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事件簿1:酔いどれ勇者、確保(前編)

「お店で酔った勇者が暴れているんですっ!」


 エルフの少女が涙目で交番(・・)に駆け込んで来た。

 若草色の髪に、やや切れ長のエメラルドグリーンの瞳。通称エルフ耳と呼ばれる尖った耳が特徴で、男女問わず美形が多い。

 息を弾ませながら交番に駆け込んできた女の子も、例に漏れずなかなかに可愛らしい。


「こんな昼間っから酔っぱらい? 一体どんな様子かな?」


 俺――工藤純作(くどうじゅんさく)は、落ち着いた声で優しく対応する。被害者をまずは落ち着かせ、怪我がないか等、注意深く様子を観察する。情報を聞き出し対応を判断するためでもある。


「お酒を飲んでいたら、大声で叫んで暴れはじめたんです。店のものを壊して……。怖くて私達じゃ止められなくて」


 水色のノースリーブのワンピースにサンダル履き。店のロゴ入りのエプロンから見ても、問題の起きているお店の店員さんらしい。

 今にも泣きそうな顔で、白いエプロンの裾をぎゅっと掴む。よほど怖かったのだろう。


「わかった、行こう」


 俺はニューナンブ(カスタム)の回転式の弾倉を、一度回してからカチャリと閉じた。

 対魔法徹甲弾――マギアバレットという特殊弾の装填作業は一時中断。残りの弾丸は机の引き出しにジャラジャラと落とし込んで鍵をかける。

 弾丸はまだ2発しか装填していないが、酔っぱらい相手に使うこともないだろう。


 そもそも魔導式(モーダル)ゴーレムの魔法装甲をブチ抜く威力を秘めた魔法の弾丸を、対人で使ったら文字通り風穴が開く。後始末も大変だし報告書を書くのも面倒くさい。


 椅子から立ち上がりながら腰のホルダーに鈍色(にびいろ)の銃をセット。紺色の制服の裾を整えて緩めていたタイを締め、帽子をかぶる。


 対魔法防刃ジャケット、よし。

 近接戦闘用の魔法警棒、よし。

 束縛用の魔法手錠、よし。

 左胸に光る階級章は王都警察・巡査長。王都零番地交番勤務の警察手帳も携帯している。


 鏡に映る自分は、何処にでもいる日本の警察官によく似ている。

 いわゆる交番勤務の「お巡りさん」だ。

 俺がいる建物も小さな派出所そのもの。見回せば事務机が2つに、壁際には味気ない金属製のロッカー。横の棚には木刀とジュラルミン製の盾が置かれている。奥には宿直室、それにトイレとシャワールームもある。更にミニ留置所(・・・)を兼ねた鉄格子と鍵付きの小部屋だってある。


 一見すると日本の何処にでもありそうな、普通の交番だ。

 ただ一つ違うのは勤務地が異世界(・・・)だってことぐらいか。

 

 壁に何枚か張られた『この顔に、ピンときたら110番』というポスター。よく見ると犯人の似顔絵は、半人半獣の狼男と、ブタのような顔をした凶悪な面構えのオークが描かれて動画再生(・・・・)されている。無論これは魔法(・・)の力で動いているのだが。


 ――ファーデンブリア王国、王都グランストリアージ


 巨大な300万人の人口を擁する巨大都市、王都グランストリアージ。ここは、そのほぼ中央に位置する零番地交番(・・・・・)だ。

 幾重にも築かれた城壁に取り囲まれた超巨大な城塞都市。何処に居ても目に入るのは、小高い山のようにそびえる千年王宮(ザウザンパレス)。キラキラと眩い輝きを放つ王宮を中心に、なだらかに整地された傾斜地には数多くの建物がひしめき合っている。家々は白塗りの漆喰(しっくい)壁にオレンジ色の焼き瓦を()いた、実に異国情緒あふれる建物ばかり。


 数百年の栄華を誇り魔法文明を極めたこの王国は、まんま日本のRPGやアニメに出てくるような「異世界ファンタジー」の光景そのものだ。

 ――とまぁ、今は緊急時なので詳しい説明は省く。


 一言で説明するなら、ここは異世界にある交番(・・)。どうやら『交番(・・)ごと召喚(・・)された』という事らしい。


 そりゃぁ流石に最初は驚いたさ。

 交番前に立っていたら、いきなり周囲が光って、ドン。

 それで「召喚」は終わり。

 次の瞬間にはこの場所にいた。まるで「最初から存在していた」かのように周囲に溶け込んで馴染んでいた。

 しかも俺の頭の中には、召喚された時点で此方の世界の常識や言語など、予備知識(・・・・)がプリセットされていたらしい。おかげでパニックにはならなかった。


 だから、混乱しつつも暫く考えて、新しい現実を受け入れた。

 何処にいようが俺が「やるべきこと」は変わらない。


 だって俺は、警察官なのだから。


 だから背筋を伸ばし。そのまま交番前に立ち続けた。


 眼の前を行き交う人々は確かに違う。服装も髪の色も、瞳の色も。自動車ではなく馬車が通りを行き交う。道行く人種も実に様々で驚いた。東京なんて目じゃない。だって耳の尖った美形のエルフだぜ? それに猫耳や犬みたいな耳をした、ちょっと動物要素の混じった亜人たちもいた。

 やがて、通りかかった半竜人(ハーフドラグゥン)の少女に「こんにちはー!」と笑顔を向けられたり、仕事帰りのドワーフたちに「おぅ! 兄ちゃんもお疲れ様」なんて声を掛けられたり。

 俺もつい、笑顔で愛想をふりまいたさ。


 我ながら見事な適応力だと関心するよ。


 後から聞いた話では、王国の魔法使いが十人がかりで儀式魔法を行い、召喚したらしい。

 なんでも王都の治安を守る、新しい守護者として魔導量子鏡像召喚(ミラードクローン)という魔法を使って、異世界――21世紀の地球という裏の現実世界から転写(コピー)した存在。


 それこそが俺と交番(・・)という事らしい。


 まぁ給料も金貨で貰えるし飯は美味いし、女の子は可愛い。


 ならば、どこだろうが警察官としてやるべきことは一つ。法の正しき守護者として、正義を貫き、治安を守ること。人々を困らせる悪は許さない。


 王国の国防を司るのは騎士や兵士の仕事。庶民の暮らしの安全を守り、困りごとを解決するのは俺達(・・)の領分、というわけだ。


 身支度を終えて交番の外、雑踏の中へと飛び込む。

 エルフの少女は交番の外で不安そうに俺を待っていた。背丈は小さくて身長は130センチぐらいしか無い。肩ほどで切りそろえられたサラサラの髪が午後の光を捉らえて輝く。


「さぁ行こう。お店の場所は?」

「あっちです! お食事処『冒険者のキッチン・血の盃』」


 異世界の食堂、そこは確か冒険者ギルドも兼ねていたはず。しかし勇者が暴れているとは、いったい何事だろうか。


「そこ知ってるよ。ランチの定食美味しいよね」


「あ、ご存知でしたか。いつもありがとうございます!」

 ぺこりと反射的に頭を下げる女の子。エルフ耳がぴこんと動いて感情を表現する。

 そうえいば名前を聞いていなかった。


「君、お名前は?」

「アリル、アリル・ペイロート」

「よしアリル、まずは勇者の狼藉を止めに行こう」

「はいっ」


<後編へ続く>


★この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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