事件簿6:闇森の魔女編4
「この世界から、選ばれし者だけを脱出させる?」
移住先は『21世紀の地球』だという。
おまけに、異世界への『希望の鍵』として生成されたのが俺ときた。
「そう。それこそが『ラグナ・エクソダス計画』。神々の黄昏から逃れるための脱出計画。とはいえ、逃げ出せるのは限られたごく一部だけ」
魔女の真剣な言葉には、真実を語る者のみが持つ重さが感じられた。数々の取り調べや事情聴取を経験してきたからこその、勘に過ぎないが。
証拠とは呼べないが、彼女が語った内容についてもそうだ。王国が誇る魔法使い集団、『白銀翼の家族達』の関係者でなければ知りえない情報ばかりなのだから。
確かによく出来た話だ。
あまりにも壮大で、俄には信じがたい。
正直、突然こんなところに連れてこられ、多くの情報を強制的に与えられ、頭がついていかない。
判断力を低下させるために大量の情報を与えるのは、一種の洗脳なのかもしれない。
平常な状況から隔離し、特別な状況下を作り出し危機感を煽る。そこで危害を加えるわけでもない。紳士的に接して懐柔する。信頼させるために重要な情報を開示する。無論、真実と虚構を織り交ぜている可能性もある。
すぐに「ハイそうですか」と信じられるはずもないし、信じたくもない。
だが……。魔女から情報を出来るだけ引き出し、生きて帰ってから真贋を見極めても遅くはない。
頭だけをフル回転させて、ひたすら情報を咀嚼して理解する事だけに集中する。
「ちょっ……とまってくれ。質問だ」
俺は静かに右手を上げて、発言のの機先を制した。
「どうぞ」
黒髪の魔女は小さく顎を動かす。
何もかも見透かすかのような眼差しを向け、一挙手一投足に至るまで俺を観察しているのがわかる。心情の変化、考えていることを見ぬこうとしているのだろうか。
面白い。こちらとて警官だ。尋問や取り調べで人間とのやり取りには馴れている。
混乱を通り越し、一周回って頭が冴えてきた。
「話を整理すると、この世界が『暗黒侵食領域』とやらに呑み込まれて消えてしまう。だから脱出を画策している。ここまではいいか?」
「そうね」
「俺に真実を教えるメリットは?」
「貴方が『希望の鍵』であるという真実。それを教える代わりに、私達を含む世界すべてを救って欲しいの」
「いきなり大きく出たな………」
直球高めのストレートだ。
「何も知らされずに都合よく利用され、一部の選ばれた人間を逃がすために働かされている。それよりは工藤さんにとって良い取引のはずよ」
「なるほど……。正直だな」
「魔女は嘘をつかないわ」
意外なセリフにも思えるが「魔女は嘘をつかない」というのは、この世界の皮肉めいた格言のようなものだ。
「世界が消滅するまでの時間は?」
「正確にはわからない。そんなに遠くない未来。けれど明日明後日、というわけでもないわ」
「それを聞いて安心した。対策を講じる時間はあるんだな?」
「少なくとも危機が発覚してから3年間。王政府はひたすら対策を考えては、あれこれ試してきた。どれも効果を見いだせていない。ひたすら事実を隠蔽し、人々の目から逸しているけれどね」
まぁ理解できる対応だ。下手に情報を開示してパニックになっても治安維持をする側としては困る。
「ちなみに対策とは……?」
「火で攻撃してみたり、魔法で封じようと試みたり。全て無駄だったようだけど」
「だが、諸外国からの大使も来ているし交易は今も続いている。世界が消えつつあるって話と矛盾しちゃいないか?」
俺は王都警察の本部、つまりファーデンブリア王国、王都グランストリアージの王宮で諸外国から来た使節団を見た。
「先ほど工藤さんにお見せした映像は、この家の北側の山脈を越えたエリアよ。世界全てが呑み込まれたなんて一言もいっていないわ」
「そ、そうか」
「3年前、世界の数カ所で同時多発的に、まるで虫食い穴のような領域が広がり始めた。けれど、南側と西側は今のところ無事。一番危機感をもっているのは、北の『闇の森』で暮らす私達」
気が付くと教会の窓の外には、無数の気配が集まっていた。視線を向けると魔族や亜人たちだった。男も女も、老人も子供もいる。
神妙な面持ちで、微かな希望にすがるように、こちらのやり取りを覗いている。
「魔女と共に森で暮らす仲間たち……か」
「彼らも救いたいの」
「王国に属さない民たちをか」
「その為には多少の犠牲も、強引な手も使うわ」
「だが、王都で暴れさせるのは頂けないぞ」
「裁きを受けても構わないわ」
「……おまえ」
魔女の瞳には嘘偽りを感じさせない、真剣な色が浮かんでいた。
「僕たちも、消えるの?」
