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事件簿4:捨て猫、親探し(その4)


「ミケちゃん、(よろ)しくで(そうろう)!」

「こ、こんにちはニー」

 金髪のサムライ……いや『(おか)(ぴき)』が笑顔を向けると、ミケは素早く俺の背中に隠れた。

 大丈夫だよと告げると、ようやくひょこっと顔を出して、小さな声であいさつをした。


「オウ! ベリー可愛いネ! キャンデー食べる?」

「……!」


 差し出されたのは、半透明の紙で包まれた赤い飴玉。ミケは瞳を輝かせて、そして俺の方を見上げて猫耳を動かす。


「よかったな、もらっとけ」

「うん! ありがとニー」

「イエス、いいってことでゴザル」


 この妙な日本語を使う男の名は、ジェニーガータ・ヘイリー。

 王都警察東交番――彼は番屋(バンヤ)と呼ぶ――に勤務する巡査長である。


 お察しの通り異世界から呼び出され、オリジナルから転写(コピー)された存在だ。つまるところ俺と同類であり同僚、というわけだ。

 ()世界(・・)ではオエド・シティの火付盗賊改方、いわゆる同心と呼ばれる警察組織に属していたらしい。


「猫耳の女の子はどこでもベリー可愛いネ! エドには珍しい三毛の半ネコ人が居たで御座候(ゴザソウロウ)


「エドにも猫耳の人間が居たのかよ……」

「イエス!」

 ぎゅっと拳を握って親指を立て、笑顔。


 ちなみにジェニーの言う「エド」とは「オ・EDO(エド)・シティ」のことらしい。


 俺の知る歴史上の江戸時代、徳川幕府の江戸とは違う異世界のエドの街。実にややこしい話だが、元の世界の二十一世紀の日本にも、さらに並行世界(・・・・)があるのだ。

 最早(もはや)なんでもありのこの世界。いちいち驚いていてはキリがない。


「今から児童保護相談センターに行くでゴザル?」

「そのつもりだ。里親か、預かってくれる孤児院を探さないと」

「オゥ!? マイガッ……! 工藤巡査殿が身元引受人になればよいではゴザラぬか。万事解決ラッキーでゴザろ」

「気軽に言うな、仕事で忙しいんだよ」

「ハッハッハ? 暇でゴザロウ?」

「ぶっとばすぞヘイリー」

 そんな俺の言葉を無視して、ジェニーはミケの頭をくしゃりと撫でる。


「大丈夫、なにも心配いらないでゴザルからネー」

「ミー!」

 飴で片頬を膨らませながら、ミーが元気よく手を挙げる。


 実は、ミケはどうやら異世界からの転生猫(・・・)かもしれない、という話は伏せた。


 そもそも異世界転生と異世界転移は意味が違う。異世界転生は、死んだ者の魂が新しい肉体を得て生まれ変わることに近い。


 俺は異世界転移者だが、別の世界で生きていた工藤純作の魂と記憶のコピー。つまりは鏡像(・・)のようなものだ。

 それもこの国の魔道士達による人為的なコピー。人権無視も甚だしいが、俺の知る限り、本人の同意を得ているケースは皆無。

 全て違法コピーだと思うが、自分自身の存在意義に関わるので、そこはもう追求しないことにしてる。


「ところでヘイリーは何をしに、(ここ)に?」


「悪の司祭の悪行を密告してきた者がいたでござる。身の危険があるので拙者が保護して、本庁につれてきたでゴザル」

「なるほど、商売繁盛だな」

「で、ゴザルね」


 とりあえず世間話をしながら児童保護センターに向かう。

 俺もそう言えば昨日の強盗事件の顛末をこの後で報告しに行かねばならなかった。

 手早く済ませて、ミケを引き取ってもらうことにする。


 ジェニーガータ・ヘイリーもミケが心配なので付き合ってくれるという。目的の児童保護相談センターは、王都警察の本部と同じフロアの第五層。場所はちょうど反対側に位置していた。


 児童保護相談センターは、両親を事故や病気で失った子どもたち、あるいは虐待にあって困っている子、捨て子や身元不明の亜人なども含め保護されるところだ。

 連れてこられるとまずは魔法のメディカルチェック。その後の身の振り方を決めるまで一時的に保護を行うのだ。あとは児童本人の意思を確認しつつ、孤児院への斡旋、里親探しなどを行っている。


