交番と新居と新生活
◇
トンテンカン、と小気味よい音が響く。
晴天の下、何人もの職人さんが交番の周りで忙しく働いている。レンガや材木、窓枠などの部材が、荷馬車から運び込まれ、次々に組み上げられてゆく。
今日は屋根の部分の工事らしい。
「オラァ! そこ、しっかり固定しろよ!」
「「ウィーッス」」
ずんぐりとした体形の職人肌の親分が、ダミ声で職員たちに指示を飛ばす。作業を行っているのは鍛冶や木工など、技工に優れたドワーフ族の大工さんたち3人ほどだ。
交番の建て増し工事は、文字通りトントン拍子で進んでいた。
王都警察本部の福利厚生課に立ち寄った際、ちょっと「手狭になったんだよね」と相談したところ、数日後には建て増しの許可が下りた。そこからはあっという間だった。
翌日には業者が見積もりに来て、現場を計測。一週間もすると単なる屋根だった交番の二階部分に、居住できる住居を増設する設計が出来上がった。
――工藤純作様邸、建て増し工事
交番の前の立て看板員は、そう書かれている。
当然、建て増し工事をするにあたっては、同居している住み込みメイドのキャミリアやミケの意見も取り入れたのは言うまでもない。
なんたって元の交番は本来は暮らす場所ではない。仮眠をとるための宿直室がひとつ。居間と寝室と食堂兼用で、四畳半一間というのは流石に辛い。
今よりより暮らし易く、快適なほうが良いに決まっている。
――福利厚生の充実により、仕事により一層励むように!
それは王都警察本部の福利厚生課からのお達しだ。交番の付属品のように朝から晩まで仕事だけしていた一時期に比べれば、随分と人間らしく暮らせている。
それもこれも、住み込みメイドのキャミリアが甲斐甲斐しく働いてくれて、そして元気で明るいミケが居てくれるからだ。
「ご通行人のミナサマ、ご迷惑をオカケシテマス」
「ハイ、気をつけてくださいネ」
「運ブ、ハコブ、ハコブ」
ドワーフ族の大工さんの下働きとして、更に数人の男たちがせわしなく働いている。
やや緑がかった肌に黄土色の髪。身体つきは人間の子供ほどの体格しか無い。彼らは王都郊外に住んでいる「ゴブリン」族だ。
ファンタジーゲームや小説ではお馴染みの存在で、大抵は酷いザコ扱いだ。
そんな彼らだが、ここ――ファーデンブリア王国、王都グランストリアージでは一端の住民として共存している。
赤い棒を手に持って交通整理をしたり、建築資材を荷馬車から下ろすのを手伝ったり。
低賃金の日雇いらしいが、それでも文句一つ言わずに真面目に働いている。
俺はそんな様子を交番の前に立って眺めている。
道行く人々の様子を見ながら、時折道を尋ねられたり、落とし物を探している人から調書をとったりと、日々の交番業務はいつもどおりだ。
「ジュンさん、ただいま」
「帰ってきたニー!」
すると、夕飯の買い物に行っていたキャミリアと、ミケが戻ってきた。
大柄な元女勇者のキャミリアの傍らには、三つ首の犬。ケルベロスのベティがいた。
赤青黄色、三色の首輪を三つの首にそれぞれ付けて、リードをキャミリアが握っている。
「「「キュルル!」」」
「おぅ、おかえり!」
「おりこうでしたニャ」
「よしよし」
野菜や干し肉などの荷物が入った袋と、猫耳幼女のミケを背中に乗せている。
おすわりの姿勢でも俺の背丈ほどもある。通称『仔犬モード』のケルベロスでも迫力満点だ。
だが凶暴性は消え失せ、最初は怖がっていた近所の子供たちもすっかり慣れた。
王都保健所で魔法の検疫を受け、魔法薬の予防接種も行った。今後は凶暴化することも無いという。
何よりも本来の飼い主――いや、友人のキャミリアとこうして居られることが嬉しいらしく、とても大人しい。
頭を順番に撫でると、バタバタとしっぽを振り「伏せ」をするベティ。
交番にとっても番犬として、居るだけで心強い存在になりつつある。
「二階より、犬小屋のほうが先に完成しそうだぞ」
「よかったわね、ベティ」
建て増しの材料のあまりで犬小屋も欲しいと、ドワーフの親方に頼んだのが三日前。気が付くと犬小屋はほぼ完成していた。引き受けた仕事は手を抜けない性格らしく、屋根付きの犬小屋はまるで馬小屋のような出来栄えだ。
――三週間前。
東門で発生した『ケルベロス、ノーリード暴走事件』は現在も容疑者を捜索中だ。
怪我人と物損被害があったにもかかわらず、真相は闇の中。深く関与が疑われている「魔族の二名」は現場から逃走し、行方知れず。
現在も捜査が行われているが、姿を自在に変える魔族とあって捜査は難航しているという。
更に、王都内で様々な問題を引き起こしている元凶と囁かれる『闇森の魔女』に対し、強制捜査が近いうちに行われるという噂もある。
本丸攻めを考えている本部としては、末端の確保は二の次なのだろう。
引き取り手がなければ、処分される予定だったベティを「引き取りたい」と言ったのは、キャミリアだ。
交番を出て、ベティと共に旅に出てもいいとさえ言うキャミリアの覚悟は本気だった。
それほどまでに探していた友だちを引き受けることに、俺は協力することにした。
もう一生、ジュンさんに尽くします!
死ぬほど感謝されたが、交番はさらに賑やかになった。
「皆さんにお茶を出しますね」
「手伝うニィ」
「はい、ありがとう」
エプロンを締め直し、お湯を準備しはじめるキャミリアとミケ。なんというかその後姿は仲睦まじい姉妹のようでもある。
「さて、警らにでも行ってく……」
と、言いかけた時。
通りの向こうから走ってくる人影があった。明らかに交番を目指している。
それは、10歳ぐらいの男の子だった。
「お巡りさん!」
「どうしたんだい?」
「うちのお店でご飯を食べたひとが、お金がないって……」
息を切らしながら、一生懸命な様子で訴える。
「やれやれ、無銭飲食か」
俺は男の子と一緒に、食堂に向かうことにした。
<つづく>




