声
シャットダウンしたまま、もう何か月も使っていなかったスマホが突然反応した。
私は強制的に起こされ、スマホを手に取る。
「あっ、市ちゃん。良かったよー。電話が繋がって。スマホ使っていないって言っていたからさ。いやー良かった。多分、電話しても無駄ですよって、言ったんだけどね。いいから電話しろってしつこくてさ。どう、ちょっとは寝られたかな?」
いいから早く用件を言え。電話の相手は、ヘルス店のマネージャーだった。用件を聞けば、私が知りたい答えがわかるかもしれない。
「市ちゃん、急で悪いんだけど、出勤をお願いできないかな? このお客さんたち、市ちゃんの写真を見たら、どうしても市ちゃんじゃないとダメだってしつこくて。多分、あっちのほうもしつこいタイプだと思うよ。イヒヒヒヒッ」
お客さんたちというところがひっかかったが、確実に電源を切っていたスマホを使えるようにした相手が誰なのか知りたかった。
「わかりました。すぐに行きます」
「いや、場所も指定されているんだ。もうすぐ、市ちゃんのアパートに迎えが行くそうだよ」
マネージャーがそう言うと同時に、外でクラクションが鳴る。
私が窓から道路を覗くと、黒塗りのベントレーが停まっていた。
最初から、『ノー』と言わせる気などないではないか。
私はキャミソールとショートパンツの格好のまま、部屋を出て、自動販売機でジャスミン茶と、拳銃を購入して、黒塗りのベントレーに乗り込んだ。
せっかくの高級車も、内戦で荒れた道路では揺れに揺れた。それどころか、コンクリートの塊や落下して来た看板に遮られ、何度も道を迂回しているようだった。内戦が始まって以来、スズキのジムニーの価格が高騰しているのも頷ける。
ほとんど職場と自宅の往復の毎日だったから、それ以外の景色は新鮮な感じがした。タクシーは1台も走っていない。銃を持った客を平気で乗せられるタクシードライバーは日本にはいなかった。
スーパーマーケットの前にはマシンガンを持った屈強な男が立っている。よちよち歩きの男の子が、その屈強な男に近寄って行く。屈強な男が銃口を男の子に向ける。慌てて母親が男のを抱き抱えて去って行く。屈強な男は男の子から銃口を外す。私も屈強な男に向けていた銃口を外し、拳銃をバッグにしまう。
一時間ほどベントレーを走らせ、私は郊外にある小さな宿に案内された。木の陰にいくつも監視カメラが設置されていた。
門は完全武装した3人の男が守っていた。
私はベントレーから降りて、門へと向かう。
「もっとちゃんとした銃を持ったほうがいいぞ」
門兵の一人が簡単なボディ検査と、荷物検査をしながら忠告してくれる。拳銃を没収されることはなかった。いったい、何を持っているとこの検査に引っ掛かるのだ? 私が不思議そうにしていると、
「殿は虫が大の苦手でね」
とまた同じ門兵が教えてくれる。他の二人は無口なようで、やっと喋られたことが嬉しそうだった。
中に入ると、女将さんと5名の仲居さんが、正座をして待っていた。
「ようこそ、功名館へ。さあ、さあ、殿がお待ちです」
女将さんが私を奥のほうへと案内する。
よく手入れをされた中庭があった。無数の鯉たちがエサをくれと話しかけてきたが、スル―した。そんなことしたら、中庭に仕掛けられているレーザートラップに引っ掛かってしまう。
そんなことを考えていたら、いつの間にか女将さんは姿を消していた。
そして、目の前には黄金に輝く襖で遮られている部屋があった。
襖をゆっくり開こうとしたら、自動ドアでサッと開くと、広間の奥に戦隊ものの仮面をかぶった男が着物を来て座っていた。
私が広間に足を踏み入れると、自動ドアが閉まり、鍵のかかるような音がした。下がって、それを確認する気などない。逃げ腰であることを悟られた瞬間に負けだ。あらゆることに負けてしまう。
私が服を脱ごうとすると、
「やめなさい。市」
聞き覚えのある声だ。忘れられない声だ。忘れたい声だ。
男は仮面をとって、
「探したんだぞ。心配掛けやがって、まったく」
と言って、優しく微笑んだ。
そこに居たのは、一応この国の最高権力者である内閣総理大臣の『大信 吉長』だった。私の大嫌いな父だった。
やっと理由が見つかった。私は鞄から拳銃を取り出すと、大信の眉間を撃ち抜いた。やはり粗悪な銃はダメだ。4発目でようやく命中した。
しまったと思った。この国のどこかにあるとされている核兵器の隠し場所を聞き損ねた。まだ生きてはいないだろうか?
私は大信のもとに近寄る。安堵した。よく似た影武者だった。それにしても、いつ入れ替わったのだろう。私に喋りかけてきたあいつは、間違いなく大信だった。あの声……、電話で聞いたあの声を忘れるわけがない。
「お母さんは?」
電話をしてきては、いつも言葉短くそう言った。そして、その電話があると、母はきれいにお化粧をして外出するのだった。私がどんなに泣いて止めても、その呼び出しに逆らうことはしなかった。
クリスマスの夜にもその電話がかかってきた。泣き叫んで止める私に、
「あなたのお父さんなの」
と母は世界で一番いらないプレゼントを残して大信に会いに行った。
功名館から全ての人間と鯉たちが消えていた。
よし、今日からここに住むことにしよう。私は廊下で服を脱ぐと、大浴場へと向かう。
あいつに助けられたことに無性に腹だっていた。あいつは、私に銃を撃たせるために、ここへ案内し姿を見せたのだ。
裸を見透かされていた。大浴場には、湯ではく札束が山のように積まれていた。私が、気持ちを静めるためにお風呂に入ろうとすること、そしてここを拠点に、東京国の統一を試みようと決意したことを、完全に読まれていた。
いいだろう。キレイ事は言っていられない。支援するというのなら利用させてもらう。東京国を統一し、母をタバコのように捨て去ったお前を必ず討ってやる。