事件簿4:捨て猫、親探し(その3)
◇
「どこに行くニー?」
俺の肩に手を乗せながらミケが尋ねた。
小さな身体を左腕で抱き上げて歩いているので、さぞかし見晴らしの良いことだろう。
キョロキョロと街の様子を眺めながら、時折「あれは何かニー?」と全てが目新らしいらしく興味津々の様子だ。
そのたびに簡単に説明をしてやると、ミケは目を輝かせて喜んだ。猫耳をぴこぴこ、しっぽをふりふりと動かして、まぁ実に可愛らしい。
傍目には微笑ましい親子のように見えるかもしれないが、実際は移送中だ。
「何処にも行きたく無いニー! ここが良いニー!」
と駄々をこね始めたので仕方なくだ。
「これから王都警察本部に行くんだよ。そこでミケの事を相談する」
「ミーのこと?」
「そうだよ。預かってくれる施設なり、里親なり探さないといけないからな」
「さっきのお家がよいですニー」
ミケのいうお家とは、すなわち交番のことだ。
ぎゅっと俺の首にしがみつくミケ。その愛らしさに思わず親心が付いてしまいそうになるが、ここは我慢。
交番は孤児院ではない。いちいち捨てられた孤児を引き取っていてはキリがない。
引き取ってくれるという噂が広まって、そのうち大変なことになるのは目に見えている。
俺は警察官として街の平和と秩序を守るという仕事がある。とてもじゃないが、ミケの世話をしている場合ではないのだ。
「だーめ。あそこはお仕事をする場所。暮らすところじゃないの」
ここはピシャリと言っておく。
「ジュンサのお家はどこですかー?」
「……交番が家代わりだよ」
確かに自宅兼仕事場である。
「なら、交番で暮らすニー」
「ダメだったらダメ!」
「ニー!」
「いてて!」
耳とほっぺたを引っぱられた。ちょっと捨て猫を不憫に思って「餌付け」したのがいけなかった。すっかり交番で暮らす気満々のようだ。
「とにかく、まずは王都警察の本部にいくの!」
抱きかかえたまま王都の街を進み、やがて王城の前についた。
街の様子は中世ヨーロッパ調だが、その中心部にそびえ立つ王城は、どちらかといえば近未来の建物に近いだろうか。
実際、建築技術に関しては俺が居た21世紀の日本に引けを取らない。魔法科学により合成された白い人造大理石の石柱、巨大な一枚岩のように見える壁も、近づいてみると岩のタイルが複雑に組み合わさっている。その隙間はカミソリの刃一枚も入らない精度であることに驚く。
他では見られない大きなガラス窓、意匠を凝らした彫刻による装飾に彩られた豪奢な宮殿に目を見張る。
「大きなお城だニー!」
「この国の中心だからな」
城の前には綺麗に整備された広場があり、俺たち以外にも大勢の人達がいた。他国から来た使者の一団や、国内外の観光客たちだ。
「何か飛んでるですニー?」
見上げると星のような金色の物体がいくつかフワフワと浮かんでいる。
「あれは魔導空中無人騎兵。見張り番だよ」
「美味しくなさそうだニー」
「ははは」
大きさは1メートルほど。元の世界で言うところの、対人警戒用無人ドローンといったところだろう。
「さて中に入って上層階へ行くぞ。ところで……そろそろ降りてくれないか。肩が痛くなってきた」
「わかったですにー」
素直に降りてくれたが、しっかりと俺の手を握ったまま歩き続ける。
衛兵と魔法によるセキュリティゲートを潜り、いよいよ城の建物の中へ。俺は警官だから身分証明は魔法の認証で簡単に通過できる。ミケは同行者として、仮の身分証バッジをもらい受けた。
建物の中は明るく開放的。吹き抜けでドーナツ状のフロアが積層している。気温は一定に保たれ、心地よい花の香りも漂っている。
中心には巨大なクリスマスツリーのような水晶のモニュメントがある。
「ふぇええ!? すごくきれいですニー」
「だよなぁ」
初めて訪れると、巨大なスケールと荘厳さに圧倒されるだろう。
「階段が動いているニー!?」
「元の世界じゃエスカレータってやつだ。見たことないか?」
「……ニー?」
魔法で動く階段は、いわゆるエスカレータのようなものだ。螺旋状になった階段が滑るように上に向かって動いて行く。
「すごい広いですニー!」
「はぐれると迷子になるぞ」
十層にもなる巨大な構造物は、王族の居住区である中央の尖塔を中心に、円錐形を成している。
イメージは巨大な円盤を何本もの柱で支え、積み上げていると言えば良いだろうか。
スケール的には、最下層の第一層でも直径500メートルは優にある。第二階層目が450メートル、第三階層は400メートル……という具合だ。上の階層に行くに従って狭くなる。遠目には人工的に築かれた鋭い形状の山のようにも見える。
下層フロアは行政機関。市民が各種行政サービスを受けるため、申請などを行う王政府の行政機関の各種窓口が集中している。
もう一つ上の階層に行くと、商用申請のための王政府の各種機関。もう一つ上の階層は、各地から選出された議員が集まる代議員の議場、あるいは、貴族たちの代表が議論する貴族院の議場などになっている。
更に上の階層には王国軍の中枢や、魔法使いたちの総本山もある。目的の王都警察の本部は第五層に位置している。
「さて、ここだ」
「ニー? いろんな格好の人がいるニー」
「まぁみんな俺の同僚だ」
「ヘイ! 工藤巡査殿ではゴザラヌか、奇遇でゴザルな!」
早速、着物姿で「ちょんまげ」頭の男に声をかけられた。カタコトの怪しい王国標準語。金属製の警棒、いわゆる「十手」を腰の帯に差し込んでいる。
「おう、ジェニーか」
この男、ジェニーガータ・ヘイリーも立派な王都警察の一員だ。
金髪に青い瞳。鼻筋の通った細面の優男風。モミアゲがとても長く、アゴにまでかかっている。
腰には「投銭」として使う、異国の穴あき通貨を紐に通してぶら下げている。
「ベリー可愛い子。それ、ユーの子?」
「ばかいえ、捨て子だよ」
「フアッ!?」
ジェニーガータは大袈裟なリアクションで飛び跳ねた。
「ニー!?」
「ミケが怖がるからやめい」
<つづく>




