事件簿4:捨て猫、親探し(その2)
交番の前に置かれていたみかん箱。
その中には捨て猫ならぬ、捨て猫耳幼女が入っていた。
「おなかすいたー、ニー、ニー」
「参ったな……」
お腹が空いているらしく、箱の縁に小さな両手を乗せ、健気な様子で俺に訴える。
見たところ毛艶も顔色もいい。衰弱しているようには見えないが、何か食わせてやったほうが良さそうだ。
目尻のややつり上がった大きな瞳は黄金色。栗毛の髪は肩ぐらいの長さで切切りそろえられていて、ピンと先が尖った両耳を時折うごかす様子が可愛らしい。
「ニーニー」
「わかったわかった」
じきに出勤や通学で人通りが増える時間になる。王都警察として市民の不安を煽るようなこの状態を、放置するわけにもいくまい。
俺はそっと手を差し伸べ、猫耳幼女を抱き上げた。
「よっと」
「ニー」
その身体は柔らかくてとても温かい。人間ならば5歳ぐらいだろうか。肩に顔を乗せるように抱きかかえると程よい重さが感じられた。
ふと、異世界に来る前に抱っこした姪っ子を思い出す。
「えーと、お名前は?」
「ミケ」
三毛じゃないけどミケか? わかりやすいな。
「ミケか、いい名前だ。俺は工藤巡査。交番のお巡りさん、正義の味方だ、わかるか?」
「……クドー? ジュンサー?」
「呼びやすい方でいいぞ」
「ジュンサ」
「そっちか」
ミケが目を瞬かせて言葉を繰り返す。
猫耳族はその名の通り、ネコミミと尻尾が特徴だ。全体的な雰囲気も含め、ネコ成分が2割ほど混じった人間といった感じだろうか。手のひらは普通の人間と同じで残念ながら肉球は無い。
交番の中に戻り、宿直室の畳に静かに下ろして座らせる。
「ちょいとまてよ……」
何か食べ物は無いかと探してみると、非常用のクッキーとスポーツドリンク(の複製品)があった。
交番の宿直室には炊事場が無い。湯沸かし器と簡易シャワールームはあるが、普段は近所の屋台か定食屋でご飯を食べている。このクッキーも近くの焼き菓子の屋台で売っていたものを、小腹がすいたときにと買っておいたものだ。
「これでよければ、食べられるかな?」
「うん! 食べたいニー」
袋ごと渡すと、早速ボリボリと夢中で食べはじめた。よほどお腹が空いていたのだろう。
「これも、飲めるかな……」
戸棚の中のスポーツドリンクは異世界に転移したときの複製品だ。文字は変形して読めないし、中身も怖くて開けていない。
キャップを回して嗅ぐと、まぁ大丈夫そうだ。
コップに注いで恐る恐る飲んでみると、砂糖水に酸味と柑橘の香りをつけた感じだ。ってスポーツドリンクなんて元々そんなものか。
「ミケ、これも飲んでいいぞ」
「ありがと、ジュンサ」
とりあえずクッキーを頬張る様子を眺めながら本題を切り出す。
「ミケ、箱に入れられる前、誰と一緒だったか覚えているかい?」
「箱……?」
ポリ、とほっぺたの動きが止まる。
「誰か君と一緒にいたはずだよ。お母さんとかお父さんとか」
ミケはしばらく考えて、答えを見つけようとしているようだった。
見たところ浮浪児という感じでもない。普通に考えて、この年になるまで一人だっとも考えられない。家族、あるいはご主人様のような存在がいたはずだ。
どんな事情があったかは知らないが、見つけ出してお灸をすえてやらねばなるまい。こんな可愛い子を放り出すとは。
だが、保護者としての責任を放棄するようなクソ親だった場合、親元に親元に帰すよりも孤児院などの保護施設に連れていくことになるかもしれない。
いずれにしても気の重い仕事が舞い込んできたものだ。
「ジュンサ」
「ん?」
「あまり覚えて居ないニー。魚の沢山ある、海の見える街で……暮らしていたニー」
手の甲をペロリと小さな舌で舐める。実にネコっぽい。
「港町? ポートララーの街かな……。ここからだとずいぶん遠いが」
海はここ王都グランストリアージから100キロほど離れている。王都の生活を支える大河を船で下り、河口に出るまで2日もかかる。港町ポートララーはそこにある。
「家がたくさんあって、お魚の船があって……魚を運ぶ車が沢山走っていたニー」
「車……? 馬車かい?」
「馬は居ないのニー。鉄で出来ていて、ガラスの窓があって……ブーって音がして。夏は屋根が熱くて登れないニー」
「ん……? まてよ、まさかそれって」
この世界に馬が牽かない車両はない。全て馬車か牛車だ。魔法の力で動く物も開発されていると聞くが、王国軍などの専用で、沢山走っているものではない。
まるで、俺が元いた世界の自動車じゃないか?
そこでミケは顔を歪めた。何か怖いことを思い出したのだろうか。
「ミケ?」
「……箱に入れられて……そしたら音が、車の音が近づいてきて。おっきな音……怖い」
「いい、無理に思い出さなくてもいいんだ。とりあえず食べて、あとは休んでいいから」
「ニー……」
「よしよし、大丈夫だ」
身体を強張らせるミケを、俺はそっと支えてやる。すると安心したのか、またクッキーを一口、また一口と食べ始めた。
俺は直感した。
このネコ耳幼女はおそらく転生猫だ。
それも元、捨て猫の。
<つづく>




