守りたいもの
◇
「――ぅ、おうっ……!?」
ガクン……! と意識が乱暴にに同調する。
まるで寝ているところを、地面に叩きつけられたような感覚だった。
「だいじょうぶですか、ジュンさん!?」
「いきなりフラついたニー?」
意識を引き戻し、慌てて周囲を見回すと交番の前だった。
いつもの見慣れた往来は、夕刻前ということもあり行き交う人々も多い。ドワーフの親方とゴブリンの職人たちが談笑しながら、帰り支度を始めている。その横を乗り合い馬車がゴトゴトと通り過ぎてゆく。
どうやら目眩を感じ、急にフラついてしまったらしい。キャミリアとミケが両側から俺の背中に手を添えて、覗き込んでいる。
「すまん、大丈夫だ……」
「何か腐った物でも食べました?」
「拾い食いはダメですニー」
「なんでその発想が最初にくるんだよ……」
頭を整理する。今は先刻の「食い逃げ」事件現場からの帰り道だ。もちろん裏路地の食堂では、何も食っちゃいない。
腕を支えられて姿勢を正す。警察官が公道でよろけるなどあってはならないのだ。
「顔色が悪いのでてっきり」
「くんくん……なんだかお料理の匂いがするニー?」
「……どこかに別邸でもあるんですか?」
くんくんと匂いを嗅ぐミケに、ジト目で俺を見るキャミリア。
「ばっ!? たった今、食い逃げ犯を追って裏路地の食堂に行ってきたからだろうが! 何も食っとらんわ。ていうか別邸てなんだよ」
「そうですか」
「そうなのかニー」
お前らは嫁と年頃の娘か。
心の中でツッこみを入れる。あくまでも住み込みメイドと、預かっているだけの可哀想な捨て子なのだが。
いや……でも、はた目にはもう家族みたいなもんだよな。俺たちのやり取りを見ていた近所のおばちゃんが、「あらまぁ仲がいいわねぇ」とニコニコしながら通りすぎてゆく。いかん、誤解されとるじゃないか。
「とにかく心配はいらないよ。さぁ交番に入ろう」
「はい」
「そうだニー」
けれど、さっきはまるで白昼夢でも見ていたかのように、急に視界がぼやけフワフワした感じだった。
ふと、頭の中にいろいろな情報が詰め込まれていることに気がついた。
頭の中で体験した二つの記憶が混在している。
「ん……んんん?」
首をかしげつつ、番犬代わりのケルベロスのベティの頭を三つ順番に撫で、交番の入り口をくぐる。
味気ない事務机のビニール張りの椅子に腰掛けつつ、ここまでの記憶を辿る。
まず、食い逃げの犯人は例の魔族の姉弟だった。
名前はマックとアイピ。美味しくタダ飯を食って、そして逃亡した。
俺はしばらく周囲を捜索したが二人を見つけられず、諦めて交番へと帰ってきた。
そこでキャミリアとミケが出迎えてくれて……いやいや、まて。
頭の中にある記憶はそれだけじゃない。
「ああああっ!? そうだ……!」
ガタン……! と椅子から腰を浮かせ思わず叫ぶ。
「ど、どうなさいました?」
「やっぱり変だニー」
顔を見合わせる二人。そうだ、思い出した。
今さっき体験したばかりの、もう一つのことを。
俺は……魔女――つまり『闇森の魔女』に会ったのだ。
魔族の姉弟、アイピとマックと共に魔女の住む館へと招かれた。そこで世界の抱える秘密と、真実を聞かされた。
この世界は滅亡の危機に瀕している――。
世界を喰らい尽くす闇、『暗黒侵食領域』が広がりつつある。
ほとんどの人間はその真実を知らない。
王政府や魔法使いたちも対策を考えてはいるが、打つ手が無いのが現状だという。
「そうだ……」
だが、一部の選ばれた人間だけが、滅びゆく世界から脱出しようと画策している。
――『ラグナ・エクソダス計画』。
その計画の「鍵」こそが俺なのだ。
21世紀の地球は、ここから見れば異なる科学文明が栄華を極めていた。そんな異世界で暮らしていたオリジナルたる工藤純作。俺は『魔導量子鏡像召喚』という特殊な方法で、複製として生み出された。
実行したのは王国のエリート魔法使い、『白銀翼の家族達』という連中だ。
闇の森で暮らす魔女も、秘密裏に力を貸していたという事実には驚いた。だが、忌むべき存在と蔑まれる彼女にも動機があった。
森で暮らし王国では民として認められない者たち。亜人や魔族たちを救うために、魔女は計画に協力していたというのだ。
俺は都合よく作り出された。その挙げ句、一部の連中が異世界に逃げ出すための鍵として、利用されようとしている。そんな真実に愕然とした。
世界が暗闇に呑み込まれ、すべてが消え去ってしまうなんてまっぴらごめんだ。
更には誰かに都合よく使われるのも腹立たしい。
しかし、ひとつだけ世界を救う方法もある、と魔女は言った。
『――方法はある。それは『暗黒侵食領域』の震源地、つまり中心核を破壊すること』
そんな事が出来るのか?
