事件簿5:魔族の逆襲編1
◇
ちゅん、ちゅちゅん……とスズメの声で目を覚ました。
「う……ん?」
今は何時だろう? なんだか随分と心地よい。温かくてフワフワとしていて、日なたの子猫みたいな良い匂いがする。
「にー……」
「ぬぐ!?」
突然、ぎゅうと首を締められた。眠気も一気に覚める。どうやらミケが俺の首にしがみついて眠っているようだ。
キャミリアとミケ、そして俺の三人で「川の字」で寝ていたはずが、いつ布団に入り込んだのか。
「んー、ごちそうさまニー」
ガジガジと肩の肉をかじっている。ヨダレでベトベトだ。
「こ、こら! 痛てて、起きろ……ったく」
「……もう食べられないニー」
「どんな夢をみてやがるんだ」
ミケは寝起きが悪いらしい。引き剥がした後も、ムニャムニャ言いながら布団の上に転がったまま眠っている。
「……ジュン様、おはようございます」
「お、おぅ!? おは、ようキャミリア」
思わず布団の上で正座する俺。
気が付くと身支度を終えたキャミリアが、メイド服姿で宿直室の入り口に立っていた。ポニーテールに結った銀髪が朝日でキラキラと輝いている。
「……朝ごはんは出来ております。ミケちゃんもそろそろ起きて顔をあらってください」
「ふぁいニー」
「あ、ありがとうございます」
「……そんな改まらないでください。もう私達は……」
「えっ?」
「……言わせないでください。恥ずかしい」
頬を赤らめるキャミリア。何が「もう」なんだ?
「ま、まぁいい。さぁ顔洗うか、ほら、起きろミケ!」
「ニー……」
そういえば夕べ、どうせひとつ屋根の下で暮らすのだから下宿のように楽しくいこう。ついでに「家族みたいなもの」だと思って気楽にな! ……と言った事を思い出した。
寝ぼけ眼のミケと一緒に顔を洗い、身支度を整えて勤務体制をとる。
朝食はミャミリアが準備してくれたので、三人で食べる。
「いただきます! うむ、うまいな……」
「美味しい朝ごはんですニー!」
「……よかった」
パンに温かいコーンクリームスープ、そして目玉焼き。実にシンプルだが嬉しい朝ごはんだ。
交番の事務机ではあるが、三人で食べる朝食はとてもうまかった。
「さて、警らにいってくる」
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃニー!」
今までは警ら、つまりは町内の散歩がてらの治安維持活動の最中は、交番は留守にせざるを得なかった。
しかし今日からは頼りになるスタッフが常駐することになる。これは嬉しい半面、ちょっと心配な面もある。
「留守番を頼んだぞ。だが……言っておくが、勝手に事件に関わったり、犯人確保をしたりしないようにな」
特にキャミリアに言いつけておく。メイド姿はしているが、その下は筋骨隆々とした女勇者。染み付いた血の匂いというか、戦いのオーラは隠しきれない。
悪人に追われて逃げ込んでくる人がいれば、キャミリアは独断での戦闘行為に及びかねない。
「……わかっています」
「困った人が来たらまずは話を聞いて、机の上にある魔法の通信ベルで呼んでくれ」
押し込み式のベルは、上から軽く押すことで警官バッヂに警報が伝わる仕組みになっている。
「まかせるニー!」
ミケも交番のスタッフとしてやる気満々のようだ。
「よし良い子だ。近所の食堂や雑貨屋、このあたりはみんな顔見知りだからな。本当に困ったらそっちに逃げ込んで助けてもらうんだ」
「はいですニー」
ミケの頭をわしわしと撫でてから俺は交番を後にした。
少し先で振り返ると、ミケを抱っこしたキャミリアがこっちを見送りながら手を振っていた。
「ったく、恥ずかしいじゃんか」
と言いながらも、思わず手を振り返してしまう。
なにやってんだと思うが、悪い気はしない。
「あんれ……!? ご結婚なすっただけぇ? いやぁ、独身だってぇんで、心配しとったで。ほんに、良かったのぅ」
道端で日向ぼっこをしていた染物屋のバァさんが早速、俺達を見てフガフガと笑っている。
「ち、ちがうよバァさん! あれは、お手伝いさんと預かってる子だよ!」
「フガフガ? なるほどのぅ……お手伝いさんとご結婚されて、連れ子も……ほらぁ良かっただぁ」
