事件簿1:酔いどれ勇者、確保(後編)
王都グランストリアージの美しい街並みを横目に、雑踏を進む。
被害を訴えに来たエルフの少女、アリルの腰に軽く手を添え、早足で。目指すは酔っ払いの勇者が暴れているという『冒険者のキッチン・血の盃』だ。
「ちょっと急いでいます、道を開けてください」
落ち着いた大きな声で、街行く人々に呼び掛けながら先を急ぐ。
警察官の制服に身を包んだ俺を見た街の人々の反応は協力的。急ぎ足とやや緊迫した表情の少女の様子から、緊急事態の気配を察してくれる。
通行人や馬車、買い物中らしい貴族でさえ、すっと避けて左右に道を開けてくれた。
「ご協力、感謝いたします!」
雑踏の中に道が生まれてゆく様は感動さえ覚える。
「すごい、魔法みたい……!」
アリルが素直な感想を口にする。
「これは魔法なんかじゃない。王都のみんなの平和を愛する想いの力だよ」
キリッ。……きまった。少女の尊敬と熱を帯びた視線を横から感じながらまっすぐ前を見たまま応える。
我ながら「良識的国民的アニメ」の主人公のようなセリフに背中がむず痒くなるが、この世界に来てからは不思議と違和感なく口にできる。もしかして、これも召喚された時の『事前設定』による影響だろうか。
細いアリルの腰を優しく支えたまま、急ぎ足で路地を進み、角を曲がる。普段は10分もかかる隣の『銀鱗3丁目』に到着するのに、五分とかからなかった。
「あそこです!」
アリルが指差す先に問題の店があった。『冒険者のキッチン・血の盃』と書かれた看板が掲げられた店の前には人だかりができていた。
ガチャンと陶器かガラスが砕ける音がして明らかに異常事態。かなり危険な状態だ。
「わかった、任せて」
店の外では、一般市民の野次馬にに交じり、食堂にいたであろう冒険者たちも外に避難していた。金属製の簡易鎧を身に着けた金髪の少年戦士とその仲間たち。
少年は帯剣しているので戦士職か。隣には可愛らしい魔法使いの少女。魔具と呼ばれる杖を持った魔法職だ。後ろには僧侶服を着た痩身の青年もいるがやや腰が引けている。
「みなさん、怪我はありませんか?」
この騒動の関係者だと直感した俺は、野次馬の輪を広げるように手で押し戻しつつ3人に声をかけた。
「あ、ないけど」
「怖いわ……あの人」
「ぼっ、僕たちじゃ止められない」
にわかに表情が変わる。明らかに中で暴れている者と何らかの関係がある者たちか。しかし三人の冒険者は一様に不安そうな表情を浮かべている。
「中で暴れているのは、君たちの仲間かい?」
「仲間……っつうか」
「あの店で声をかけられて、冒険依頼をしないかって」
「き、きょう、出会ったばかり。しばらくしたら怒り出して……」
顔を見合わせて困惑する。
「冒険を持ちかけられた?」
「はい。でも断ったけどよ」
「そしたら暫くして酔って……暴れだしたの」
「なるほど、ご協力感謝します」
折り目正しく礼をして、店に向き直る。
仮にも冒険者が三人もいて、この騒ぎを止められない理由。その答えは、彼らの戦闘力の「レベル」にありそうだ。
左胸で金色に光る魔法の紋章――警察の身分証明である階級章に右の指先で触れる。
すると武器を携帯した人間、あるいは魔法を使える魔具を有した人間の頭上に、マーカが光った。これは俺にしか見えない印。王都内で許可を得て武器を携帯する者か、違法な武器所持者か、半径10メートル範囲で判別ができる。
