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NOBUNAGA  作者: ノブとナガ
3/7

謙信

 岐阜の山奥にある小さな村から生まれて初めて出た。小中高と小さな村の割には新しい学校に、2学年上の勇太と1学年下の良子と3人で一緒に通った。勇太は運動神経抜群で、陸上競技も球技も、何をしても一度も勝つことはできなかった。良子は知らないことはあるのかと思うほど、成績優秀でテストで一度も勝つことはできなかった。つまり、俺の学生生活は負けっぱなしだった。

 自転車を盗んで、村を出ようとしたこともあった。でも、何回試みても村人に見つかってしまい、「都会は危ない」と言われ連れ戻された。


 しばらく、『林田』のチャーシュー麺が恋しくなるくらい、しばらくランクルを走らせていると、ヒッチハイクをしている女性と遭遇した。

 生まれて初めて、村人以外の人間を見たので、目を合わせることもなくスルーした。気づかれない程度に加速してその場を去った。


 ゴクッと唾を飲む。憧れの場所を見つけた俺は恐る恐る立ち寄ってみることにした。

 駐車場にランクルを停めて、コンビニという場所に入る。

「……いらっしゃいませ」

 店員さんは最初、戸惑った表情を見せたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。きっと久しぶりの客なのだろう。

 とりあえず店内を2周してみる。雰囲気にのまれてどこに何があったのか覚えていなかったので、もう1周する。


 お腹が空いていたので、お弁当を買うことにする。『林田』のチャーシュー麺が売っていたので、残っていた5個すべてをレジに持って行く。

「3788円になります」

 何か良いことがあったのだろう。店員さんが必要以上に笑顔で接客してくれる。

 もちろん、俺の財布には小銭しか入っていない。

「つけでお願いします」

「……いいですよ」

 店員さんは心良く承諾してくれた。

「アチッ!」

 お湯を入れて早くチャーシュー麺を食べようと思っていたら、見知らぬ女性がレジ前にあるおでんの汁を俺にかけてきた。

「アチッ!」

 執拗にかけてくる。

「ご、ごめんなさい」

 理由は見つからなかったが、おでんの汁の雨が止まないので、謝ってみた。

「わかればいいのよ」

 見知らぬ女性は、おでんの汁をかけるのをやめて、シメに強烈な蹴りを俺の太ももに放った。

 俺はとっさにチャーシュー麺を空中に投げて、その蹴りを両腕で防ぐと、再びチャーシュー麺をキャッチしようとしたが、一つも取ることができなかった。

 水色だった。生まれて初めて見たパンチラの色は水色だった。

「なんでさっき止まらなかったのよ! 私がヒッチハイクをしているのに気付いていたでしょ! 加速までして逃げて行くなんて最低だわ」

 怒っている理由はわかったが、それでおでんの汁をかける権利を彼女は有することができるのか? 両親や村の人たちが言っていたように、外の世界は危険なようだ。

「アチッ」

 またおでんの汁をかけられる。

「何、人の顔をじっと見てんのよ」

 かわいいからだ。こんなにかわいい女性は村に居なかったし、初体験の相手はこの女性しか考えられないと思った。

「エッ?」

 初体験の相手となってほしいその女性は、腰に隠していた拳銃を出すと、俺に投げて渡した。

 こんなものを持ったらコンビニ強盗と勘違いされると思ったが、笑顔が素敵な店員さんの姿は消えていた。


「無駄な抵抗はやめて出て来なさい」

 いつの間にか、20人ほどの警官隊にコンビニを包囲されていた。

 俺がきょとんとしていると、俺に拳銃を渡した女性が、店内に貼られているポスターに目を移す。

 そこにはテロ組織のメンバーとして指名手配されている人物の写真が掲載されていた。理解できた。俺は指名手配されていた。そして、懸賞金は50億円だった。有力な情報を提供するだけでも、5千万円もらえるようだった。店員さんもあれだけ笑顔になるわけだ。今頃、ブランド物のバッグや、ジュエリーをネットで買いまくっていることだろう。

 学校のクラブや部活で、超小型の配線システムを習っていた。村ではよくイノシシを対峙するために、爆弾が使われていた。あれは小型爆弾の試験だったのだとピンときた。どうやら、俺はテロ組織のメンバーらしい。それにしても、懸賞金が高額すぎはしないか?

「そろそろタイマーがセットされた時間だわ。5、4、3……」

 俺にテロ組織のメンバーであることを教えてくれた女性がカウントダウンを始め、自分と俺に耳栓をすると、

「ババァァーン!」

とランクルが爆発をする。

「行くわよ」

 彼女は俺の手を握ると、引っ張ってコンビニから出て、もう一丁隠し持っていた拳銃を腰から取り出すと、爆発で怯んでいる警官をためらうことなく撃って、覆面パトカーを奪う。

 俺は警察官を撃った彼女にクイッと顔の動きで指示された通り、助手席に乗り込む。ドアを閉め切る前に、彼女はアクセルを踏み込む。


「そんなに驚いた顔されると、これから先が思いやられるわ……」

 俺の顔を見て、ドリフト走行をマスターしている彼女はため息をつく。

「驚きました」

 俺は正直に言った。一学年下の良子と手を繋いだことはあった。だけど、こんなに胸が高鳴ったことはなかった。

「あの、おでんの汁をかけてきて、警官を撃って、パトカーを奪って俺を助けてくれたあなたのお名前は?」

「謙信」

「エッ」

「そう呼ばれているわ」

 初恋の相手の名前は謙信。知らない人が聞いたら誤解されそうだ。

「俺は……」

「もちろん存じています。信長様」

 い、いきない敬語? 好きになりすぎて失神しそうだ。

「そ、その名前は、あまり好きじゃ……」

「わかりました。それなら、光成ちゃんって呼ぶわね。ウフフフッ」

 おおー、すぐにため口に戻るこの感じ。しかも、笑いつき。

 俺は照れ笑いを浮かべながら頷く。

「まったく、あの小説まったく更新されないんだもん。こんな根性無しに内戦なんてできるのか不安になっちゃったわよ」

 毒舌もたまらない。俺には変態の素質があるようだ。

「それに、主人公にしていたキャラの名前で呼ばれることを否定しないなんて、キモイわね」

 これはちょっと傷ついた。

「まあ、さっきは助けられたから、ほっとしているけどね」

「あれは……」

「いい腕だったわよ。光成ちゃん」

 謙信がパトカーに乗り込もうとした時に、撃たれそうになっていたので、その警察官を俺が撃っていたのだ。殺してはいないと思うが、そこまでの自信はない。

「急所を外したことは反省してほしいけどね」

 謙信の優しさか、厳しさか、そう教えてくれる。

「じゃ、お喋りはここまでにして飛ばすわよ。名古屋で会う約束の時間に遅れたら大変だわ。光成ちゃんだって去勢されたくないでしょ」

 先ほどから時速120kmで走行しているが、まだ序の口だったようだ。謙信はさらにアクセルを踏み込む。去勢のことまで知っているなんて、やはり黒服の男の仲間なのか? いったい名古屋で誰と会う約束をしているのだ? もう『林田』のチャーシュー麺は食べられないのか?


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