速攻で誤解された。店先の椅子に座ったまま俺の話に耳を傾けて、大きく頷いている。だが誤解もいいところだ。
「違うから! なぁバァさん、頼むから喋らないでくれよ」
「あぁ!? あんだってぇ?」
「く……」
急に耳が遠くなるバァさん。
老人会のネットワークは光の速度で情報が伝わる。しかも誤った情報も含めてなので、今日のうちに近所中に俺が子づれ女と結婚したという噂が広まるだろう。
「とほほ……」
やや重くなった足取りで、俺は警らを続けることになった。
◇
昼もちかくになり、警らを終えて交番に戻る。
するとミケが交番の前で遊んでいた。近所の同じ年ぐらいの子供たちと、石蹴りのような遊びをしている。
「あ! ジュンおかえりニー!」
「ただいま。いい子にしてたか? キャミリアは?」
駆け寄ってきて腰に抱きついてくるが、可愛いものだ。
「屋上で洗濯物を干してるニー」
「屋上?」
見上げると、交番の屋根の上でシーツがはためいていた。
近くにある街路樹と、交番の屋根の上でオブジェと化している地上デジタル放送用アンテナにロープを渡し、洗濯物を干しているようだ。
「……あ、ジュンさんおかえりなさい」
頬にかかる髪を指先でかきあげなら微笑む。
「危なくないか?」
「これぐらい平気です」
「まぁ、そうだろうな」
青いキャミリアのメイド服の裾が風に揺れている。
交番の屋根の上はコンクリート製で、平面になっている。確かに上に登ってしまえばフラットなスペースだ。洗濯物を干すなんて考えもしなかったが。
「……この上、結構広いですね。部屋を建て増しして、バルコニーも出来そうです」
屋根の上からキャミリアが声をかけてきた。楽しそうに弾む声で。
「ははは、交番の上に住居を建て増せってのか?」
「……もったいないです。見晴らしも風通しも良いですし」
「うーん、なるほど」
確かに言われてみればいいアイデアかもしれない。屋根を有効活用して二階建てにすると考えれば居住性は格段に良くなる。
昨夜も宿直室でやむを得ず川の字で寝たが、六畳一間で三人暮らしとなれば、居住スペースが圧倒的に足りないのだ。
そもそも、俺のような健全な独身男性が、曲がりなりにも異性と同じ部屋で寝るなど、世間体もよろしくない。いくら正義と法、市民の安全を守る警察官といえども、世間様から誤解されかねない。
って、言っているそばから染め物屋根のバァさんに誤解されたわけだし……。
「まぁ、前向きに考えておくよ」
「……はい!」
と、その時だった。
『――緊急通達』
魔法の通信バッジから、急を告げる音声が発せられた。緊急事態のようだ。
「こちら東通交番、工藤巡査長」
『――緊急通達、王都東正門付近に害獣が出現、暴れているとの通報あり。すでに衛兵数名が対処中。付近の警察官は市民の避難誘導、および付近の警戒にあたれ』
「了解。急行します」
「……ジュンさん?」
「お仕事ニー?」
「あぁ、急な用事が入った。東門に向かう。お前たちは留守を頼むぞ!」
ミャミリアとミケはわかったと言って、頷いた。
と、更に続報が入る。
『――通常装備の衛兵による王都内侵入阻止失敗。衛兵5名が負傷。繰り返す。衛兵隊による阻止失敗。特殊装備を有する王都警察、急行せよ』
「おいおい、一体どんな化けもんが暴れてやがるんだ」
一気に緊張がみなぎる。
俺は腰のホルダーからリボルバーを抜き、弾丸を確認する。
魔弾は装填済み。予備弾も支給されている。
『――特殊装備の王都警察、ジェニーガータ・ヘイリーが現場到着。交戦中』
「ヘイリーが……!」
俺も急がねばと駆け出した。
現場は相当混乱しているだろう。衛兵が足止めできなかったとなれば、一般市民にも怪我人などの被害が出ている可能性もある。
嫌な予感がする。
これは事によると魔女の手下によるテロではなかろうか。先日も『四魂の森』を支配する魔女の手下が宝石を狙い襲撃した事件があったばかりだ。
「本部! 敵の情報は!? どんなヤツだ!?」
『――衛兵より報告、商人に偽装し結界を抜けた魔族が2名、それが連れ込んだ大型のケルベロスが一頭! 繰り返す――』
「ケルベロス!?」
<つづく>




