事件簿4:捨て猫、親探し(決着編)
◇
「空きがないってどういうことだよ!?」
「ですから、王都近辺の孤児院や児童保護施設は軒並み満員なんですよー」
児童保護相談センターの女性職員がにこやかな笑顔で応じる。
イチャモンをつけてきた貴族とその従者が押しかけてきた理由――自分たちの暮らしている地区に孤児院を建てることに反対――とここで繋がる。
「つまり……施設が足りないってことか」
「そうなんですよー。半年先まで満員で」
「一人ぐらいなんとかなるだろう?」
「なりません」
申し訳なさそうに言う女性職員の後ろでは、他の一時預かりの子供たちと一緒に、猫耳少女のミケが遊んでいる。
年齢の幅も上は10歳ぐらいから、ミケのように7、8歳の子、もう少し小さな子まで幅が広い。
「……わかった。ならここで預かってくれ」
「できません」
女性職員がキッパリ言った。笑顔だけど目が笑っていない。
「巡査さん、貴方も王国の公務員なのですから事情はおわかりでしょう? 王都には人が集まります。事情を抱えた方、地方のいざこざで親御さんを亡くされた子供も多くて」
「そ、それはわかるが」
「資金繰りも厳しいんです。王政府の予算に、貴族様からの寄付でなんとかやりくりしています。足りない施設も先程の通り、建築が進んでいません。候補地はあるのですが……。それだけじゃなくて職員の確保など、いくら急いでも半年先までは空きがありません」
「うーむ」
女性職員から笑顔が消えた。顔がマジだ。ちょっと押され気味の俺。
「というわけで、申し訳ないのですが、巡査さんが里親になってください」
「ちょっ……ちょっとまて簡単に言うな! じゃぁあの子たちはなんだ?」
「あれも孤児なのですが、王城で働いている職員の方に一時引き取りをお願いしています。つまり、心優しい王政府の方が、ボランティアで預かってくれています。そのため昼間はここで保育所代わりに一時預かりをしているんですよ」
ひいふうみい……7人ぐらいは居るようだが、一人ぐらい増えても構わない気もする。
「……わかった。じゃぁミケも、預かってくれ」
「はい、もちろん構いませんよ。巡査さんが引き取り手、里親ということであれば」
ニッコリと笑顔になって書類を差し出す女性職員。
書面には『里親制度同意書』とある。もはや有無を言わせずミケの身元引受人にするつもりだ。
「だから、俺は忙しいんだよ!? 朝から晩まで泊まり込みで、24時間交番勤務のブラック職場なんだよ! 子育てしている場合じゃ……」
「……はぁ」
ため息をつくと、ギロリと女性職員が俺を睨みつけた。
「う……?」
「施設は一杯、貴族の方々も率先して引き取ってくださいます。そして私達公務員も手一杯です。皆さんそれぞれ事情を抱えて苦しいながらも、支え合っているんです」
「ぐ……ぬぬ。しかしだな、俺は独身男性で……。自分の世話で精一杯。子供の面倒まではとても無理だと思うぞ?」
すると女性職員はフッと表情を緩めた。
「ご安心ください。そのような方のために、いい制度がございますよー」
「制度……?」
「はい! こちらです」
ニコニコの笑顔に戻ってパンフレットを俺に手渡す。
「こ、これは……?」
「戦乱で夫を亡くされ、経済的に困窮している未亡人の方々のリストです」
「おい!?」
「国家のために尽くして殉職された方々、烈士達を支えていた奥方様は、経済的、精神的に新しいパートナーを求めている方もいらっしゃいます」
「い、いやいやいやいや!?」
思わず椅子から腰を浮かす。
「ご家庭をお持ちになるのも、立派な成人男性の務めかと存じます。それは王国への貢献となります。未亡人の方も新しいパートナーを得られて幸せに。温かいご家庭があればミケちゃんのような孤児も安心して暮らせます。巡査さんも仕事に邁進ができますし……。みなさんが一緒に暮らすことで、いろんな問題が一気に解決するんですよ」
次第に熱を帯びる女性職員の目はマジだ。
「なっ、ななな……」
俺は言葉を失った。ミケどころか、何が悲しゅうて未亡人まで引き取らにゃならんのか。そもそもミケを預かってくれる場所を探しに来というのに、いつの間にか押し付けられそうな展開だ。
「もちろんいきなりとは申しませんわ。まずは気になる方とお会いになって、お食事などされてからでも……。あ、中には既にお子様連れの方もいますが、まぁそこは気になさらずにー」