「助けてくれるんだよね、クドー」
魔族の姉弟も同じ視線を向けてくる。
「ったく。やれやれだ。とんでもない話になってきた」
思わず頭をかきむしる。
魔女の動機にも合点がゆく。やがて一息ついたところで魔女が話を再開する。
「……北側は『暗黒侵食領域』の中でも最前線の侵食領域よ。土地を追われた住人たちが難民となったわ。悪辣な魔女のせいにされたりもしたけれどね。隣国から越境しようとして争いが起き、世界の政情不安の引き金にもなった。この国にも難民が押し寄せてきたわ。最初はそれを辺境伯たちが兵力で押し留め血も流れた。今は可能な限り魔法で記憶を消去して、移民として残った辺境地区で受け入れている。けれど土地が消えればそれもいつか破綻するでしょうけれどね」
「そんなことがあったのか。おまけに記憶を改竄だと……?」
「世界が暗闇に食い荒らされるなんて、吹聴されては困るのでしょう」
「理屈はわかるが。そんなことまでしていたとはな」
「『結界晶石』で保護されたエリアに入るには、記憶操作されていないといけないの。魔族や亜人が入れないのも同じ理由」
「まて……! 王都の宝石店の襲撃、『結界晶石』を狙ったのは、まさかそれに関係していたのか?」
「そうね。あの石があれば自由に出入りができるわ。理由の一つは王都での物資調達のために便利だから。マックとアイピ、他の子たちを王都にお使いに出すためには『結界晶石』の破片が必要なの。生活に必要なものを手に入れないと暮らせないもの」
「意外と苦労しているんだな」
「あら、同情してくれるの?」
ふふ、と魔女が微笑む。
「魔女なんて森で自給自足だろう? 王都に来る必要があるのかよ」
「貴族向けの高級シャンプーとリンスが髪にいいの」
「……そ、そうか」
冗談めかしているが、生活必需品とお気に入りの嗜好品が欲しいというのは嘘では無さそうだ。
しかし魔女が自慢の黒髪の手入れにも気を使っているとは驚きだが。
だが現金は? まさか盗んでいるわけじゃなかろうな?
「特製の薬草を密かに売ってお金にしているの」
「おいおい、違法薬物販売の容疑で逮捕するぞ?」
「世界が無事なら、いつか取り調べにも応じるわ」
「ちっ……」
容疑はあとでたっぷり追求してやる。話がそれた。
「もう一つの理由は、『暗黒侵食領域』の侵食を、ある程度なら『結界晶石』で防げるってこと」
「防げるのか!?」
「結界の力で身体の周囲を包む。すると『暗黒侵食領域』に入り込んでも一定時間は無事でいられる。調査ぐらいはできる程度にね」
「なるほどな……希望はありそうだ」
「それはどうかしら。『暗黒侵食領域』の侵食は、物質の分解に空間の消失を伴うわ。侵食された最深部は完全な漆黒の虚無だったわ」
魔女なりに調べ、対策を講じようとしていたらしい。王政府もおそらく同じくらいの情報を持っていると見ていい。
そしていよいよ核心に迫る。
「異世界に逃れる鍵が、俺である必然性は?」
自分に関する重要な問題だ。
「簡単よ。過去の失敗に学んだの。才能ある『白銀翼の家族達』のメンバーは、最初は純粋な目的であなた達、王都警察を召喚していたわ」
「王都を守護し、市民に愛される警察官。だからこそ特別な力も与えられたんだろう?」
「そのとおり。けれど『暗黒侵食領域』の危機が迫るにつれて異世界への脱出が模索されはじめた。『召喚できるなら、向こう側へ行けるのではないか?』という発想は私も考えたわ」
「……『白銀翼の家族達』の構成員として『闇森の魔女』がいたのはそのためだったのか」
「敵味方、隣国の魔法使いも区別なく、今や『白銀翼の家族達』は多国籍連合よ。そこまで世界は危機感をもっている」
「で、俺である理由を教えてくれ」
「過去に召喚した『魔導量子鏡像召喚』の完全成功例には個体識別番号と特別な力が付与されたわ。13番目の実用個体が貴方なのはさっきも話したとおり。さて、では旧タイプの12人との違いはなにか、わかるかしら?」
逆に質問がきた。
たとえば「投げ銭」が得意なジェニーガータ・ヘイリー。西洋人なのに江戸時代の岡っ引きのような警官だ。
他にも西地区、東地区の交番にも同僚はいる。
チューインガムをくちゃくちゃしないと落ち着かない中国の人民警察、名前は何故かニューヨーク・マッテンロー。
ショットガンを愛用し、名探偵だと言い張る白人警官のアケチ。
取り調べが大好きで手料理を振る舞う謎の料理警官、カイバラ。
全身筋肉の凶器、ゴスペラルド刑事もそういえば召喚者だ。彼は王都警察のエリートとして魔導捜査一課に配属されている。
誰も彼も、個性的で面白い奴らばかりだ。
まともなのって……俺だけか?
