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NOBUNAGA  作者: ノブとナガ
2/7

タイマー

 3ヶ月後――

 ちっとも進まない。

「ゲポッ」

 出てくるものといえば、やけに勢いのあるゲップだけ。

「はい、お待ちどうさま。こんなに食べて、失恋でもしたのかい?」

 4杯目のチャーシュー麺を、最後に恋をしたのが30年は昔のことだと想像がつく女将さんが運んでくれる。


 実家で、庭に植えられたネギが揺れる姿を見ながら、小説の続きをぼんやり考えていたのだが、何も思い浮かばない。

「掃除」

 母にぼそっと言われたので、セカンドハウスのようなこの中華食堂『林田』にやって来た。村に一軒しかない食堂なので、それなりの味でもいつもそれなりに混み合っていた。隣村のスナックのママが整形したとか、今日は村に一個だけある信号にかかって縁起が悪いとかくだらない話題もあるが、常連客の多くは政治の話をすることが多かった。

「掃除の邪魔」とさえ言ってもらえない情けなさを噛みしめながら、2杯目のチャーシュー麺を食べたことを思い出した。母は俺を追い出すために、二文字以上使いたくなかったのだ。


 自分に大食いの才能が秘められていたとは思ってもいなかった。7杯目のチャーシュー麺を上手にゲップを出しながら食べている頃には、老人たちの会話より先に進まない小説ことなど忘れて、いったい何杯のチャーシュー麺を食べられるのか? そのことしか考えていなかった。財布の中に、小銭しか入っていないことも忘れていた。


「そろそろいいかな。もうタイマーがセットされているんだ」

 9杯目のチャーシュー麺を食べ終え、ここまできたら10杯目のチャーシュー麺に挑戦しようと思い、慎重にゲップを出そうとしていたところ、黒服の男が向かいの席に座ってそう言った。微かに、警察官の中に残っている正義感くらい、微かにだが笑みを浮かべていた。

 「タイマー?」と聞き返したいが、喋る余裕がない。言葉とは違うものが出てしまいそうだ。

「そう。タイマーがセットされたんだよ。あのお方によって……。間もなく、日本に内戦が起こる」

 黒服の男は、声優でもしていそうな声で、聞き取りやすくそう言った。

 そんなこと言ったら、ここの常連客や女将さんにいじられるだけだと思ったが、店内には俺と黒服の男以外、誰もいなかった。女将さんも、今は皿洗いをしている先代の大将の姿もなかった。

「あのお方は、どんなことにでも『タイマー』をセットできる力を持っている。それは、非科学的な力ではなく、物理的にそうさせる力だ。もう、この国は内戦を回避できない」

 黒服の男はそう言うとまた微かに笑みを浮かべた。政治家の満面の笑みより、ぬくもりがあった。


「君の書きかけの小説を読ませてもらったよ。やはりあれは存在するようだね」

 PV28の内の一人が、こんなに現実離れした奴だったとは……。とにかく「読んでいただいてありがとうございます」とお礼を言いたかったのだが、9杯のチャーシュー麺がそれを邪魔する。

「それでね、あのお方は君にもタイマーをセットしたんだ。今から1週間以内に、この国のどこかに隠されている核兵器を君に探してもらう」

 黒服の男が壁に目を移すと、そこにはアナログだった壁掛け時計ではなく、SEIKOのデジタル時計が掛けられていた。17時00分を10秒ほど過ぎていた。

「もし、時間内に見つけられなかった場合、君には去勢の罰が待っているから、今すぐに行動を起こしたほうがいい」

「ゲポッ」

 一際大きなゲップが出た。

「よし、理解してもらえたようだね。君には期待をしているよ、信里のぶさと 秀長ひでなが君」

 黒服の男は、俺のフルネームを言うと、今までとは違い明らかに頬笑みを浮かべて、立ち去って行った。

 俺はまっすぐにトイレに駆け込んだ。大嫌いな名前をフルネームで言いやがって……。『信里 秀長』この名前のせいで、どれだけいじられたことか……。物心ついた時には、名前を略して『信長』と呼ばれるようになっていて、その割には弱いとか、ただのバカだとか、就職先はKOEIしかないなとか、笑いのネタにされてきた。しかも大してうけることもなく、会話に困った時に使われる程度にいじられてきたのだ。名前を呼ばれて、ムカつかずにはいられない。



 翌朝――

 世界中の豚が拒食症になって大パニックになる夢を見て目を覚ました。

 あの黒服の男は、冗談を言いに来たわけでないことを知った。

 実家から、両親と祖父母の姿が消えていた。衣服などの荷物もひとつ残らずなくなっていた。


 実家だけではない。集落から、すべての住人が消えていた。いつも誰か客が居た中華食堂『林田』にも誰もいない。

 目が合ったのは、SEIKOのデジタル壁掛け時計だけだった。

 そして、店先に『台本』が落ちていた。いや、残されていた。その『台本』には、女将さんや常連客たちの台詞が書かれていた。隣村のスナックのママが整形した台詞がそのまま書かれていた。


 いろいろな疑問がある。母は、父は、本当の両親だったのか? あの黒服の男は何者なのだ?

『あのお方』とは誰なのだ? タイマーをセットする力ってなんだ? どうして童貞の俺に去勢の罰を用意したのだ? 俺が童貞だからか?


 こんなことが起こったら、自分がおかしくなったと思うことだろう。だけど、俺はこれを現実だと受け入れることができた。なぜなら、現内閣総理大臣『大信おおのぶ 吉長よしなが』が俺の祖父だからだ。とは言っても、俺は隠し子の隠し子という立場の孫になる。だから、向こうは俺のことなど知る由もない。

 またSEIKOの時計と目が合う。じっと去勢されるのを待っているわけにはいかない。

 『林田』の女将の愛車、白のランドクルーザー70系には鍵がかかったままだった。

「信長が一人前になったら譲ってあげるわよ。ダハハハハッ」

 あの言葉も、あの笑い声も台詞だったのだろうか。

 俺はランクルに乗り込み、エンジンをかけた。なぜだろう、一週間後に去勢されるかもしれないのに、胸の鼓動が高鳴っていた。


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