事件簿4:捨て猫、親探し(その1)
◇
ファーデンブリア王国、王都グランストリアージの朝は早い。
「王都新聞でーす! ……わっ?」
交番の表から元気のいい少年の声が響き、窓から丸めた新聞が投げ込まれた。
新聞少年の何かに驚いたような声は気になるが、道端に犬のうんこでも落ちていたのだろう。
やがて宿直室で寝ていた俺の枕元に、コロコロと筒状の紙が転がってきた。丸められた王都新聞だ。
「うーん、もう朝か」
投げ入れられた新聞は、幸運にも読者の近くまで転がる仕組みらしい。
聞くところによると「幸運の魔法」が掛けてあるのだとか。アナログだが異世界の魔法文明が、21世紀初頭の日本の科学文明を凌駕していると思う瞬間でもある。
まぁ新聞を投げ込んで貰えるように、窓は半分開けて寝る必要はあるのだが。今の季節は初夏で、心地よい緩やかな風が吹き込んでくる。
派出所の宿直室の壁にある温度計は15度を指している。昼には25度ぐらいまでは上昇するが、とても過ごしやすい気候だ。
過ごしやすい上に王都だけあって、飯もうまい。
あとは面倒な事件さえ起きなければ、言うことなしだ。
布団の中に寝転んだまま、枕元まで転がってきた新聞を手にとって広げてみる。
一枚のA3サイズの新聞は、記者がその日の気分で書いているのか、バラエティに富んでいる。
元老院や王政府における会議の様子、王侯貴族のご子息が婚約発表したこと、外国から外交使節やってきたこと。他には隣国で試験中の新型ゴーレムが暴走事故を起こしたとかなんとか。短い言葉で論評抜きの事実だけが淡々と綴られている。
紙面の裏側は、やや市民よりの記事が多い。王都や周辺の町や村で起きた事件や事故の顛末。ゴシップなどもふくめ、砕けた表現で様々な記事が掲載されている。
――王都の老舗宝石店、レアストーン本店で強盗事件発生。王都警察の迅速な対応で、容疑者を逮捕! 交番勤務の警官(クドー巡査)が犯人を取り押さえた。
――迷惑! 若者の常軌を逸した暴走事件。コッカトリスで大暴れ。警官が容赦なく射殺。称賛相次ぐ。
「おぉ、どっちも称賛されてんな」
撃ってよかった。
朝からちょっとうれしくなる。これが日本だったら「市民団体が抗議!」やら「発砲は適切だったか、議論が予想される」なんて叩かれるのだが。
スッキリとしたところで布団から起き上がる。
八畳敷きの部屋は雑然としているが、心安らぐ生活スペースでもある。
壁際のタンスは本物だが、テレビは異世界転移したときに生成されたコピーで動かない。冷蔵庫もただの箱型のオブジェだ。
交番の宿直室は、役に立つものと立たないものが混在していた。だが少なくとも単純な構造で再現できる寝床と、座布団は無事だったらしい。
宿直室のふすまを開けると、目の前には鉄格子。小さいが留置場だ。
交番は24時間営業だが、警官はいま現在俺一人しか居ないので、夜は閉めて寝ている。もちろん、御用の方は叩き起こしてもらって構わない。
「よっ……と」
事務所のような交番の中を過ぎて、表の扉を開ける。
途端に、眩しい朝日が差し込んできた。
乾いた空気はまだひんやりとして心地よい。早朝の街はまだ静かで、人通りもほとんど無い。
今日も何事も無い平和な一日だといいなと思った、その矢先。
交番の横に箱がおいてあることに気がついた。
「ん?」
しかも大きい。
現代日本なら「みかん箱」の二倍ぐらいもありそうな、大きな木箱だ。荷馬車が果実を運搬するのに使っているサイズのものらしい。
まず脳裏をよぎるのが、危険物ではないか、ということだ。
昨日の魔族――魔女の手下に仲間が居て、報復のために置いたとか。開けた途端にドカン、では洒落にならない。
『ふにゃぁ……』
「おいおい、捨てネコちゃんトラップかぁ?」
おまけに中から声がした。ネコの鳴き声に似ている。箱の上にはよく見ると手書きの紙が貼り付けてある。
――この子をお願いします。
「うわぁ、マジか」
手の込んだ罠の可能性もある。鳴き声を魔法で偽装して、開けた途端にドカン。なんて。
『にゃー』
「……とはいえ、爆弾処理班を呼ぶのもな」
意を決し、箱の上蓋を開けてみる。おっかなびっくり、ちょっと腰が引けている俺。市民にはあまり見られたくない。
と、中から、ぴこん、と猫耳が飛び出した。そして顔をだしたのは、猫耳の生えた可愛い幼女だった。
爆発しなかった事にホッとしている場合でもなさそうだ。
「マジかよ、勘弁してくれよ……」
中に居たのは子猫のような女の子。茶色い髪の隙間から伸びた猫耳を動かして、辺りをキョロキョロと見回す。
そして俺を見て、
「ここはどこだニー?」
しゃべった。
両腕を伸ばし、眠そうな目をこすりあくびをする。箱から上半身を出し伸びをする。古着のような粗末なチュニック風の服を着ている。
人間なら5歳ぐらいの女の子だ。
ぱちくりさせる大きな猫目は、黄金色。
「捨て猫、いや猫族の女の子……だと」
「おなか、すいたニー」
「はは、困ったなこりゃ」
<つづく>




