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巡査、家庭を持つ


 ◇


 兎にも角にも――。

 元・女勇者キャミリアの再就職先が、ここ零番地交番だった、ということらしい。


 すったもんだの挙げ句、キャミリアは住み込みの家政婦(メイド)さんとして暮らす事になった。

 ずっとミケの面倒もみてくれるというし、俺にとっては願ったり叶ったり……ではある。


 そして、二時間後。

 交番の八畳一間の宿直室は早速、出来たての料理の良い香りが漂っていた。


 丸いちゃぶ台に並んでいるのは、香ばしい香りを漂わせるこんがりと焼けた鶏肉のソテー、ハーブソルト風味。それにトマトと野菜の煮込み。それに買ってきた美味しそうな丸いパンとチーズが添えられている。これは王都で暮らす庶民の基準なら、かなり立派で豪華なごちそうだ。


「……どうぞ。お口に合えばよいのですが」

「お、おぅ……」

「おいしそうだニー!」


 丸いちゃぶ台を囲んだ対面には、大柄な身体を紺色のメイド服に包んだキャミリアが、ちょこんと正座している。

 目鼻立ちの整った顔立ちは精悍だが美人の範疇か。だが、左の頬には歴戦の傷跡が勲章のように刻まれている。長い銀髪は一つに結わえて前に垂らし、大きな胸に沿って美しいカーブを描いている。


 かつて飲食店で酔っ払い、暴れていた狂戦士(バーサーカ)だとは思えない感じ、ではある。

 瞳は澄んだブルーで美しいが、二重まぶたを細め眉根を寄せ、まるで勝負でも挑むかのような真剣な眼差しが向けられている。


「そんなに睨まれると……緊張するのだが」


「あっ!? すまな……いえ、すみません。つい、初夜……じゃなかった、初日なもので、緊張して……」


「いろいろ聞き捨てならないが、まぁいい。それより料理を作ってくれただけでもありがたいよ」


 俺の言葉にようやく表情を緩めるキャミリア。


「……食堂でバイトをして弁償代を稼ぎ終えました。そのあとは、料理の下ごしらえや、簡単な調理なども教えていただき……簡単なものなら調理できるように」


 メイド服の裾、エプロンの端をぎゅっと掴む様子がなんだか可愛らしいが、体格は俺より大きいので、気を許すと襲われそうで油断できない。


「すごいじゃないか。いっそ、そのまま就職しても良かったんじゃ?」

「……いえ、冒険者ギルドも兼ねているので、知り合いも多くて。やりにくいのです」


 キャミリアがかつて暴れた食堂、『冒険者のキッチン・血の盃』には流石に居づらいのだろう。いずれにせよお世話になったお礼を言い、自分で生きていく覚悟を決めたようだ。


「そうか」

「……それに」

「それに?」

「……夢があって」


 恥ずかしそうに唇を噛む。まるで乙女だ。


「ゆ、夢?」

「……冒険の旅も疲れました。お金をためて、いつかは落ち着いて暮らしたいと考えていました。素敵で優しい殿方と結婚して、私はいい奥さんになって。幸せな……家庭を持ちたいと。で、できれば子供もほしいし、可愛い犬も飼いたいですし……あと」


 ホワンとした瞳で夢を語り始める筋肉質の乙女。

 そういえば愛犬、いや相棒のケルベロス、ベティの件はどうなったんだ?


「わ、わかったわかった! は、腹も減ったし頂くとするか!?」


 なんだか話の流れが妙になりそうだったので、フォークを手に料理に向き直る。


 俺の横には猫耳幼女のミケが、お行儀よく座って待っている。さっきからずっと「おあずけ」状態だったのでヨダレがいまにも垂れそうだ。やさしくミケの頭を撫でてやる。


「さぁ、ミケも食べよう!」

「美味しそうだニー! 食べていいのかニー?」

「もちろんいいともさ。沢山食っていいぞ」

「いただきまーす、ニー!」

「いただきます!」


 ぱくり。鶏肉のソテーから食べてみると……うまい。香ばしい焼き加減に、ハーブソルトの風味も良い。まさか交番備え付けのキッチンでこんな料理ができるとは思わなかった。


「……んむっ!? 普通に美味いぞ。キャミリア、いい線いってる」

「美味しいニー! お肉もスープも!」


「よかった……!」


 心底ホッとした様子のキャミリア。


「てか、お前も食えよ」

「……え?」

「家政婦っていったって、気を気を遣わなくてもいいぞ。その、ミケの面倒も見てくれるっていうし……」

「……よろしいのですか?」

「もちろんだ。三人で一緒に食おうぜ。落ち着かないし」


「ジュンさん……」


「ほらほら、食え」


 ガツガツと食いながらキャミリアに食事を勧め、三人で食べることに。

 ミケもよほどお腹が空いていたのか、美味しそうに、そして嬉しそうに食べている。


「なんだか三人で食べると家族みたいだニー!」


 ミケが無邪気に放った一言に、俺とキャミリアは凍りついた。


「……いや、いやいや!? そういうんじゃないけど、な!?」

「……ちょっ、いえ……その、そういうのでも良いのですけど、いや、その」

 キャミリアが顔を真っ赤にして、持っていたパンを両手で真っ二つに引きちぎった。何をいっているのかわからないが、とにかくそういうことじゃない。


「ニー? ふたりともどうしたニー?」

「と、とにかく、美味いな!?」

「よよ、よかったです!」

 変な笑みを交わし合う俺とキャミリアをミケは、不思議そうに見つめ、けれど納得したように猫耳を動かした。

「ですニー!」


 確かに、この世界に召喚されてからの暮らしを思い返してみると、さほど不満はなかったが、俺は交番の「備品」のような扱いだった。


 来る日も来る日も勤務。

 だって交代要員が居ないのだから当然だ。

 生活の場もここなのだし。行くあてだって他にない。

 いいお巡りさんとして、市民の暮らしを守り、悪を断つ。それが使命だから、というある種の刷り込みがあった。


 けれど――。


 理由や成り行きはともあれ、こうやって賑やかに食卓を囲むということは、初めての経験だった。そしていま、感じている感情は……。


「ミケちゃん口にソースがついてます」

「ありがとニー」

「おいおい、ますます顔中にひろがってるぞ」

「あっ!?」

「ニー?」


 皆で笑うと、確かにちょと、楽しい……かな。


 そして、食事の後は三人で公衆浴場にいってひとっ風呂を浴びた。

 帰りにフルーツミルクを飲みながら歩いていると、途中で酔っ払いが喧嘩をしていたので、止めた。


 その後は盛場近くで、カップルが若者の集団に絡まれていたので注意した。酔っているのか今度は俺たちに絡んでくる。するとキャミリアが「ぬん!」と相手の持っていたワインのビンを片手で握り潰したら、「ごめんなさい!」と叫びながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 実に平和な夜は更けていった。


 そして、川の字で三人で眠りについた頃、気がつくと俺たちはすっかり馴染んでいた。


<つづく>


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