これは召喚された時に『事前設定』された機能で、魔法の力を使った情報表示機能だ。
眼の前の三人も即座に照合され、情報が表示された。
――リフタック。戦士、武器スキル:レベル7
赤毛の少女魔法使いはパーミア。レベル9の魔具を保持している。
黒髪の青年はホステン。回復系の魔具を持ち、レベル8。
冒険者ギルドを兼ねた食堂は数多くあるが、この『冒険者のキッチン・血の盃』は比較的レベルの低い初級冒険者が集る「始まりの店」として知られている。
彼ら特別な許可を受けた「冒険者」は、王都内で罪を犯す輩を確保――つまり「取り押さえる」ことは許可されている。それどころか、犯罪の抑止に協力すれば冒険のクエストを達成するのと同じように、ギルドから報奨が得られる場合もある。
しかし状況から判断するに、彼らの手には負えない相手というわけだ。
「アリル、君はここで待っていなさい」
「はい!」
俺は三人の駆け出し冒険者たちに、給仕姿のエルフ少女を預け店内へと突入した。
店内は魔法の淡い常明ランプが灯る酒場だった。木製の丸いテーブルに4脚の椅子。それが10セットほどランダムに並んでいる。
酒と料理の匂い。そしてそこには銀髪を振り乱した人物が、いた。
一抱えもありそうな陶器の壺を高々と持ち上げて、今にも床に叩きつける寸前だった。
「やめなさい、何をしているんだ!」
俺はあまり刺激しないよう、やや控えめに声をかけた。さっと見回した限りでは、この人物一人だけだ。店内には幸い人質も怪我人も居ない。となれば対象者のみを確保すればいい。
「……う……ぁああああッ!」
これが勇者か。明らかに酔って錯乱している。よほどの事があったのか、叫びながら壺を床に叩きつけた。ガシャンと盛大な音がして中から乾物が飛び散った。中身は南国産の乾燥トビウオだ。
大柄な体格で、銀色の全身鎧に身を包み、背中には大剣を背負っている。装具から判断するに魔法装填型の魔具。つまりは「魔法剣」だ。馬の胴体ごと切断できそうな巨大な剣は、どんな力を秘めているかもわからない。
今ここで剣を抜けば、王都内武装使用禁止法違反。即座に無力化の対象となりかねない。
「これ以上、店に迷惑をかけるんじゃない。店の人が困っているぞ」
左胸の身分証である紋章へ指を当て、確認する。
――勇者、キャミリア。戦闘レベル58
なるほど。確かに中級者以上の戦闘スキルを保持しているようだ。これでは初級の域を出ない表の三人組では、押さえ込む事は難しいだろう。
「……あぁ……くそぅ、何故……! 何故だぁああっ!」
何かに怒っているのか、悲しんでいるのか。勇者キャミリアは呻くように叫び、髪をかきむしる。そして近くにあった机を拳で叩きつけた。怒りとやり場のない感情をぶつけられた机は中央からへし折れた。
危険だ。万が一の事を考える。
――本部、武器の使用許可を。
紋章へ指を当てたまま、念じるように通話する。
『――判定。魔法銃器の使用、不許可』
「ちぇっ、ケチくさいな。背中の魔法剣だけを破壊するつもりだが、ダメか?」
『――判定。繰り返す、不許可』
腰のホルダーには魔弾を装填したニューナンブ改がある。
魔具としてのレベルは99。
つまり、俺の戦闘力は冒険者の上級者並ということになる。
発砲すれば一撃で無力化、制圧も可能。だが――その後が非常に面倒くさい。
つまりは「始末書」がめんどくさいのだ。
何故、発砲したのか?
何故、威嚇射撃ではダメだったのか?
何故、説得と十分な対話を行わなかったのか?