「ついたぞ」

「ミー……」

 ミケは何かを察したのか、俺の手を掴んだまま離れようとしない。

 とっとと預けて仕事に戻らねばならないのだが。


「ん?」

 と、何やら入り口が騒がしい。


「サウス・ブルーマウンテン地区は貴族の街なんだよ! 孤児院をつくるなんて、認めないからな!」

「そうよ! オシャレな私達の街が汚れるわ。建設なんて絶対反対!」


 児童相談窓口に近づくと、立派な身なりをした貴族らしい男女とその仲間、更には用心棒のような人間が窓口で喚いていた。


「そ、そんなことを仰られても、王政府で決めたことですし」


 王都警察の本部と同じフロアとは言え、施設に勤務する職員は普通の王政府公務員だ。相手の剣幕に気圧され戸惑っている。対応しているのは栗毛の若い女性職員だった。


「いいから責任者を出せ!」

「土地の価値が下がったらどうしてくれるんだ!? アァ!?」


 サウス・ブルーマウンテン地区は高級な貴族たちの住む場所……の横にある地区だ。二等貴族や三等貴族が多く集まって暮らすようになってからというものの、いつからか自分たちの場所も高級だと思い込んでいるらしい。

 彼らは概してケチで自分たちが平民よりも、上等な人間だと思い込んでいる。


 これが本当の貴族、いわゆる爵位を持つ一等貴族との違いだ。彼らは決して、気取らず、威張らず、慎ましいものだ。孤児院や児童保護施設もそうした一等貴族が善意で寄付をしてくれるおかげで成り立っている。


「お静かに願います、ここは子供たちも居るんです……!」


「知るか! ウすぎたねぇガキ共なんて」

「そうよ、犯罪者予備軍みたいなものでしょう!」


「……おい!」

 そのあたりで俺は我慢ならなくなった。警棒に手を伸ばしたところで、ミケの手がぎゅっと握っている事に気がつく。

 その時、ジェニーガータ・ヘイリーが俺よりも素早く抗議集団の前に割って入った。


「ヘイ! ここで騒ぎは困るでゴザルネ!」


「お、王都警察……」

「公僕めが、ここは出る幕じゃないぞ。事件じゃないんだ、君は関係ないだろう!」

 だが貴族連中も引き下がらない。リーダー格の貴族は事件ではない、民事に警察の出る幕はないと判っているのだ。


「そうでもないでゴザル。大人として、子供の前で言って良いことと、ダメな事があるのではゴザラヌか?」


「なんだと、たかが王都警察の分際で……! 俺の叔父は貴族院の議員だぞ! お前なんて簡単にクビにできるんだ! そこの職員もだ!」


 腹の虫がおさまらないのか、リーダー格の貴族はヘイリーや児童保護相談施設の職員たちを指差し、更に喚き散らした。

 施設の奥から子供達数人が不安そうな眼差しで此方を見ている。俺の後ろでミケも怯えている。


 警察として市民を守るのが俺達の仕事だ。騒いでいるのなら注意すればいい。だが、それ以上のこともできないのが実情で、なだめるのが関の山だ。


「……公務執行妨害、って知ってるデース?」


 飄々とした調子から一転、ヘイリーが野太い声で言いながら、貴族を鋭く睨みつけた。


「う……」


 貴族は身動きが取れなくなる。


「それと、後ろの巡査は魔弾使い。容赦なくブッ放す狂犬でゴザル。昨日も暴走コカトリスを射殺したばかりで……拙者が止めているのでゴザルが……」


 ヘイリーが静かな声で、リーダー格に囁く。


 ――は!?


 ざわっ……と、抗議集団が一斉に俺を見て顔色を変えた。


 俺もよほど不機嫌で怖い顔をしていたらしい。気がつくと、拳銃のホルスターにいつのまにか手をかけていたようだ。癖というのは恐ろしい。


「きょっ、今日のところはこれぐらいに……してやる」

「お、おぼえてやがれ!」

 聞けたら逆に嬉しくなるような捨て台詞を吐き、貴族の抗議集団は引き上げていった。


「サスガ、魔弾使いの工藤巡査サンデスネー!」

「おい!?」


 ヘイリーに加え、児童保護相談センターの職員や子供たちまでもがパチパチと拍手をし、畏れと感謝の眼差しを向けていた。


<つづく>


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