事件簿5:魔族の逆襲編4
「僕たちは良い魔族」
「良い行いをする魔族です」
「良い魔族ってなんだよ。よし、両手を上げたまま動くな」
俺はニューナンブ・カスタムを構えたまま、慎重に被疑者二人を観察する。
武器を隠し持っていないか、妙な素振りはないか。目つきや身体の動きを見れば、何かを企んでいても判るものだ。
若い男女はよく見れば双子の姉弟なのか、よく似ていた。
魔族特有の青白い肌、赤い月のような瞳。黒い髪は、どことなく日本人を連想させる。
だが、背中からはコウモリに似た小さな羽が生えている。空力的に空を飛ぶというより、まるでコスプレファッションのようだ。尻の後ろからは黒いしっぽがチラチラと揺れている。
「名前と職業を言えるかな?」
2メートルほどの距離をとりつつ、慎重に職務質問をする。背丈が小さいので、子供を相手にしているような違和感がある。
「アイピ、姉です」
「マック、弟だよ」
姉のほうがアイピで、弟がマックか。
二人仲良く同時に名乗る、答え方から察する限り反抗の意思は低そうだ。人間でいうところの、小学校高学年ぐらいだろうか。
「王都へようこそ。てか、姉弟は職業じゃないぜ。無職か家事手伝いか、学生か?」
「ショクギョー?」
「ガクセー?」
「アイピ、僕ら魔女様のとこで働いているんだから……」
「あ、忠実にして有能なる下僕!」
互いに顔を見合わせて手を打ち鳴らす。もう腕は下げているが、未成年らしいので許容する。
「よく働くって、魔女さまに褒められます」
「だから、良い魔族なの!」
「お、おう。そうか……」
ちょっと頭が軽いのか、二人で誇らしげな笑顔を浮かべ、「魔女の手下」だと公言した。
しかし、犯罪組織の構成員だからといって、即逮捕ともいかない。
たとえ街のチンピラであっても指名手配犯でもない限り、大人しくしている間は善良な市民として扱わねばならないのだ。
「なるほど職業は『良い魔族』ね……。で、どこの魔女さんの子かな?」
「四魂の森!」
「森の魔女!」
また『四魂の森』の魔女か。
先日、宝石店を襲撃したバーモルトという魔族を放ったのが、『四魂の森』の魔女だ。名前を隠してこその魔女だが、名前を知りたい。
「いい子だね、魔女の名前は言えるかな?」
「言えないよ」
「言ったら死ぬもん」
流石の魔族姉弟も、そこまでアホではないらしい。
「オーケーわかった。質問を変えよう。外で暴れている魔獣、あれは君らが連れてきたのかい?」
油断なく撃鉄に指を乗せたまま、核心に迫る質問をする。外の騒ぎの気配は遠のいた。うまくヘイリーがケルベロスを東門の外へ誘導したのだろう。
あとは捕獲するなり、駆除するなりすればいい。
「あのケルベロス、森で迷子になっていたの。僕たちが見つけたんだ!」
「友達のところに帰りたいって泣いていたわ。だからここへ連れてきたの」
マックとアイピが顔を見合わせる。
「なぬ? 保護して連れて……。飼い主がいるっていうのか?」
流石に銃口を下げた。魔族のくせに善良な行い、のつもりだろうか?
