事件簿5:魔族の逆襲編2
◇
俺はニューナンブ改の回転式の弾倉を確認し、閉じた。
冷たい金属の重さに、職務の責任を実感する。
「行ってくる! 交番を頼んだぞ」
「お気をつけて!」
「ちゃんと帰ってきてニー!」
「あぁ!」
キャミリアとミケを交番に残し、俺は駆け出した。
ここから事件現場である王都の東門までは少々距離がある。歩いて30分、走れば15分ほどで到着するだろう。体力を消耗するが走る以外に方法はない。
「くそ、自転車ぐらい欲しいな……!」
だがマラソン大会はすぐに終わりを迎えた。大通りへ出る路地を曲がったところで、馬に乗った衛兵二人に出くわしたのだ。
二名の騎馬衛兵は手綱を引いて止まり、手を差し出した。
「巡査殿! 我らが移送します、騎乗してください!」
「おう……! 助かるぜ」
ここは王政府の公務員同士で協力関係が出来ている。お言葉に甘え、衛兵の後ろに乗せてもらい現場へと向かう。
衛兵たちも剣で武装しているが相手は魔族のテロリスト、それも魔族と魔獣となれば力不足は否めない。ファーデンブリア王国、王都グランストリアージは巨大な城塞都市のようなものだが、衛兵は秩序維持と王権の象徴のような存在であり、貴族や王族の警護が本業のようなものだ。
市民の困り事や揉め事は勿論、俺達のような市民の警察官の仕事だ。
だが、こうした突発事態への初動対応は、外部から召喚した特殊な力を持つ王都警察に任せているのが実情だ。
「相手は魔族に魔獣だぞ、俺達で制圧できなかったらどうなる?」
俺は馬の鞍に跨がりながら、衛兵の背中越しに尋ねた。
「冒険者ギルドへの討伐依頼をしたいところですが……規則上難しいでしょうね。王都域外のフィールドでの討伐なら、彼らの武器使用や魔法使用に制限はありませんが。今回は王都の東門、それも内側ですから」
「衛兵隊と王都警察で対応するしかない、というわけか」
「ですね、近衛騎士団は言うに及ばず、王国軍はこの程度で動かすわけにはいかないでしょうし」
「だよなぁ……となると冒険者の手助けが欲しいところだが」
元女勇者キャミリアの戦闘力がほしいところだが引退した身。住み込みメイドとして社会復帰し、新しい暮らしを始めたばかりなのだから頼るわけにもいくまい。
せめて魔族と魔獣を東門の外に誘導できれば、そこは『域外』という扱いだ。
つまり冒険者ギルドへ討伐依頼を出し、上級クラスの戦闘力を有する冒険者パーティを雇う、ということが選択肢に入る。
「ちなみに、衛兵隊は今年度の運営予算が底をついていますから、冒険者ギルドへの依頼も厳しいですよ……。特別補正予算を申請し、議会を通すまでどれほどかかるやら」
馬の手綱を操る衛兵が、小声でそう告げながら嘆息する。
「笑えねぇ話だな」
「まったくです」
王都警察と衛兵隊。互いに王国の公務員として、職責の範囲を確認した格好だ。いずれにせよ現場、つまり俺達でなんとかするしかないだろう。
「隊長! あそこです!」
先頭を走っていたもう一騎の騎馬衛兵が指差す。
東門の直ぐ側の、馬検場と交易品の鑑定所付近が騒がしい。爆発したような煙も見える。
「あれは……!」
ゴガァアア……! という咆哮と人々の悲鳴が響いたかと思うと、鑑定所付近に立ち並ぶ宿屋の屋根に、漆黒の獣が駆け上がった。
大きさの割に軽い身のこなしに驚くが、四肢に踏まれ崩れてゆく屋根瓦との比較を見るにつけ、体躯の大きさに戦慄する。
獅子のような体に、狼のような首が3つ。尻尾が二尾に分かれている。
「ケルベロスです! 三首の獣……! 密輸しようと企てたようです」
「密輸、あれを王都内に持ち込もうってか!」
「はい、魔法通信でさっき衛兵隊の本部から詳細が伝えられました! 王都内で公演を予定しているサーカス団の荷物運送を装って、魔族の二人が持ち込み密輸を企てたようです!」
もう一騎の騎馬衛兵が馬を走らせながら叫ぶ。
「マジかよ、ってなんの目的であんな獣を」
二人の魔族が手引きしている。ならば純粋な王国に対する憎悪犯罪か。あるいは、物好きな貴族に密売するつもりだったか。
騎馬衛兵たちは現場へと駆け込んだ。
交易所付近は幸いにも市民の避難は終わっているようだった。馬車が乗り捨てられ、荷物が道路に転がっている。大混乱の跡が見て取れた。
どうやら数名の衛兵たちが槍や剣を構え、ケルベロスを屋根の方へと追いやったようだ。
その際に怪我人が数人出て、仲間たちに搬送されてゆく。
交易所付近はさながら戦場のようだ。
「捕縛できないなら駆除するしか……!」
「しかし隊長、我々では……」
「そこで、俺達の出番ってわけだ!」
「トイウ、ワケデスネー!」
ケルベロスの上った屋根のもう一つ向こう、建物の屋根の上に人影が現れた。
「ヘイリー!」
王都警察、ジェニーガータ・ヘイリーだった。
「ジュンサーサン! ここはミーが食い止めマース! 魔族ヲ……!」
腰に下げた穴の開いたコインの束から数枚を引っ張り、素晴らしいスイングで投げつけた。
ヘイリーが放ったコインは、キラリと陽光を撥ねね返し銀色の弾丸と化しす。
3つのコインは吸い込まれるようにケルベロスの体に命中。だが速度は銃弾とは比べ物にならないほどに遅く、石礫をぶつけているようなものだ。
ケルベロスはゆっくりとヘイリーの方を向いた。コイン投げはまるで効いていない。
「魔法のコイン、3枚デース」
だが、ヘイリーも飄々とした様子で屋根の上で対峙する。
ゴガァアア……! とケルベロスの威嚇にもヘイリーは怯む様子はない。
「キラキラひかるコイン。好きな生き物、知ってマスカー?」
『ゴガァ……?』
<つづく>




