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事件簿7:暗黒侵食領域(ダークボトム) 後編


 世界を喰らい尽くそうとする闇――。

 『暗黒侵食領域(ダークボトム)』の真実が明かされてゆく。


「あれは君のような完全体になれなかった者、失敗作たちの『成れの果て』さ」

「なん……だと?」


 端正な顔の魔法使いはニィッと口元を歪める。

 豪奢(ごうしゃ)な装飾で満たされた室内から、温度と色が失せてゆく。すべてが偽りで、ひどく空虚なものに思えた。


「完成体を得るまでは失敗と試行錯誤の連続でね。幾度も失敗を重ねながらも我々は諦めることなく、魔導の探求をし続けた……! 完全な召喚が出来るようになったのは、つい最近さ。あぁ……! わが栄光のファーデンブリア王国を代表する魔法使いとして、これほどの達成感、そして喜びは味わったことがなかった!」


 アイザック・オールドトーン・ギュギュリオス卿の口調は次第に熱と狂気を帯びはじめた。大げさに身振り手振りを交えながら、語り続ける。


「召喚に成功したおかげで、俺はこうしていられるってわけか? ありがたい話だ。だが失敗した連中は……元々人間だったんだよな? どうなったんだ?」


 こみ上げてくるのはやり場のない怒り、困惑。

 あまりにも非人道的、狂気の実験を繰り返していたのだ。

 たとえそれが俺と同じオリジナルから模写された複製人間だとしても、彼らにも痛みや苦しみの感覚はあったはずだ。

 怒りを爆発させて殴りかかれたらどんなに楽だろう。

 だが、そんなことをしても何の解決にもならない。

 

 爪が掌に食い込むほど強く握りしめて、耐える。


 自分がやるべきこと、知るべきことのために。鎮圧すべき闇の正体を知らなければならないのだから。


「初期の召喚実験は散々で酷いものだったよ……。怨霊として召喚されたり、グチャグチャの不定形な肉塊として召喚されたり……。姿かたちは良くても中身がスッカラカンのヤツもいたね。それはそれで……面白かったけれど」


 ギュギュリオス卿はさも愉しそうに含み笑いを浮かべ、汚物をみるような(さげす)んだ視線を向けて首を横に振る。


 ……狂ってる。


 すでに怒りを通り越し呆れるばかりだ。こんなヤツが最高の魔法使いとしてのさばっているのなら、遅かれ早かれ国が滅んでもおかしくはない。


「あぁ、もちろん彼らはすぐに破棄(・・)したよ。綺麗にね。けれど……誤算はそこからさ」

「誤算?」


「やがて彼らの残留思念(・・・・)は生者への恨み、存在への憧憬と渇望。そんなものを抱えたまま、深く静かに闇の底に沈殿したんだねぇ。そこは時空に生じた亀裂、繰り返された魔法の儀式により生じた次元の狭間だったわけさ」


 大げさに頭を抱えて悲劇を(かた)る。かなり(かん)に障るが、大人しく聞くより他はない。


「……なるほど。それで?」


(よど)みとして凝り固まった思念と魔力の集合体……! そんなふうに腐って腐敗した苗床から生まれたモノこそが……、我らが『ヨドミー』とよぶ怪物の正体さ! そいつが食い荒らした空間が、あの『暗黒侵食領域(ダークボトム)』と呼ばれる領域なんだよ」


 説明は以上。

 と言わんばかりにギュギュリオス卿は両手を天井に向けて、肩をすくめる。


 正義とは何か悪とは何か。そんな普遍的な疑問が沸々と湧き上がってくる。


 いったい自分は今まで、何のために街を守っていたのか。叫びたくなる衝動を抑えつつ、必死で次の言葉を探す。


「ヨドミー、それが本体の名か」


「そう! 何事にも名前を付けなければ始まらない。これは一種の呪詛(じゅそ)だよ」


「呪詛?」


「人間は太古の昔から、得体の知れない存在、不安を生む心の闇、夜に蠢く見えざるモノ。そこに何かしらが存在すると考えた。悪魔や病魔、妖鬼だの、もっともらしい名前をつけることで、人々は納得し現実世界という次元に縛りつけたんだ」


「……言っていることがわからないが」


「つまり、名前をつけてこそ対処できるんだよ! 得たいの知れない存在に名前がつけば、次は設定が必要だ。人間は考える。その怪物は何が弱点で、どうすれば倒せるのか……と。人類はそれを繰り返し発展してきた。闇を照らす炎を生み出し、病気を治す魔法や薬を作り、人を襲う魔物を倒す術を編み出した!」