「気にするわ!」
「私はいいアイデアだと思いますが。王国の公務員として」
「うぐぐ……」
「さぁ、仮契約のサインを」
公僕であることを前面に畳み掛けられては、反論の余地もない。考えてみると理論的に皆がハッピーで幸せになれるのは間違いないが……。
いつの間にか、未亡人まで一人付いてくるような話になっている。
悪質な詐欺にでも遭った気分だ。
だが、俺はここで妥協案を思いつく。
「あ、あの……」
「なんでしょう?」
「例えば……百歩譲ってミケは引き取るとして。その……そうだ! 家政婦! か、家政婦さん的な方を紹介して頂けませんか?」
一瞬、女性職員は無表情のまま反応しなかった。けれどすぐに、ニタァと満面の笑みを浮かべて――
「はい! それはもうー! 引き取っていただけるのであれば、支援は全力で」
「全力で……」
「はい! なので、まずはここにサインを」
「はい……――ハッ!?」
しまった。と思った時は遅かった。
俺の手は既に書類にサインをしていた。
孤児の引き取りと里親に関する同意書だ。しかも書類は二枚重ね。慌てて確認した書類の二枚目は複写式になっていた。
表題は『家政婦再就職支援事業、派遣同意書』とあった。
「派遣同意書とは?」
「家政婦さんが必要とのことで、無償で派遣をさせて頂くための同意書となります」
ニコニコの女性職員さん。ミケを手招きしている。
「無償?」
「無償です」
そんな、うまい話があるものか。
家政婦を雇えるのは上流の家庭だけ。給金だって必要なはず。
「あの……無償は嬉しいのですが、何か条件は?」
「衣食住の提供をしていただければ良いだけです」
「同居ってことか!?」
「はい。でも大丈夫です。未亡人じゃありません。……独身の女性ですよ」
「いろいろマズいだろ!?」
「その……まぁ、特殊な事情を抱えた方々の、再就職支援事業なので、ある程度ワケあり……ではありますが。あ! ミケちゃん! 良かったわねー! 今日から巡査さんと暮らせるわよ!」
なんだか女性職員は言葉を濁しつつ、立ち上がってミケの手をひく。
「わーい! なのニー!」
トテテ……と駆け寄ってきたミケが抱きつく。嬉しそうな笑みを浮かべてぎゅっとしがみついてくる。
「ミケ……!」
「嬉しいニー」
「あ、あぁ……」
ミケの温もりと、そっと触れる柔らかい猫耳の感触。再び戻ってきたことに内心、安堵している自分に気がついた。
既に里心と言うべきか、親心と言うべきか。そんな感情が自分に芽生えているらしい。
「では家政婦さんは、直接向かわせますので……」
俺は女性職員の言葉を背に、児童保護相談センターを後にした。
その後はあまりよく覚えていない。
ミケの手を引いたまま本部に行き、最近の事件の顛末や事情を説明。
俺が仕事をしている間、ミケは女性警察官たちに可愛がられながら良い子で待っていた。
そしてミケと一緒に、帰路についたのは夕方になってからだった。
◇
「あ、カラスがお家に帰っていくニー」
夕焼け空をカラスがどこかへ帰ってゆく。プーポーと、豆ゼリー(※豆腐のようなもの)を売り歩く商人の笛の音が響く。
「そうだな……トホホ」
何がどうしてこうなったのか。
今にして思えばあの児童保護相談センターの女性職員、かなりのやり手だったのではなかろうか。未亡人を俺に無理やり紹介するという揺さぶりをかけ、その妥協案――ミケだけを里子として預かる、という書類にサインするように誘導されたのだ。
その手腕は恐るべしだ。
つまり結局、ミケを引き取ることになった。
俺とミケの影が地面に長く伸びる。
やがて交番が見えてきた。
すると交番の前に、大きな荷物を抱えた女性が立っていた。
「ん……?」
夕映えの逆光で顔はよく見えない。だが体つきがやや大きい。
「あー! もしかしてあれがお姉さんが言っていた、今日から一緒に暮らす人ですかニー?」
「暮らすっておま……」
と、交番の前の人影がこちらに気がついて、大きくペコリとお辞儀をした。大柄な身体をメイド服に無理やり押し込んだ、みたいな女性だった。
「ジュンサーさん!」
「ん!?」
その声には聞き覚えがあった。
「きょっ、今日から……住み込みの家政婦として一生、いえ、しばらくお世話になります。キャ、キャミリア・マルフレッドと申します」
「キャ……キャミリアァアアア!?」
それは元・女勇者のキャミリアだった。
<つづく>




