事件簿5:魔族の逆襲編3
『グガルルル……!』
地獄の番犬――三つ首の猛犬ケルベロスは、屋根の上で唸り声をあげた。
よく見れば三つの頭それぞれに首輪がしてあり、顔も少しずつ違う。実物は初めて見たが、狼に似た顔と鋭いキバが特徴で、地獄に生息する魔獣と聞けば納得の面構えだ。
「ヘイリー! 援護するぞ!」
「ジュンサー殿、ここは拙者がなんとかするでゴザル!」
「なんとかって……! なんとかなる化物かよ」
『グガァァアアア!』
「域外に追い出シマース! ジュンサー殿は、二人の魔族を確保シテクダサイー!」
「わかった!」
俺は騒ぎの元凶となった魔族を追うことにする。
「魔族は、交易所の中ッ! さっき、衛兵たちが追っていたでゴザル!」
「了解だ! 無茶するなよヘイリー!」
確かに、あの化物を『魔弾』一発で仕留めるのは難しい。
対魔法徹甲弾――マギアバレットの威力は絶大だ。先日も石化鶏の頭部をブチ抜いてやった。そう、普通の魔物なら眉間を撃ち抜けば仕留められる。
だが、俺の知る限りケルベロスの場合は違う。
頭の一つに致命傷を負わせても、頭はあと二つ残っている。体の制御系統が3つあるという事前知識のとおりなら、全てを同時に破壊しないかぎり活動を止めることは出来ない。
ここが王都郊外であれば、上級スキルを持つ冒険者たち数名で取り囲み、制限なしの戦技で袋叩きにできるのだが……。王都のど真ん中、しかも一般市民の暮らす街の中である以上、俺達警察の縄張りだ。俺達でなんとかするしかない。
俺は移動しながら、手に持ったニューナンブ・カスタムを構えたまま、屋根の上の魔獣を狙ってみた。
しかし動きが激しく、狙いが定まらない。真横か下から狙いを定め、心臓を貫通できるところにヒットさせるしかない。だが家屋が邪魔で射角が射角がとれない。おまけに射程距離が心もとないとなれば、命中できても体の中央にある心臓を貫通させるのは至難の技だ。
「……くそ! やはりヘイリーの投げ銭に任せるしかないか!」
それに無駄弾は、始末書が別様式なのだ。パンパン撃ちまくって追い立てたいところだがそれも後々めんどくさい。
「心配無用にゴザル。そろそろ、効果が現れるころでゴザルからね!」
ヘイリーは自信に満ちた表情で、空を指さした。
と、上空にギャァ、ギャァと小さな翼竜達が集まりはじめていた。
細い蜥蜴のような体に、コウモリの羽。野生はもちろん、街の中でも見かける普通の翼竜たちだ。街の広場の噴水池で遊ん
でいたり、屋根で休んでいたりする。エサをやれば手なづけることも出来る。
『グルガァアアア!?』
ケルベロスも異変に気がついたらしく、三つの首が上空を見上げる。
「ミーの『魔銭』……! 対象となった者に羨望を集めるのでゴザル」
空を舞う翼竜数は10、20……そして30匹と、と徐々に数を増やしていく。やがて黒い竜巻のように上空を旋回する群れは、ケルベロスに向かって一斉に滝のように降下しはじめた。
「ミーの友人たち。彼らはピカピカしたものが大好き。特に……魅惑の金貨の魔法が仕掛けられた小銭、コインに惹き寄せられる性質があるんデスよ。まずは身をもって体験してもらうでゴザルか」
キラリとケルベロスの体でコインが光る。ヘイリーが投げつけたものが何枚も食い込んでいるのだ。
無数の翼竜が急降下する。何十倍もの体格差のあるケルベロス相手に、体当たりを食らわせる。そして背中や首にまとわりつくと、鋭い爪とくちばしで襲いかかる。
『グガァア!? ゴルァア! ギャウッ!?』
これには流石のケルベロスも為す術はない。前足で追い払おうとするが、ヒットアンドアウェイを繰り返す、空とぶ翼竜相手には届かない。しかもその数が圧倒的だ。
ケルベロスはたまらず、不安定な屋根の上から地面へと飛び降りた。割れた瓦屋根が崩れる中、巨大な狼のような体を素早く着地させると、走り出した。
『……グルルッ!』
「おっと! そのまま街の外へご案内でゴザル!」
腰からキィン……! と指先で一枚のコインを弾き、そして掴み取る。ヘイリーは、ケルベロスの行く手を遮る位置に投げつける。
すると上空から大量の翼竜が急降下。
ケルベロスの眼の前に、黒い蠢く障壁を生じさせた。
『グガァア……ッ!?』
行く手を遮られたケロベロスは方向を変え、広場を抜ける。
どうやら東門の外へと向かうようだ。ヘイリーも屋根の上を走り、隣の屋根に飛び移り次々と『魔銭』を投げつけて、誘導する。
「やるな、ヘイリー!」
俺はそれを尻目に、城門脇にある交易所の事務所に飛び込んだ。半ば開いていた扉を蹴破り、中に突入する。
銃――ニューナンブ・カスタムを構えるが、中は薄暗い。窓から斜めに差し込む光だけが頼りだ。
と――赤い光がユラリと動いた。
二人の人影が闇の向こうからゆっくりと姿を見せた。
「動くな!」
両手を挙げている。だが油断は出来ない。
「う、撃たないで……!」
「そうよ、私達……悪い魔族じゃないの!」
青白い肌に赤い瞳。そして蛇のような尻尾。それは魔族の若い男女だった。
「自分で悪くないって抜かすヤツは、大抵クソなんだよ!」
俺は引き金に指を乗せ、狙いを定めた。
<つづく>




