流れるルビキョン川、そこを絶対阻止線と設定する」
王都からは迫る闇の塊が見えないように、視界を遮る魔法を展開しているらしい。
パニックを恐れた王政府が、この期に及んでもまだ国民に危機が迫っていることを知らせる事を躊躇っているのだ。
王都警察も裏で密かに手を組んで、情報統制に協力し対策をしているらしい。
いろいろと腹立たしくもどかしい。大人の裏事情はあるのだろうが、交番勤務の警官に、組織の闇を暴く力など無い。
だが、全てが終わったら話は別だ。今回の危機を招いた張本人であるギュギュリオス卿はもちろん、隠蔽に手を貸した関係者全員を告発し、民衆の前で土下座謝罪させてやりたい。
だが、今はまずは化け物退治が最優先。
内輪揉めは未来を手繰り寄せてからすればいい。
「俺が失敗したらどうなる?」
「誰も助からないね。我々はここで全滅。ま、その時はどの道みんな消えちゃうから。あ……でも僕と数人ぐらいは、キミのいた世界に逃げちゃおうっかなぁ」
「絶対に倒す!」
「その意気息だよ、工藤巡査」
ギュギュリオス卿は何処までも軽い調子だが、段々馴れてきた。下手に腹を立てたりして、胃が痛くなったところで、事態は好転してはくれないのだから。
元凶である『白銀翼の家族達』の残存が数人、それに純粋に王国を救いたいと願う魔法使いギルドからの有志があわせて二十数人。
彼らと共に魔法円をくぐり『暗黒侵食領域』が迫る最前線へと跳躍する。
いよいよ魔法円に入り転移を待つ段階になった時だった。規制線を乗り越えて数名の警官たちが近づいてきた。
「おおっと、俺達を忘れてもらっちゃぁ困るぜ」
「そうね。工藤巡査だけに任せられないわ」
王都警察、特殊捜査第一係。ゴスペラルド刑事、それに相棒のエルフの女刑事、アイルズ・レイハール。
「工藤巡査殿! ミズクサイでゴザル!」
着物姿で「ちょんまげ」頭の岡っ引き、ジェニーガータ・ヘイリーもいる。
「なっ、なにぃ……お前たちは!」
「パーティらしいじゃねぇか。誘ってくれよジュン」
チューインガムをくちゃくちゃしているのは中国の人民警察風、金髪のニューヨーク・マッテンロー。
「魔導ショットガンを撃ち放題と聞いてな、参加させてもらうぜぇ!」
ショットガンで肩をトントンとしながら、サングラスを外す。蝶ネクタイがトレードマーク、白人警官のアケチ。
「おいどんも、供にいくでごわす」
寡黙で西郷隆盛のような見た目の料理自慢の警官、カイバラ。
「お、お前たちまで……!?」
「王都警察、戦える者には全て声をかけました。ナンバーズ揃い踏みというわけですよ、フフフ」
ギュギュリオス卿は、役者は揃ったとばかりに両手を掲げた。すると地面に描かれていた魔法円が、まばゆい光を放ち、周囲を包み込んだ。
<つづく>




