それは最低な
「は〜食った食った! そこそこ金はかかったけど贅沢ってこういうことだよな〜」
自分へのご褒美にちょっといい夕飯を済ませて帰路についた。
店から自宅までのちょうど中間くらいで、少しずつ周りの様子がおかしくなってきていることに気づいた。
「なにがあったんだ? 」
「あんた知らないのか? この先の家に軍が突入したらしいぞ」
ーーーゾクッ。
「……っ! 」
「おい、今行ったら……ってもう見えん」
嫌な予感がする。今すぐ家に帰らなくてはいけない気がする。もうすぐそこだ。ここを抜ければ!
「父さん! 良かった生きてた。なにがあったんだ? 父さん? ……うわああああああ! 」
父さんの正面に回り込んだ俺は腰を抜かして倒れ込んでしまった。
父さんの喉元がえぐり取られ、既に事切れていたからだ。
「な、なんで……なんでこんなことに!」
「だーれだい? そこで騒いでいるのはー? 」
パニックになっていたのにもかかわらず、間延びした声がやけにクリアに聞こえた。
頭が真っ白な俺を前にしてそいつはヘラヘラ笑いながら父さんの死体を蹴り飛ばした。
脳みそが沸騰した。
目の前の女を殺す。
それ以外考えられなかった。
「お前何しやがんだ! 召具!」
「おおっとー、危ないなー」
「くそ! 『針撃舞踏』が通用しない! 」
「あれれー? キミはこいつのガキだねー? あははー、ついてないねー。父親が反逆罪で殺されちゃうなんてー」
その言葉に、沸騰した頭が冷水をぶっかけられたように冷めていく。
「反逆罪……? なんの話だ。父さんが反逆なんてするわけないだろうが」
「それがしちゃったんだよー。あとハワードってやつとスウォードってやつと共謀でー」
は? だめだ、理解が追いつかない。
召具した針も精神的なダメージのせいか、いつの間にか消えていた。
「ハワードさんとスウォードさんも? 」
もうなんだよ、どうなってんだよ。
全身から力が抜けてまるで糸を切られた人形のように崩れ落ちた。
待てよ、あの2人はどうなったんだ。
「2人をどうしたんだ」
「もちろん殺したけどー? と言っても殺したのはワタシじゃなくて別働隊だけどー」
ぐっ……さっきまで話してたんだぞ。
「ちなみにキミのお兄さんは重要参考人として捕らえられてるよ。まあ共犯だったってわかったら殺すと思うけど」
「俺も、殺すのか」
「いやーキミを殺せって命令は出てないしー、共犯て感じもしないしー。それにキミにはワタシを殺せないからー」
別に嘘をついている様子はないな。本気で俺を殺すつもりはないし、俺に負けるとも思ってない。
「むー。もうちょっと逆上してくるかと思ったのになー。自分で言うのもなんだけどワタシ父親の仇だよー? 」
「ふざけるな! 憎いに決まってるだろうが! だけど頭ん中がぐちゃぐちゃで」
「あははー、そっかそっかー。じゃあワタシは帰るねー。またどっかで会おうねー」
俺は父親の仇を前に動くことができなかった。まあ戦ったって勝てないし。しょうがないよな。
………………
「頑張るんだぞ、ラムシロ」
「……よく頑張りましたね、ラムシロ君」
「かっこいいじゃねえか、ラムシロ」
ふざけんなよ……なにが動けなかっただ。なにが勝てないしだ。今動かないでどうすんだ。父親の仇だぞ! 師匠達の仇だぞ! 今! 俺が! コイツを殺さないでどうすんだ
!
「んー? 殺気ー? 」
「……ぶっ殺すっっっ! 召具! 」
「あはー! そうこなくっちゃねー! 」
俺の人生初の最低でクソみたいな実戦が始まった。