『闇に飲み込まれ消えた向こう側、観測できない「事象の境界面」に渡り、内側から中和することで可能でしょう。魔導物理学における理論上は……ですが』
中和、つまり何かをぶつけて消滅させる事ができるかもしれないという。
そこまで聞けば、だいたいの察しはつく。
……あぁ、そういうことか。
『世界を救う鍵。異世界へ跳躍する道標となりえる存在。それほどの特異点である工藤さん。貴方ならば、中和できるかもしれない』
静かに魔女は見つめながら告げた。
――つまり、俺か。
全てを飲み込む『暗黒侵食領域』が生まれた原因。
まずはその秘密を暴く必要があるという。
事情を知っているのは『白銀翼の家族達』の一人、王国最高の魔法使いとの誉れ高い、アイザック・オールドトーン・ギュギュリオス。
秘密裏に進められる脱出計画の中心的人物である……とも。
俺は全てを知るその人物に直接会って、話をせねばならない。
行動を起こす前に、別の可能性、何か道が開けるかもしれないと。
魔女は、世界の希望を俺に託したのだ。
「なんてこった……」
少なくとも、何らかの意図があったにせよ、仕組まれていたにせよ俺は、今の暮らしが気に入っている。
この街も、暮らしている連中も好きだ。定食屋のエルフの看板娘も、染物屋のバァさんも。同僚たちも皆いいやつばかりだ。
そして、キャミリアとミケも、好きだ。
「ジュン……さん?」
「どうしたニー?」
心配そうに近づいてきた二人の手をにぎる。キャミリアの大きくて包み込むようだ。ミケのは小さくて柔らかい。
少なくともこの温もりと命を、俺は守らねばならない。
――世界を救うんだ。
ガラにもなく、決意を新たにする。
自分の存在理由、そして秘密の計画のことも、ぜんぶひっくるめて救ってやる。
世界を、消されてなるものか。
「俺はやるべきことが出来た」
一瞬、驚いたような顔をした二人だったが、すぐさま何かを察してくれたようだった。
柔らかい眼差しとともに、手を握り返してくれた。
「それは、ジュンさんにしか出来ないことなのですね?」
「なら、応援するニー」
世界を救わなきゃならない。
なんて、恥ずかしくて今は口に出せない。
なんとかなるさ。それに二人を危険な目にはあわせられない。
「何処かに行ってしまうのですか……?」
「そんなの……嫌だニー」
「心配ないさ。なんとかなる。そのうち少しだけ留守番をたのむ事はあるかもしれないが……。必ず戻ってくるから」
「ジュンさん……」
「夕飯までには戻ってくるニー?」
「あぁ、もちろんだとも。とりあえず今日は何処にも行かない。みんなでメシを食おう!」
「はい!」
「手伝うニー!」
<つづく>