「普通の警察官ってことぐらいか?」
「そこよ」
「どこだよ?」
「他はみんな混在型になっている。元いた時空が、曖昧で、混ぜこぜで……本来の姿じゃないと思われるわ」
「あぁ……なるほど」
言われてみれば確かにそうかもしれない。
「けれど工藤さん。貴方は特別だわ。元の世界に関する記憶や情報が明確で、正確。混在型じゃない純粋種。交番ごと召喚したのが成功の秘訣だったのかしらね」
しげしげと観察する素振りをする魔女。
「なんとなく意味がわかった。交番があったから召喚された初日から普通に勤務できたしな」
交番という「拠り所」が無かったらパニクっていただろう。
「だから『希望の鍵』になりえるわ。アンカーとして向こう側の世界への道標に」
「案内するつもりはないぞ。向こうに行けても、入国管理局で強制送還されるのがオチだぞ」
21世紀の日本に行くつもりなら止めた方がいい。入国審査は相当に厳しいぞ。なんせ難民を受け入れていないからな。
だが、魔女はお構いなしに決定的な情報を付け加える。
「それに一番大事なことは、工藤さんを鍵……つまりアンカーとして使って向こう側に渡るためには、この世界に対する『想い入れ』が必要だということよ」
「想い入れ……?」
「向こう側の記憶を今持っているのと逆。この世界の大切な記憶を沢山、出来るだけ沢山保持していること」
「……!」
思わずハッとする。
「守りたいと思う街の人たち。それに恋人に養女……。かわいいペットも、ほしいと思うものを彼らは可能な限り、与えたはずよ?」
キャミリアに猫耳のミケ。
いやキャミリアは恋人じゃない住み込みメイドだ。恋人だったらもう少し可愛くて淑やかなのをよこせといいたい。
「わかった」
視界が揺らぎはじめた。
「今ここで聞いた話は、体験として本体側……王都に居る貴方に統合されるわ」
「怖いことをいうな。消えちまうのか? 俺は」
「正確には同時に存在しているだけだもの。そろそろ時間だわ……。ここから最後に大事な情報を」
「その前に。今までの話、信じるに足る証拠はあるのか?」
「無いわ。けれど何が真実か、工藤さんなら理解できたはずよ」
ここまでに矛盾は無いように思えた。
いろいろな真実も見えてきたかも知れない。仕組まれた世界だとして、守りたいという気持ちに変わりはないことも。
やれやれ。容疑者を見つけ出して逮捕……で済む話じゃ無さそうだ。
ここまで聞いてしまった以上、最後まで聞いてやる。なんたって俺は生まれたときから王都警察なのだから。
「わかった。信じてやる。世界が滅ぼされるなんてまっぴら御免だ。一握りの人間だけが逃げるなんて身勝手に協力する気もさらさら無い。俺は……街の皆の笑顔を守りたい。警らできる散歩道も、美味い飯屋も消えたら困るんだよ!」
魔女は一瞬、呆れたと言わんばかりに目を大きく見開いた。だが、すぐに不敵な笑みを浮かべながら。
「世界を救えるかもしれない方法が、ひとつあるの」
「あぁ、それを聞きたかった」
それに――。
他に行き場のないキャミリアやミケを、これ以上悲しませる訳にはいかないからな。
<つづく>