「……なんとなくわかった」


 一息に喋り終えた魔法使いは、ゆっくりと背筋を伸ばし、白く無表情な顔を俺に向けた。


「怪物の名は『ヨドミー』、潜む巣穴は『暗黒侵食領域(ダークボトム)』。ほら、なんとなく得体が知れて、対処できる気がしてきただろう?」


 狂気に満ちた魔法使いの瞳の奥に、鋭い知性の光が宿る。


「なるほど、そういうことか」


「わかってくれたかい!?」

 天才と狂気は紙一重とはよく言ったものだ。俺の反応に満足したのかニコニコと上機嫌だ。


 だが、言っていることは、なんとなくだが理解出来た気がしないでもない。


「えぇと………つまり名前を付けて、彼らに存在理由(・・・・)を与え、この世界に固定化することが、つまり中和(・・)という事か?」


 捻り出しながら口にした言葉は、自分でも受け入れられるギリギリの理屈だった。


「おおっ……! 君はやはり優秀だね! 一体ぜんたい、君のいた世界はどれほどの情報に満ち溢れていたんだい!? 豊富なる知見、頭の回転の良さ、アイデアの閃き。それらは膨大な教養なくしては決して生まれない……! 何年間勉強したんだい? 5年? それとも10年? 子供の頃から勉強をしたのかい? いやぁ……実に興味深いね」


「義務教育だけで9年、高等学校が3年、大学で4年」


「フアッ!? 君のいた国は狂ってるのか!? 子供どころか大人を過ぎてまで、勉強しつづけたってのか! ハハ、魔法使いでも5年学べばなれるんだよ?」


 目をひん剥いて、両頬をパチンと叩きながら、恐怖におののく仕草をする魔法使い。


「嫌なら行かないほうがいい」


 そう言えば一部の人間だけで21世紀の地球に脱出するといっていた。


「そうだった。此方の世界がいよいよダメになったら、工藤くんの世界にお引越し……って考えていたんだけどね。移住しても、いいかなぁ?」


 ニタッと下卑た笑み。これぞまさに侵略者の顔だ。


「俺と同じスペックかそれ以上の能力を持つ警察官が全国におよそ30万人。陸海空、最先端の装備で武装した自衛隊も同じぐらいいるぜ。それで

も行くなら止めないが」

 日本国を甘く見るなよ。お前らなんか全員不法入国で逮捕されちまえ。


「…………冗談だろう?」

「冗談なもんか。向こう側の世界には似たような国が更にゴロゴロあるぞ」

 何なら米軍でも紹介してやろうか。


「移住計画は無しにしようかな……ハハハ」


「そうしてくれ。俺はこの世界を終わらせない」


 狂気の天才魔法使いを静かに睨みつける。


 あと一つ、知りたいのは対抗するための具体的な手段だけだ。


(ヨドミー)は強い。決戦を挑んだ王国軍も、虎の子の魔法兵団も、ほぼ壊滅寸前まで食い尽くされた」

「な……!?」


「僕ら『白銀翼(シルヴァニール)家族達(ファミリアス)』も奮闘したがほぼ半壊の有様でね……。まともにやりあえば、君も無事では済まない」


 衝撃的な情報だった。ほとんど王国の戦力が機能していないということか。だからこそ王都警察が頼りだったのか。


「構わん。手段があるのなら、俺に出来る何か策があるのなら、やってやる」


 強く迷いなく言う。自分に誓う。必ず倒すと。


 だれも悲しませない。

 キャミリアもミケも。ここに導いてくれた魔女と、彼女を慕う森の連中さえも。


「良いね……! 工藤くんのもつ確固たる正義への信念! 実に敬服に値するよ。その揺るがぬ決意、確かに感じ取った……! ならば敬意を表して……これが使えるかもしれない」


 パチパチパチ! と高速で手を打ち鳴らしながら、一回転。

 いちいち腹立たしい動きをする道化のような魔法使いだが、次の瞬間。


 空中に魔法円が幾つも浮かび上がり、その中心部から光とともに幾つもの金属の塊が生じはじめる。


「これは……!?」


「君の世界の言葉を借りるなら『特殊な弾丸』だよ。これを錬成するのに1年もかかったけれど、今この瞬間に完成できた」


 ジャラッ……と空中から数発(・・)の弾丸を掴み取ると、俺に手をのばすように顎をしゃくる。


「君の決意、つまり思念波(・・・)を弾丸にリンクして再構築した」


 手を伸ばすと、まだ熱を帯びた銀色の弾丸が5発、掌に落ちた。表面には幾重にも不思議な魔法円が細かく描かれている。


「弾丸で倒せるのか?」


「ただの弾丸じゃない。対ヨドミー用特殊弾、アンチ・ヨドミーバレット」


「何のひねりも無いな……」


 大丈夫なのか?


「ただの弾丸じゃないと言っただろう? (もっと)も、効果を発揮するには君のここ……頭脳と想像力(・・・)が必要だがね」


 アイザック・オールドトーン・ギュギュリオス卿は、俺に顔を近づけて、トントン……と自分のこめかみをつついて見せた。


「想像力?」


「そう。相手を理解しようとする心、揺るがぬ決意、そして強い信念。それこそがヨドミーに対する最大の武器になる」


 ニヤリと笑うとローブを翻し、指を打ち鳴らすと「工藤巡査がお帰りだ」とドアの向うに告げる。


「いつ行けばいい?」


「三日後。二つの月と太陽の位置により、ヨドミーの動きが鈍る。我ら『白銀翼(シルヴァニール)家族達(ファミリアス)』と魔法使いギルド、全ての残存戦力で突破口を開く……!」


<つづく>


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