などなど。クソ面倒くさい質問を、ネチネチと繰り返される。
身の危険を感じたから撃ちました! 引き金を引いていいのは、撃たれる覚悟のある者だけだ! と、熱く叫んでみても無駄。とにかく始末書を提出させられる。
「はぁ、やれやれだ」
となれば、やはり説得だ。
「なぁ……キャミリアさん、聞かせてくれないか?」
「…………が……?」
名前を呼ぶと反応があった。
「ほら、見てくれ。俺は街のお巡りさん。話をしたいだけだ」
「は……はなし……?」
「そう、話をしよう。実は報告書を書くのは苦手だし、出来れば穏便に済ませたいんだ」
ヘナヘナと床に腰を下ろした大虎勇者は、荒い息遣いのまま何かを呻いていた。床には空のビールジョッキ。酒の匂いが薄暗い店内に充満している。
余程飲んだのか、それでも「憂さ」は晴れなかったのか。何か余程の事情があるのだろう。
相手を刺激しないよう、ゆっくりと警戒しながら近づき耳を傾ける。
「………ィ……」
「ん?」
勇者が何かをブツブツと繰り返している。誰かの名前だろうか? もう一歩近づき、耳を傾ける。完全に剣の間合い。無論こちらの警棒の間合いでもあるが。
「……ベティ……」
「ベティ? それは……誰かの名前かい? 何か困ったことでもあるのなら、話を聞かせてくれないか? 何か力になれるかもしれない」
「……ア……?」
酒に溺れ淀んでいた瞳に、僅かだが、ごくごく小さな光が戻る。
「さぁ、教えてくれキャミリアさん」
「……ベリィはぁ……(ずびっ)ベティはぁ。私の……友……。とても、らいじなぁ(ずびっ)大事なぁ……」
鼻水と涙が声を遮るが、とりあえずポケットから手帳を取り出して、メモをとる。
俺は「ふむふむ」と大げさに頷きながら、じりじりと近づく。
「ベティは友達……と。で? そのベティに何かあったのかな?」
びくっ! と勇者の身体が震えたかと思うと突然俺の方へと掴みかかった。鎧の金属がこすれ合う音がした。
「ちょ……!?」
思わず警棒で脳天をかち割ろうかと思ったが、その力は思いの外弱かった。しなだれかかるように俺の両肩に手を乗せ、酒臭い息で「いなくなった……」と漏らす。
「ベ、ベティがいなくなった? つまり……行方不明ってことかい?」
これはまた別の事件の予感がしてきた。
銀髪の勇者は長い髪を振り乱しながら「ウンウン」と繰り返しうなずいた。
涎か涙かわからない液体が制服に飛び散る。
「大事な……友達……。『四魂の森』で……はぐれて……」
「一緒に冒険をしていた仲間ってことだね?」
「ウン」
「なるほど」
勇者の言う『四魂の森』とは王都から東におよそ20キロほどに広がる森のことだ。本当の魔法を使える「魔女」が支配する領域。
数多の魔物が徘徊し、多くの冒険者たちの命を飲み込む死魂の森とも呼ばれている。
そこではぐれてしまった、というのならなんとなく話の筋が見えてくる。
「もしかして『四魂の森』で、友達のベティさんとはぐれて……。それで、ここで冒険者の仲間を集って、探しにいきたかった……とか?」
推測だがなんとなくそんな話が見えてくる。
「…………!」
銀髪の勇者は、こくこくっと更に力強く首を縦にふった。ビチャッと明らかに鼻水が飛んで制服に着弾。汚ぇ。
「正解か」
「探したくて、あちこち、まわったけど。相手に……されなくて……ぐしっ」
はぁと猛烈なアルコール臭を口から吐き出す。
「それと、もしかしてキャミリアさんは、話し下手?」
「……かも……」
うまく話が出来ず、コミュ力に問題があったのか、うまく仲間を集められなかったのだろう。表にいる三人組も飛んだとばっちりだ。
しかしあの呪われた森に入る以上、犠牲は仕方のないことだ。
大切な友達を失ったその悲しみと動揺は、察するに余りある。
となれば、行方不明の仲間の捜索……か。
しかし俺は冒険者ではないし、治安を守る警察官。探しに行くことは出来ないが、手助けなら出来るだろう。
「……わかった。俺がギルドや本部に掛け合ってやる。うまくいけば、見つけ出せるかもしれない」
「ホン……ト、に?」
「あぁ、約束する。俺は警察官だから、な」
「……感謝、感謝……」
だが、その前に。
「しかし暴れて壊したのは事実だし、営業を妨害したことは謝らなきゃダメだ。まずは……留置所にいこう。な?」
俺はグデグデに酔っ払った勇者に肩を貸し、立ち上がらせた。
なんと175センチある俺よりも、背がでかい。なんつう大柄な……ん?
顔の横にやけに大きな膨らみがある。鎧の胸部装甲を押し上げているのは、胸筋ではない。柔らかくて豊かな双丘だった。
「おっ……おっ!? 女……さんでしたか」
そう思うと、熱い体温と汗と酒の混じった体臭もちょっといい匂いの気がした。
「……っぷ――――!」
突然全体重が肩に襲いかかり、鎧と胸で顔半分が押し潰されそうになる。
「うぁああ!? 吐くなよ!? 耐えろよ!?」
その後――。
なんとか「確保」した女勇者を、交番の留置所まで運ぶのが一苦労だった。だがこれは新米冒険者たちに依頼、つまりはギルドからの斡旋という仕事となった。
<つづく>