おかげで被害は出ている。だが、彼らなりの善意は嘘ではなさそうだ。
「あの子の名前は、ベティ」
「友達にそう呼ばれていたんだって」
魔族はどうやら魔獣と話しができるらしい。
「んっ? ていうか名前、ベティ?」
「ベティ、ベティ、ベティ」
「三つ首だけど名前は一つだって、へんなの」
きゃははと姉が笑う。
ベティ? どこかで聞いたような……。あ、そういえば女勇者キャミリアの相棒がそんな名前だったな。同じケルベロス。偶然の一致だろうか。
「魔女さまが、街に入れるようにって、魔法で姿を変えてくれたの!」
「そう! あの子を、可愛い子犬にね」
「こ、子犬……!? だが、君たちがその姿じゃ、門のチェックで止められただろう?」
「もちろん、僕たちにも人間に見える魔法をかけてくれたよ」
「そうそう。誰にも気づかれなかったわ。今は半分解けちゃったけど」
互いの姿を見て、弟の背中の羽を引っ張る姉。
「オーケー。理解した。だがな、ケルベロスを密輸、いや……大勢の人々が暮らす街中に連れ込んだら大騒ぎになることぐらい、わかるだろ」
「えー? わかんない」
「急に元に戻ってびっくりしたんだよ」
屈託なく答える二人。
「私とマックで、街中にあの子を連れていけば、皆からご褒美が貰えるって。魔女様が言ってたわ」
「言ってた! 美味しいもの食えるの?」
「う、うーん……いや、まいったな」
魔女は、この無知な下級魔族の子供を使って、ケルベロスを密輸させたのか?
だが、何のために?
まさか……嫌がらせか?
だが、巨大なケルベロスが門をすんなり通過できた理由はわかった。
魔法防御が掛けられた門を通過できたのは、バーモルトとかいう魔族と同じく、何か特殊な魔法で別の姿に「成りすまし」ていたからだ。
この二人も魔族なら門の検問を通過する段階で「危険」と判断され、街には入れなかったはず。
魔女の魔法で、普通の人間に成りすましていたから通過できたのだ。
とはいえ、街は大混乱で怪我人も出ている。あとは事情は署で聴くことにする。
「あとは取調室で話を訊かせてもらうよ。そうだ、『カツ丼』ぐらい食えるかもしれないぜ」
「カツドンて何!?」
「うまいのか?」
「あぁ美味いぞ。ちょっとまて、今連絡するから」
――(ザザッ)王都警察応援、4名現場到着! 衛兵怪我人回収、ケルベロスは門外で捕獲作戦実行中!
タイミングよく警察バッジから魔法の通信が入った。
「こちら工藤巡査長。交易所、事務室内で事情を知る関係者、被疑者2名を任意で事情聴取中。応援求む」
――(ザザッ)王都警察本部、了解。工藤巡査長、そちらにすぐに応援を向かわせる。それまで被疑者二名、確保されたし。
「了解! ……と、いうわけで、もうすこし良い子で待っててくれると嬉しいぞ」
「……」
「……」
マックとアイピの二人が急に何かを思い出したかのように、口をつぐむ。沈黙のあと、静かに口を開く。
「ねぇ、クドーってあなたなの?」
「クドーって、呼ばれてたよね?」
「ん……? あぁ、そうだが」
「魔女様が言ってた。クドーは騙されてるって」
「なに?」
待て。
なぜ魔女が俺の名を知っている?
王都警察のいち警官に過ぎない俺を。
「確かに俺は工藤だが……。お前らの魔女は、一体何を言っていたんだ?」
「……世界の真実、見えてない」
「……猫の子も、仕組まれてる」
何が――? 俺が、騙されているって……?
それに、猫の子……ミケが一体、何だっていうんだ!?
動揺を悟られまいと繕いつつ、冷静を装う。
「どういうことだ? もう少し……」
「世界はね」
「都合よく」
二人がそう言いかけた、瞬間。
目の前で二人の身体が「ボンッ!」と音を立てて破裂。
「なにいっ!? お、おいっ!?」
自爆か、いや目くらましか。室内にもうもうと煙が立ち込める。
するとパタパタパタと、羽ばたく音が二つ。俺の両脇をすり抜けて、開いていた扉の方へと飛び去る音が聞こえた。
「ま、待てコラ……!」
慌てて煙に包まれた室内から駆け出す。そして辺りを見回すと、空に二匹の蝙蝠のような生き物が、パタパタと飛び去ってゆくところだった。
仲良く、まるで追いかけっこ遊びでもしているように、螺旋を描いて空へと舞い上がってゆく。
「止まれ!」
銃を抜き、すぐさま狙いを定めたが……止めた。
「……射程外、ってだけだからな」
<つづく>




