再会
「け、謙信、これは……」
「壁よ」
「そんなことわかっているよ!」
思わず怒鳴ってしまった。
「ヒステリーな男はもてないわよ。せっかくイケメンになったっていうのに、まったく」
「あの壁は何なのさ!」
「ここだけじゃないわ。日本中の至る所に、壁が設置されたのよ」
「何のために?」
「内戦のために決まっているでしょ。バカじゃないの」
「はあ? はあ? はあ?」
疑問が大きくなりすぎると肉体的にダメージを受けるのか? 失神しそうになる。
「5日間、点滴だけだったんじゃ、無理をするでない」
眠ったふりをしていたドクターが、倒れそうになった俺を抱きかかえる。見た目よりがっしりとしていた。
そうだ、謙信もさっき『5日間も寝ていた』と言っていた。
「ちょっと、待って。もしかして、今日の17時までに核爆弾を探さないと……」
「股間をチョキンね」
謙信がハサミで切る仕草をする。
「ワッハッハ。まあ、その時はこのワシに任しておけ。ワッハッハ」
笑うドクターは酒臭かった。酒は小道具ではなかったようだ。
「きっと、冗談だよな。そもそも核爆弾なんて、日本にあるわけないし……」
俺がそう言っても、謙信とドクターは同調してくれない。俺だってわかっている。あの黒服の男が冗談を言うようには思えない。そして、その背後には、両親をはじめ、村をまるごと用意するほどの力を持った人物がいるのだ。
「それなら、早く東京に向かわないと! あるとしたらきっと東京でしょ!」
「うーん、それはちょっと難しいかな」
謙信が腕を組んで難しそうな顔をする。こういう表情もかわいい。
「まずは壁の中を平定しないと、隣国に攻め入れないのよ。あのお方は内戦は必要だとお考えだけど、長期化は望んでいない。泥沼の内戦にならないように、まずは一つひとつの国が争いに決着をつけて、それから隣国と決戦をして、やがて新しい日本が誕生することを望んでいるのよ。無茶苦茶な話だけど、その無茶が今の日本には必要なのよね。残念だけれど……」
今はそんな壮大な話を理解するつもりはない。
「だったら、何で先に東京に向かわなかったのさ。整形はそれからでも良かったのに」
「私だって、今日壁が設置されるなんて聞かされていなかったのよ。すべてのタイマーのセット時間を聞かされているわけでないの」
こうなったら、やるしかない。今朝、目覚めて鏡を見て思ったことがあった。
俺は壁を見て呆然としている女性に近づくと、
「あ、あのう、良い天気ですね」
と話しかける。
ボーダーのワンピースが良く似合っているその女性は俺に気づかない。
「お、お茶でもどうですか?」
生まれて初めてナンパをしてみた。これだけイケメンになったのだから、自信を持つんだ。17時に去勢される前に、童貞だけはなんとしても卒業するのだ。
「知らない人にはついていけません」
「ご、ごめんなさい」
俺は思わず両手を上げた。彼女はボーダーのワンピースとは不釣り合いの拳銃を、俺に向けていた。
「ごめんなさいね。バカな男で」
そう言って、謙信が襟首を掴んで俺を回収してくれた。
病院の中に入って、鬼ころしを喉に流し込む。これは夢だ。きっと、酔っ払って起きたら、またあの村で、俺は庭のネギが揺れるのを見ているのだ。きっとそうに違いない。
「5日前に、日本でもアメリカのように銃器の所持が許されるようになったのよ。そしたら、あっという間に、諸外国の武器商人がやって来て、日本中に武器が拡散したの」
謙信が俺から鬼ころしを取り上げる。酔っ払っても何も解決しない、これは現実だというメッセージが伝わってきた。
「じ、自衛隊は? 自衛隊がこんなこと黙認するわけない」
「自衛隊は内戦に乗じて諸外国に攻められないように、国防に務めるだけよ。内戦にはノータッチ。もちろん、警察に何かを守る気なんて毛頭ないわ」
時計を見ると、もう12時を過ぎていた。
「ドクター、頼みがあります」
先ほどから黙り込んで、謙信の下着を覗きこもうとしているドクターに、俺は真剣に頼みごとをした。
もう、理想を追いかけている場合ではない。素人童貞は諦めよう。
俺は病院を飛び出ると、歓楽街へやって来た。
大人の女性におれこれ教えてもらおう。俺の妄想は膨らんでいた。
しかし、当然のことだが、何軒回っても、どの店も臨時休業となっていた。スタッフがマシンガンを持って入口で立っている店もあって、男のパラダイスの雰囲気は消え去っていた。
いったいどうするんだ。ドクターに頼んで、強烈な精力剤を飲んで、人生で最高に元気になったままなんだぞ。
「17時になりました。良い子のみんなはお家に帰りましょう」
非情のアナウンスが流れる。
「やあ」
黒服の男は時間通りに姿を現した。




